艦これのレ(仮題)   作:針山

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第二部 閑話 危言奇行(きげんきこう)

 

 巨大な絶壁があった。岩肌が鋭さと頑なさを持ち、わずかな明かりが陰影を作る。長い年月をかけて削り作られたであろうその表面は、歴史を感じるには人が届かない、寂しい場所で眠っていた。むしろ眠りを妨げられるのを嫌がるように、寂しい場に身を置き、その身を尖らせているとでも言いたいのかもしれない。

 多くのモノを拒み、多くのモノに畏怖を思わせる、荘厳な佇まい。

 圧巻の光景に等しく、見上げれば光の筋が照らす――――ことはなく。

 暗き闇が、その世界を覆っていた。

 ごぽり、と気泡が浮く。

 地上ではありえない、その単語。

 そこは深海、海の底。

 陽の光さえ届かぬ、人類未踏の地。

 深き森よりもなお深い、濃い単色に埋まるはずの海底は……現在、様々な色彩が浮かんでいた。浮かぶと言うより、揺れていた。人の眼では人魂程度にしか見えない炎の如き彩色は、それでもよくよく見てみれば、そこに何がいるのか理解できる。燃えているのではなく、揺らめいていると解る。

 青き炎を揺らめかせ、無言の圧を周囲にばら撒き深海魚さえ近づけさせない視線。数個、で数え方が正しいのか解らないが、その青は円状に絶壁を囲むように、俯瞰する位置で見つめていた。亡者の整列と言われれば納得してしまいそうな空気を、深海だからそんなものはないのだが、温度とは違う寒気を発しながら、囲んでいた。ソレら、を。

 輪の、中心。

 そこには、暗き闇、不気味な青とは違う、鮮やかな色が、存在していた。

 紅に――

     黄に――

         蒼に――

             緑に――

 周囲の暗さに埋もれる青とは違う、それら一つだけで否応なしに存在感を持たされる。深海に似つかわしくないように見えて、場違いとも言える色彩だからこそ、強烈な印象を与える炎。

 それらが、それらの色が――それぞれ複数体ずつ鎮座していた。

 ごぽり、と時折気泡が上がる。

 底から上へ、昇っていく。

 音のない、痛みさえ感じてしまう静けさの中、世界を終わらせることのできる、色とりどりのソレらが集まっていた。

 己らの光で照らされる絶壁を前に、姿を隠す気など毛頭ない、存在を表すからこそ己だと言うかの如く、威風さえ感じる姿。

 そこにいたのは、大半の人類が信じておらず、わずかな人類が奮闘する人類の新たなる対戦相手――深海棲艦という、未知なる存在達だった。

 ごぽりごぽり、と気泡が昇る。

 いずれも人間の性別で言えば女性の容姿に酷似しており、その姿見も人に近しいモノが多い。異形と呼ぶべき姿形を携えているのが大半だが、それでも現代ならば、場所によっては派手な格好の若者だなと勘違いする人間もいるかもしれない。いわゆるコスプレと呼ばれる、現実ではまずありえない格好を好む者だと。

 だが、ここ居る、気圧に酸素のない深海に居るそのモノたちは、決して人間ではなかった。当然だ、根性のあるコスプレイヤーとかそういう問題ではない、人間の性能的に不可能なのだ。だからこそ、不可解。ならば、ここにいるモノ達は、いったい何者なのか。

 ごぽっ、と気泡が出る。

 その不気味ささえ感じさせる容姿と、今まで人類にしてきた所業を知らぬ者が見たならば、まるで猫の集会を思わせる無言の会合は、先ほどから気泡が昇るばかりで変化はないように見えた。

 と、その時。

 一人――一体――一隻。

 輪の中心にいた、より深く、艶やかな蒼き炎が一方向へ顔を向ける。その瞳は変わらず鋭く、もし人と同じ感情があるならば、恐らく……敵意、と名付けられる視線を込めて。

 一つの動きが、全体に広がる。

 紅に、黄に、緑に、周囲の闇に。

 その場にいる全てが、同じ方角を向いた。向けた。

 同じく、最初のモノと同じ感情らしきものを付随させて。

 ごぽん、とひときわ大きい気泡が生まれる。

 その気泡が合図のように、ゆっくりと、静寂は動き出す。

 海流に変化はなく、ただ静かに、世界が変わる。

 沈み、薄れ、埋れ、消え、溶け――還る。

 闇の中に、深海へと散っていく。

 後には、真っ暗な深海らしい単色の闇に埋もれる絶壁のみ。

 まるで何もなかったかのように、海は今日も静かに存在していた。

 深海棲艦の群れが向けた視線の先。

 そこには、とある人類の基地が存在していた。

 今もなお、多くの兵器が沈む歴史の墓場の一つ、ラバウル基地。

 深海棲艦と戦う艦娘が守る最前線の基地へ、視線が向けられていた。

 

 ――のでは、なく。

 

 その、もっと手前。より近場。

 周囲は海に囲まれ、地上も島も見当たらない、白き雲と爽やかな海上のきらめきが世界を牛耳る海域。

 とある『化け物』が、居座る海。

 威圧と威風と圧力を伴う極彩色の深海棲艦たちが、同一の感情を抱くただ一つの孤高。

 深海棲艦と名付けられ、それぞれ名称も与えられていながらも、敵も味方も、味方かどうかさえ解らない深海棲艦たちも、同じ言葉を彷彿させる存在。

 『化け物』と、呼ばれるソレ。

 海は動き出した。

 暴風の如く、荒波の様に。

 静けさを持ちながら、蠢く。

 本来なら同じ深海棲艦に向けることのない感情を、向けた先に。

 まるで向けた敵意の先をどうするか、先にいる存在をどうするかと、話し合っていたかのように。

『それで、お前はまず、どこに行きたい?』

「陸! 上ガッテミタイ!」

 戦艦レ級は、何も知らない。


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