薔薇柄の丸窓を正面にすえた大聖堂を「クローバー」の覗き窓から確認した時、太陽はその半身を地平線よりも下に没し、青紫色の空に茜色を溶け込ませていた。
沈む太陽を背に進み続けた先にあった、神の家。私にとって、そこは安息の地であり、サタン蠢く夜を凌ぐための夜営地であった。
ひたひたと音を立てて地面を這う夜闇を前にして、不安という名の重しに締め付けられていた私の内心は、安心という名の喜びに舞い上がり、開放感に満ち満ちる。
ノルドラント大聖堂。聖母へと捧げられた大聖堂。
白粉のように白い石材を三層に組み上げ、正十字を模ったその外観。幾多の柱と飛び梁を横に連ね、尖塔アーチを連ねることで自重を支えるその建築様式は、千年帝国時代から連綿と受け継がれてきた叡智なしでは成り立たない。
石壁から浮き出た石柱が描く幾何学的造形は、まさしく荘厳。
戦火に炙られてなお白い巨塔の上に、大鐘をいただく様は、まさに壮麗。
大聖堂を前にして、私は賛辞の言葉を幾度連想したことだろうか。「天国への入り口」は、きっとこの大聖堂のような姿をしているのだろう。
「黙示録の門」の上で居並ぶ、聖典に記されし30人の王。門の上から地上を見下ろす彼らは、あたかも私という人間の価値を推し量ろうとしているようだ。
そんな王たちの頭上におられるのは、慈悲深き我々の聖母。彼女は薔薇柄のステンドグラスを背に、ベレスの町並みを一望する。戦塵いまだ立ち昇る荒廃した町を見ても、彼女がその惨状に目を背けることはない。
彼女はきっと、町が風化し土に還るその日まで、慈愛に満ちた眼差しで滅びゆく町を見守り続けることだろう。
この教会もまた、建立から700余年の間、ベレスの繁栄を見守ってきた。自身も戦火に傷つき、満身創痍になった今もそれは変わらない。
石造りのアーチに支えられた屋根は、焼夷弾の雨を浴びて殆どが焼け落ち、かつては緑青で彩られた尖塔は、斜めに傾き、骨組みのみとなった無惨な姿を晒している。
鉄をも溶かす炎が大聖堂を舐め回す中で薄く塗された煤は、白い外壁の上ではあまりにも痛々しく、嫌が上にも目立ってしまう。
胸が締め付けられるような惨状。しかしなお、その石造りの躯体は威風堂々としている。その勇姿は、困難な時代における心の拠り所とするには、十分すぎるものだった。
私は迷うことなく、ノルドラント大聖堂へと「クローバー」号を進めていく。戦車が軽々と潜り抜けられるほどに大きい「黙示録の門」は解放されており、私の来訪を拒絶する気配は見せてこない。
排気煙を吹かし、履帯を鳴らす「クローバー」号は、やがて預言者の名を冠した門を潜り抜けた。
車窓越しに広がる薄暗がり。
その先で、私は見た。
主を抱く聖母の上で、黄金色に輝く十字架を。