終末世界の写真録   作:西東 吾妻

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第八話:崩壊都市ベレスの夜②

 太陽と時間が彩る、大凱旋門のイルミネーション。

 

 その時々の情景の変化は、私の心をいつまでも揺さぶり続けていた。

 

 もし、私に神の如き力があれば、きっと私はベレスの時間を操作し、その時々の景色を前に心を震わせ続けたことだろう。

 

 しかし、私は人間だ。神から神聖なる任務を授かったものの、私はあくまで始祖人類の末裔、土の塵から生まれた存在でしかないのである。

 

 天頂を飛び越えた太陽は、この星の隅々を見渡した末に、地平線へと潜り込もうとしている。

 

 私はそれを受け止め、夜営の準備を進めなければならない。

 

 

 

 

 

 「サタン」……悪魔からこの身を守るためにも。

 

 

 

 

 

 脳裏に浮かんだ「サタン」という言葉が、私に緊張を走らせる。堪えようのない不安が心臓を締め付け、呼吸を荒くする。

 

 闇に紛れ、私の命を虎視眈々と狙っているこの悪魔は、飢えと渇き、疾病にならんで、私の使命に立ちはだかる最大の障害である。

 

 人のように狡猾で、隼のように俊敏で、軍隊のように集団で動く、煙のように真っ黒な魔物。

 

 獅子のように長い爪と牙を持ちながら、各地に遺棄された兵器をも操る、恐ろしい化け物。

 

 私は今後、命尽きるまでこの怪物たちと戦い続けなければならない……既に承知している事実であるが、やはり気分は重くなっていく。

 

 

 

 

 

 心を穏やかにしてくれる事実もある。私は、夜営の場所をもう決めているのだ。

 

 そこは、「今日一日を生き延びた」ことを、神にお伝えできる場所にして、「サタン」による脅威から私の身を守る盾となってくれる場所なのである。

 

 名前は、ノルドラント大聖堂。

 

 ベレスを東西に横断する大河に挟まれた小島に居を構える、誉高き神の家だ。

 

 大凱旋門から見て南東側にあるこの大聖堂に辿り着きさえすれば、私の夜は安泰となるのだ。

 

 

 

 

 

 「名残惜しい」という心の叫びを宥めつつ、私は相棒たる「クローバー」号を操縦する。日の光は既に弱まり、ベレスに夜のとばりが下りようとしている。

 

 薄暗がりから逃げるようにして、「クローバー」は走り続ける。

 

 瓦礫の海を「クローバー」が乗り越えるたびに、発動機は力強くいななき、車体は大きく上下する。

 

 小ぶりな後輪は、何の問題もなく39馬力を運動エネルギーに変換し、転輪はベレスの大地に敷かれた履帯の上を駆け抜ける。

 

 この世に生を受けてから15年間、愚直に軍務へと身を投じ続けたこの戦車の車体は、もう老いを隠せない。

 

 車体に塗られた鼠色の塗料は、長年の酷使に耐えかね剥がれ落ち、外気にむき出しとなった部分は錆に食われてしまっている。

 

 機動力の要たる履帯には傷が走り、部品の繋ぎ目は泥に塗れており、履帯を繋ぐピンの何本かは金属疲労に苦しみ喘いで、今にも壊れてしまいそうだ。

 

 戦車のバイタルを測る水温、油温、電流計を覆うガラスは汚れ、曇っており、目を凝らさなければ針が示す数値を読み取れない。

 

 両手に握る操縦レバーは重く、固く、両腕に全力を注がなければ、操縦もままならない。

  

 年季の入った発動機は、馬力を生み出すためにより大きく騒ぎ立て、お陰で私は移動中、外界の音を殆ど耳で拾えない。

 

 

 

 

 

 だが、私にはこの騒がしさが心地よい。

 

 

 

 

 

 FT-17「クローバー」は健在であるのだ。老いてもなお、彼は、神より授かった使命を果たすために奮闘すると、言ってくれるのだ。

 

 

 

 

 

 ……何と愛らしいことか。何と心強い戦友であろうか。

 

 

 

 

 

 私は、決して一人ではないのだ。

 

 

 

 

 

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