艦これのレ(仮題)   作:針山

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【番外編】 とあるイベントのレ級の日常2【2015春】

 

 

 新生活からほんの一か月、まだ――と、もう――の狭間の時間。

 空から注ぐ陽射しが強くなり、それでもまだ世界を駆け巡る風は冷たさを備えた季節。

 五月の初旬。

 世の中はゴールデンウィーク。

 長ければ一週間、短ければ三日ほど……もしくは休日など無関係な者もいるだろう。

 仕事の合間の休息であり、学業に勤しむ学生への休暇。

 クリスマス休暇や夏季に至ってもリフレッシュ休暇が存在しない日本にて唯一、誰にもはばかることなく、休みを存分に堪能できる期間だ。

 家族と過ごし、友と過ごし、恋人と過ごす。

 一年の中で最大、最多の休日を誇る五月。

 

 なれば、こそ。

 

 多くの者が休み、多くの者が暇になる時期に、普段できないことを行おうと考えるのは自明の理だ。小売店ないし、飲食店。テーマパークに各種関係各所。

 普段から人が来る場所も、普段から人が来ない場所も、揃って客寄せの企画を立案する。

 お得、ではなく。

 今だから、の方。

 この時にしか出会えない、持ち得ない、手に入れられ感じられない「思い出」をプライスレスに、長期休暇の期間、多くの人々が毎年来る大切な思い出を手に、毎年過そうと願う思い出を片手に、過していた。

 そんな、中。

「ボク……いらない子なのかナ……」

 体育座りで海上に寂しげな声を溶け込ませる、一人の深海棲艦の姿があった。

 黒のレインコートを羽織り、背中にはリュックサックらしきものを担いでいる。人とは思えない青白い肌は海と調和が取れた色彩であり、青空に浮かぶ白い雲の如く妙に馴染んでいた。まるで海こそが我、とでも言っているような、そんな調和と色彩。

 しかしながら当の本人は情緒不安定なのか、瞳が揺れ、海中に向けて注がれる視線には湿り気が帯びていた。囁く小さな声にも、塩辛い香りが漂っている。

 快晴の空にレインコート、人とは思えない青白い肌。これらを考えなければ、そこに佇むのは幼き少女に見えた。あどけなさが残る面影はまだまだ手を繋ぐことに恥じらいを覚えず、無邪気笑顔を浮かべるそんな想像を思い起こさせられる。短めの髪がレインコートのフードから飛び出しており、両腕に包まれる脚の膝、そこに顎を乗せていた。

『またか、お前は』

 少女とは似ても似つかぬ老獪な声。重く深い、腹に響く声が呆れ混じりに呟く。

 体育座りで佇む彼の者の姿以外、海面にはおらず。なれど、また別の声が響く。

『大体予想はしていただろう。今回はアニメ記念イベントになるだろうと』

「難易度選択ってなニ……? 何で難しいマップで出してくれないノ?」

『それは……』

 答えに窮する威圧と威厳を備えた声。まるで、孫娘に泣かれた祖父のような光景。

 しかし、海上には少女一人の姿しか見えず、海中にもその身はない。

 だが、少女の背中、腰よりやや下の部分から伸びた尾、その先に付いている深海棲艦の駆逐艦の顔をした尾が、あった。

 その姿見だけで、誰も人と見間違うなどとはありえない。

 その姿見だけで、親しみも信愛も持つなどはありえない。

 少女の名は戦艦レ級。

 たった一隻で艦隊と呼ばれる孤高の存在。

 最悪にして最恐の深海棲艦。

 そして――

      運営からイベント出禁を言い渡された、悲しき存在だった……。

 

 2015年の春、ゴールデンウィークとほぼ同時に始まった艦これイベント。

 休日が重なり多くのユーザーが参加できることとなったが、掲示板などを覗いてみると案外、思っていたよりもソウではなかった。 

『ゴールデンウィークと言えど、実際は働いている者の方が多い。社会人にとって休めるとは言え、実質三日も休めればいい方だろうな』

「ボク……いつまでお休みなのかナ……」

『……とは言え、本来なら休まなければならん。日本はそういったところが諸外国から遅れている。休む時は休まなければ、いざという時に動けん』

「ボク……最後に働いたのいつかナ……」

『………』

 思わず黙する尾。本来ならしつこいだのいつまでうじうじしているだの叱責を浴びせてもいいのだが、レ級の様子がいつもより、いつも以上に落胆しているため強く言えないでいた。

 なんだかガチで泣きそうだった。

 普段強気な子が思わず見せる弱いところ……といった具合に、これが恋愛小説だったら王道でお決まりのキュンキュンする心情でも書き連ねるのだが、尾はどちらかといえば遊びに来た孫を叱って恐がられ翌年から近づいてくれなくなった祖父の気分だった。

 前回の時はまだやけくそ気味の空元気があったが、今回は相当にショックだったのかぽろぽろと涙を零しながらぶつぶつと返事をしてくる。

『……ふん、やはりお前は何も解ってないな』

 そんなレ級へ尾が傍らに、海上だが、寄り添う形で腰を、尾なのだが、腰を下ろす。

 諭すより悟らせる、宥めるよりも慰める。

 そんな尾の、いつもの言葉が出る前に、レ級の口が開いた。

「ボクが強すぎるとかそんな話なら違うよネ……だって、今回E-6ボス前の空母棲姫も面倒だし、ボスマスの最終形態でも随伴艦として採用されたよネ。でもさ……連合艦隊なら命中率は下がるんだから、空母棲姫よりも体力と装甲が低いボクでいいじゃン……つかまたダイソンってどういうことなの誘爆しろダイソン」

『………』

 お前は強い、だからこそ出られないし切り札でもある的なことを言おうとした尾だったが、レ級の正論に何も言えなかった。あと正確にはダイソンではないが、似たモノなので黙っておくことにした。

『とは言っても、お前は開幕魚雷に制空権、さらには砲撃戦が出来てしまうからな、運営としては手数があり過ぎるとユーザーから不評を買ってしまうから、今回はアニメ視聴者新規勢がいるだろうと考え、見送ったのだろう。いきなり厳しいイベントをするわけにはいかないからな、うん』

「だから連合艦隊ならどれも効果薄まるじゃン……空母二隻連れて烈風キャリアーにするか爆戦積んで調節すれば制空権いけるでショ……なんで向こうは十二隻、こっちは六隻で戦ってるのに制空権がどうとか文句言うノ……」

『それにしても空母は可哀想だな。烈風を運ぶだけの仕事になってしまっている』

「仕事があるだけマシじゃン」

 何を言っても響かない、何を言っても傷つける、少女らしい外見の癖に凶悪な印象を多くの提督が持つレ級にしては、珍しく女の子らしいところを見せていた。面倒で面倒くさい、女の子特有の厄介な部分なのだが。

 下手なことを言っても憂鬱な言葉を返されるだけと理解した尾は、黙って隣にいることにした。いらぬ言葉をかけて、余計なことを考えさせるより、今はただ近くにいるだけの方が慰めになるかもしれないと思ったのだ。

 尾の視線が上に行き、前に行く。

 毎日のように眺めている景色は、変わり映えはしないが飽きることもなかった。

 以前、レ級が言っていたように見渡す限り同じ素材が続きながらも、これはまさしく一つの絵画であった。

 昨日でありながらも今日と明日の風景であり、同様の形でありながらも、同質の姿ではない、幾日もの時間を瞬間に凝縮した風景の美術品。

 昨日の風景と一緒で、

 明日の風景と一緒の、

 今日の風景と一緒。

 今日見た景色が、昨日を思い出させ、また明日を思わせる。

『海は変わらんな』

「……」

『いつ見ても同じものだ。しかし、だからこそ安心する』

「……」

『別にいいだろう、イベントくらい。出る必要などない。イベントに出ない深海棲艦というのも、なかなか良いとおも』

「そうカ……眼鏡をかければいいんダ……」

 何か言い出した、尾は頭が重くなる気分になっていた。

『……何を言っている?』

「そうだヨ、最近のボスってなんか色々でかいしインパクトがあるから、見慣れたボクじゃ使いにくかったんだヨ」

『何を言っている』 

「ボス専用のボクの衣装を作ればいいんダ。まずは眼鏡だネ。だって深海棲艦の中で眼鏡をかけてるキャラいないでショ?」

『いないがお前は何を言っているんだ』

 どう? どう? と、両手で丸の字を作り眼に当てるレ級。その瞳は真剣そのものだった。

「そうダ、レインコートも脱いじゃおウ」

 閃いた、みたいな顔で手を叩くレ級。さっそくフードを外すしコートを脱ごうとするが、尾が邪魔をして上手く脱げない。上は着けているが下は着けていないのを知っているからだ。

『脱ぐな、やめろ』

「ボスって裸っぽい格好の人が多いよネ、ビキニだとインパクト薄いかラ……紐ビキニ……いヤ、ここはちょっと前に話題だった紐を使ウ……!」

『タ級みたいに痴女呼ばわりされるぞ』

 それは嫌だナァ……と脱衣を一旦停止する。タ級は最近スパッツで行こうか悩んでいると風の噂で、こういう時の出所は大体駆逐イ級達なのだが、聞いている。ヲ級が止めているらしいが、イベントに出るには性能だけじゃなく話題となる見栄えも大事なようで、深海棲艦の間でもなるべく艦娘に似た者から出番が回って来る。もしくは見栄え的に今までなかったものだったり、面白いものが選ばれやすい。

 例えば今回の春イベント、港湾水鬼がそうだ。港湾棲姫に外見が非常に似ており、随伴艦として配置することも考えられるのだが、毎回季節ごとに北方棲姫ことほっぽに色々なモノを送っているのだが、毎度艦娘達が奪うと話を聞いて今回あのような顔で出場となった。

 こういった色物……珍しい点でレ級は負けてはいないのだが、笑顔に敬礼という悪役ピエロ的な立ち位置は他にいないのだが、出現直後ならともかく、一年以上も時間が経過している現在、見慣れてしまった感があるのだ。

 そこで考えた案が、外見へのテコ入れである。

 眼鏡をかけた深海棲艦がいない現状、悪くはない案だった。

「ちょっと眼鏡貰ってくるネ」

『誰から貰うつもりだお前は』

「金剛型か大和型の艦娘」

『誰から貰うつもりだお前は』

 だってお金ないしぃーなどと女子高生みたいなことを言いだす。

 溜息を吐く尾。

 レ級は口を尖らせ、選択を迫る。

「じゃあ選んでヨ。脱ぐか眼鏡か」

『その二択しかないのか』

「なイ」

『ぬぅ……』

 真剣に悩み始める尾の背中を撫でながら、レ級はどうしようかと考える。

 運営はレ級のことを忘れているのかもしれない。もしくはもはや出す気などなく、新しい深海棲艦を描いた方が話題にも上るし良いと考えている可能性もある。

 

 誰からも必要とされなくなった存在。

 

 誰からも忘却にされてしまった存在。

 

 哀しみはある。

 悲しさはある。

 辛さはあるし、痛みもある。

 けれど、それ以上に――――

「アア……本当ニ、人ッテ忘レルンダネ」

 

 ―― 悲劇という名の、過去の厄災を ――

 

 嗤う。

 ワラウ。

 笑顔で呟く。

 数多の戦が起き、幾多の争いがあった。

 多くの死傷者が出た大戦を、時が癒して忘れさせる。

 忘却が人に与えられた特権なのならば、それは同時に、欠点でもある。

 繰り返し繰り返す、無益の再現。

 忘れたのならば思い出させてやろう。

 あの最悪を、あの惨状を。

 資源が消し飛び高速修復剤が掻き消えたあの時を。

 大事に育てた艦娘が大破し心砕かれる様を。

 思い出させよう、あの戦場を。

 思い起こさせよ、あの海戦を。

 どんなに装備やステータスを修正され、姫や鬼と呼ばれる深海棲艦が現れようと、何度もイベントに参加し幾度も提督達に疎まれようとも、決して冠することのない称号。

 最恐にして最悪。

 最凶にして災厄。

 性能で呼ばれるのではなく、戦果で呼ばれるのではなく、存在でこそ呼ばれるのだと。

 そいつがそいつであるだけで、呼ばれる呼び名を。

 

 《最強》という名を。

 《化け物》という名を。

 

 ―――― 《戦艦レ級》 という名に ――――

 

「……すぐだネ」

『やはり眼鏡か……ん? どうした?』

 パレオ風味な水着ならば脱いでもいいかいやしかしと悩む尾の頭を撫で、戦艦レ級は笑みを浮かべた。

「スグニ、夏ダヨ」

 古参の提督は春はヌルイと言った。

 新参の提督も甲でクリアできたと言った。

 素晴らしいイベントだった。

 一日かからずにクリアし、十六時間程度でクリアした提督も現れた。

 イベントとは、クリアが前提のモノなのだ。

 

 だがそれは、戦艦という前提を壊したレ級には関係ない。

 

「……アハッ」

 空へ、太陽へ手を伸ばすレ級。

 早く会いたい。

 見知らぬ提督達と。

 早く戦いたい。

 見知らぬ艦娘達と。

「アァ、早ク……」

 一人を望んだソレは、二人になった。

 二人になったソレは、皆を求め始めた。

 少しずつ、知っていく。

 伸ばした手のひらを、太陽へ伸ばされた手を――潰す。

 太陽を、潰す。

「待ツノハ飽キタヨ」

 笑みは深まる。

 嗤いに深まる。 

 

 ―― 来ないのならば ――

 

 ―― 迎えに行こう ――

 

 ―― 遠い海を越えて ――

 

 ―― 皆のところに ――

 

 出番を待つ必要などない。

 忘却の存在でも構わない。

 出す気がないなら出ればいい。

 忘却したのならば彷彿させればいい。

 笑顔で嗤ってにこやかに、諸手を挙げて歩めばいい。

 

 ヤァ、コンニチハ――――シネ

 

 不可能を可能にする。

 

 それが……《最強》というモノなのだ。

 


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