物量優れる連合軍の猛攻を前に、一歩も退くことなく勇戦敢闘し、伝説的な最期を遂げた
時代の最先端を駆け抜けた帝国の重工業が生んだ、戦車の皇帝達の骸を、写真におさめないという選択があり得るのだろうか?
大凱旋門前陣地を文字通り死守した鋼の英雄を間近に、私は静かで倒錯的な熱狂に包まれる。寡兵である彼らは、空を支配し、大地を蝗の如く踏み荒らす連合軍の、血と鉄で彩られた洪水から帝国を守り抜いたのである。この純然たる事実に、私の喉は震え、目頭が熱くなる。
彼等は精強なる帝国軍を表すシンボルだ。このベレスで戦い、命を落とした全ての帝国軍人の象徴だ。
体を巡る血液の熱さが心地よい。小人たる私も、そんな帝国軍人の一員であるのだ。永遠に記録されるべき英雄の血を引く存在であるのだ。これらの言葉が幾度も私の頭で反駁される。
「世界の記録」と言う、神から賜った使命の重さに、改めて気付かされる。これは儀式なのだ。個我を投げ打ち、帝国という共同体に殉じてみせた、英霊達への鎮魂の儀に他ならないのだ。
溢れる涙を指先で拭い、私は改めて写真機を構え直す。戦勝を讃える大凱旋門に映るべき、戦神たる彼等の遺骸。その内の一柱をレンズに捉え、大凱旋門との最適な距離感を見極める。
革ベルトが裂けた
しかし、そんな満身創痍の中で、この戦車はなお、ザウコフの防盾を構え、その比類なき長槍を敵陣に向けて突き立てている。
太古の角竜の如き勇姿。死してなお敵を誅さんと大薙刀を振り上げる偉丈夫。私はそんな彼を美しく撮りたいと、強く願った。
偉大なる神は、そんな私の切なる願いに答えてくださった。ほんの一瞬、レンズ越しに写った絶景に、私は息すらも忘れてしまう。文芸復興を成した美の巨匠達がキャンバスに描こうと欲した情景が、私の目の前にあった。
被写体を仰ぎ見る構図において、広場に横たわる瓦礫達は、あたかも水面を飾り立てる白波のようであった。戦争という名の荒波、総力戦という名の波濤の象徴。それがこの瓦礫達だ。
そんな瓦礫の海に立つのは、帝国の国鳥たる「鷲」の名を冠する戦車である。時代という激浪に呑まれ、弄ばれる、機械仕掛けの騎士。運命との死闘の中で、彼の鎧は深く傷付き、流れ出る血はとうの昔に致死量へと達している。
しかし、今際の際にあってなお、彼は長槍を構え、怨敵に盾を向けている。孤立無援の戦いの中でなお、その立ち居姿は堂々としており、怯懦の気は欠片も見出せない。
神話の英傑が、そこにはある。
そして、その勇者の背後に立つ大凱旋門と、地平の果てまで広がる透き通る青空は、まさしく彼に祝福を授ける神そのものだ。これらは、人智の及ばぬ深淵さを持ちながら、人の勇気に対して掛け値のない拍手を贈られる、敬愛なる神を象った存在なのだ。
神秘を前にして震える指先に喝を入れ、私はシャッターを切った。
永遠に語り継がれるべき一枚の聖画像が、この瞬間、フィルムへと刻まれた。