艦これのレ(仮題)   作:針山

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捲弩重来(けんどちょうらい)【前編】

 

 日本海軍のお家芸と言えば、夜戦である。賛否両論はあるが、他国と比べ夜戦の訓練に力を入れていたのは事実だ。とは言え、夜戦での戦果が多いと言うだけで、実際の艦隊行動に関しては敵味方入り乱れることが多く、個々の艦での戦闘になっていたとも言われている。

 第二次大戦中、初めて夜戦での敗北と言えば「サボ島沖夜戦」だ。十月十一日の夜、米艦隊の待ち伏せに遭遇してしまった日本。最初、日本側は味方だと誤認し、旗艦だった重巡青葉が、「我レアオバ」と発信を続けるも敵のレーダー射撃によって大破する。この夜戦での敗北の要因として、青葉の敵味方誤認が原因という見方が強い。残念なことに、青葉は砲撃を受けても同士討ちだと信じており、幾度も「我レアオバ」と発信を続けていた。

 余談であるが、「我レアオバ」を最後まで送り続けた第六戦隊司令官、五藤存知少将はこの翌早朝、退却途上で出血多量により戦死。最後まで同士討ちを受けたと信じていたらしい。これは信じているよりも信じられないよりも、信じたくないと言った方が正しいかもしれない。米海軍が大敗した夜戦にて、日本海軍に挑むはずがないと、五藤少将は言ったという。慢心とも油断とも言える、驕りとも言える日本の敗北だった。

 これ以降アメリカ側は以前ほど夜戦を恐れず、またレーダーに対しても効果があると考える切っ掛けともなったのだ……と、そんな話を尾がレ級にしていた。

 場所は図らずも第一次、三次ソロモン海戦が行われた場所。陸地を目指し、島ではない陸地を見たいとレ級が言うので、オーストラリアか中国大陸にでも行こうと進んだ結果だった。中国大陸に向かうならば北太平洋から行った方が島々に進路を邪魔されず進めるのだが、レ級が「島モ、沈メタ方ガ、海広ガルヨ?」と言ったのでソロモン海へ向かって突き進んでいた。沈める為ではない。沈められない事を教える為に、である。

『あれらが島だ』

「アレモ?」

『あれは岩礁だ』

「ガン、ショウ」

 レ級は物珍しげに、興味津々な様子で周囲に見える海以外の存在を指さす。島の先端にそびえ立つ灯台を見て何かと問い、尾が答えればすぐさま次の何かへ興味を移す。

 まさに観光気分で海を渡るレ級と尾。ガイドの説明を聞きながら、レ級はソロモン諸島とジェラスール島の間を通り抜ける。このままニュージョージア島を脇目にニュージョージア海峡を抜け真っ直ぐ進めば、艦娘達が基地を置くブインが見えるだろう。進路によっては艦娘と海戦の可能性もあるが、この時、レ級はそんな心配を一切していなかった。むしろ戦えるなら戦いたい、そのために海を出た……などと言えれば格好がつくのだが、実際はブインに艦娘がいるどころかブインがあること自体を知らないのだ。

 レ級は何も知らない。だから、尾が説明する。

 現状、周辺の島々に興味を持つレ級はまずそれがどんなモノなのか、何のためにあるモノなのかを聞いていた。

 灯台など、船などに近づき触り確かめる。それはレ級にとって初めての体験で、経験だった。だからこそ楽しい。楽しかった。尾が語る話に感嘆の声を上げ、笑顔を浮かべ楽しんでいた。

 ささやかな日常と言える、微笑ましい光景だった。

 さて、和やかとも言える光景だが、実は一つばかり問題がある。レ級は深海棲艦だ。そして深海棲艦とは、人類の敵である。そんな存在が、灯台の近くまで行き、船といったモノを触れるほどまで近づいている時点で、人類側にとっては緊急事態だった。あってはならない事態だった。

 敵艦を目前まで近づける、ましてや上陸可能な距離まで詰められるなど、戦争であったらならばかなり終わりの場面と言えよう。それも敗戦である。自分らの土地まで敵の手が及んでしまうのは、もはやこれ以上ない詰みの状態だ。

 幸いと言っていいのか、レ級はソロモン諸島を抜けるまで見つからなかった。本当に見つからなかったのか、泳がされたのかは解らないが、人類側からのアクションはなかった。尾もレ級の為とは言え、無策で人間の陣地に入ったわけではない。この観光も夜間に行っており、辺りは暗闇に包まれている。島に近づくとどうしても明かりが多いところはあり、そういったところはレ級に海中から近づくように言い、見る場合は頭だけ海上に出して見るようにと言い含んである。不満を言うかと思ったが、レ級は新しい未知の世界を知る方に感情の振れ幅がいっているのか、文句ひとつ言わず従っていた。

 無事、とはレ級か人類かどちらの事なのか解らないが、無事にソロモン諸島を抜け、ニュージョージア海峡に差し掛かった時。

 

 ―― 魔の灯が 見えた ――

 

 臆する事もなく、隠れる事もなく、その篝火は漆黒の海上の中、『我ココニアリ』と意思表示するように健在している。

『……来たか』

「何ガ?」

 尾が身構え、レ級が新たな未知に出会ったのかとワクワクする。

 

 その――――刹那。

 

 レ級の真横、わずか数メートル先に、巨大な水柱が生まれた。

 

「ワー」

 空気が振動し、重低音の残響がこだまする中、レ級は水浴びを楽しむように両腕を広げる。飛沫となって襲い掛かる海水に、レ級は今、如何な事態に見舞われているのか理解していないようだった。そんなレ級を愛おしく思う心と、叱咤するべきだなと親のような気持ちになる尾。

『おい、いつまで遊んでいる。お客さんだぞ』

「?」

 レ級の地点から遠い位置、畏怖と恐怖を覚えさせる黄の色彩を放つソレラ。

 昼間ならば見えただろう、硝煙を上げる砲塔をこちらに向け、今しがたの水柱を作りだした張本人の姿を。

「外したカ」

 腕を組み仁王立ち。海面に立つ異形の存在、深海棲艦の一人が呟く。

「アラ、それなら当たるまで撃ち続けるだけでしょウ?」

 今しがた砲撃した隣に立つもう一人が、あっけらかんと口にする。

 悪びれる様子もなく、どうせ最終的に結果は同じなのだからと、砲撃を喰らわせる結末は変わらないのだからといった具合に肩を竦める。

「油断するナ。相手はアノ化け物ダ」

「フフ、人間の言葉に”噂の一人歩き”というのがあるそうヨ? 強い強いなんて呼ばれてるけど、艦娘との戦闘でボロボロのノーマル如きにやられる理由はないワ」

「人の言葉でそれは”慢心”と言うそうダ」

「アラアラ、人間なんかの尺度で測らないでほしいわネ」

 厳しい顔つきと微笑みを絶やさぬ二人。

 もし、そこに人がいれば死を覚悟するだろう。

 もし、そこに艦娘がいればやはり死が過るだろう。

 キャリアで言えばレ級よりもはるかに長く、また多くの提督が苦虫を噛み潰す思いをさせられた二人。深海棲艦の中でも最初に確認された《あまりに人に近しい深海棲艦》。

 白きマントを羽織り、鋭い眼光を携えた――戦艦タ級flagship。

 両腕に三門の砲を構え、不適に威風堂々微笑む――戦艦ル級flagship。

 深海棲艦の前線部隊とも言える戦闘のエキスパート二人が、闇に染まる海に顕現する。

 禍々しい佇まいのル級に比べ、タ級の出で立ちは簡素だった。実は基本性能もル級の方がわずかであるが上回っており、同じ戦艦のflagshipでも全てのステータスがタ級を超えている。しかし、戦闘とは数字だけでなく、また火力や装甲といった値だけではない。ル級の兵装は主砲三門ずつといった砲撃戦の火力に長けている反面、タ級は全体的にバランスに秀でた換装となっている。

 一撃必殺の戦艦ル級。

 必中必殺の戦艦タ級。

 深海棲艦の生存領域に入り込む南方海域など、人類の生存権付近から離れた場所に鎮座する彼女らは、一時期”最高難易度の敵艦”と認識されていた。

 何故、一時期だったのか。

 その理由は簡単だ。その理由は今、二人の視線の先で無邪気に笑っているのだから。

「フフ、じゃあさっそくだけど終わらせましょウ。タ級が出る幕なんてないワ。ワタシの超攻撃的砲戦で、避ける暇もなく終わらせル」

 巨大な鉄門を開いた、地響きを奏でながら動き出す駆動音が響いた。ル級が持つ戦艦の主砲全門が、レ級へと向けられる。

 その砲門はもし直撃命中してしまえば、かつて大日本帝国が誇り人類史上最大であり最強を謳うかの大和型戦艦でさえも、一撃で大破状態に撃滅できる破壊力。

 ル級に慢心などない。これまでの艦娘との戦闘、経験を以てして絶対なる信頼の確勝があるからだ。

 艦載機の邪魔もなく、狙い撃てる状態かつ損傷状態のノーマル深海棲艦など、呼吸をするよりも簡単だと。

「サァ、喰らいなさイ」

 轟音、無音。

 震える海。

 巨大な黒煙がル級の周囲を包み込み、海面が凹んだのを感じ取る。もし頭上から観察することが出来れば、ル級を中心に巨大な円状に凹んだ海が見えただろう。砲撃により生まれた衝撃波、爆圧が世界を震わせたのだ。

 

 一方、その頃。

 当事者の一人であるレ級はというと、未だ現状を把握していなかった。

「ン? タ級ト、ル級? 何シニ?」

『バカたれ! 今撃たれただろ! 早く迎撃態勢を……あ』

 轟く砲弾が、目前に見えた。

 

「…………弾着」

 目を細めたタ級が小さく言う。

 その瞬間、先ほどとは比べ物にならないほどの極大な水柱が空を貫く。

「アラ、やり過ぎたかしラ?」

 頬に手を当て首を傾げるル級が、ふざけたように言う。そんなル級を無視し、タ級は水柱に目を向け何かを探すように視線をさ迷わせ、見つける。ル級の砲弾が直撃し、衝撃波で海水と一緒に空へ打ち上げられたレ級の姿を。

 本来ならこの後、残骸を確認する作業があるのだが、それは相手が艦娘の場合であり、レ級が空中へ舞ったここまでの流れは、全て計算通りの行動だった。

 深海棲艦は死なない。撃沈されても、深海へ還るだけ。

 しかし、過剰な死は艦娘と同じ死ともなる。

 それにもう一つ、これは艦娘も人類も知らぬ事だが、もう一つだけ、深海棲艦を確実に殺せる方法があった。

 撃沈も轟沈も海へ還る。ならば、海に還れぬ場所にて粉微塵にしてしまえば、還る道筋がない場所で撃滅してしまえば、例え深海棲艦と言えども命は尽きるのだ。

 海なき場での死。

 それが、深海棲艦を確実に葬る方法だった。

「終わりだル級。死なない化け物を殺してやレ」

 タ級が言い、ル級は左手を上げ、狙いを定める。

 宙を舞うレ級に砲門を合わせ、ル級は砲撃の瞬間、誰にも聞こえない小声で呟いた。

 

 そして――

 

「……さよなら、化け物。退治されるのは、化け物の宿命なのヨ」

 

      ――砲撃。

 

 初速790m/sを超える必殺の一撃。

 かの長門型戦艦に積まれた主砲と同等の初速を持った弾丸が、レ級に届き受け流された。

 直撃コースの命中弾は、レ級に触れたことは触れたが、そのまますり抜けるように夜空に向かって突き進み、さらに遠くの夜の海に巨大な水柱を生む。それで、終わり。

「……は?」

 ル級の口が半開きとなり、黄の灯を漂わせる瞳を大きく見開く。

 何が起きたか理解できない、口には出さずそんな表情と態度でタ級に顔を向ける。

「ネ、ネェ……今、当たったわよ、ネ……?」

 ル級の疑問に、タ級が舌打ちとしかめ面で答えた。

「チッ……あいつ、本当に化け物じゃないカッ! 砲弾を受け流しやがったゾ!」

 合気道、を言葉だけでも知っている人は多いだろう。

 柔道や空手とは違い、相手の攻撃を受け止める事は少ない。相手の力に逆らわず動きを利用する術理が合気の由来とも言われるモノである。

 多少誤解や違いはあるが、大まかにそういったモノだと考えて貰えればいい。攻撃を受け流す戦闘技法。今の場合、合気道がどういったモノか、が問題ではなく、レ級が合気道に近い動作を取った、事が問題なのだから。

 戦術も戦略もない戦闘の天才が、技を使ったのだ。

 それも放たれた砲弾に手を添えて、当たらぬように身体を回転させて、弾き飛ばした。

 見える見えないの話じゃない。

 出来る出来ないの話じゃない。

 あり得ないという話なのだ。

 そんな異形の偉業を為したレ級は――見惚れていた。

 空に輝く星々。

 海に光る星々。

 夜の海と夜の空の境界線はさらに薄まりなくなり、海面に反射する星々はまるで宇宙空間にいると錯覚させるほどの圧巻の光景。

 百万ドルの夜景など足元にも及ばない、心を奪われる絶景が空を舞うレ級の前に広がっていた。

「ワァ……」

『まったく、お前は』

 尾の呆れた声など聞こえていない。

 レ級は今、世界を美しいと感じていた。

 言葉にすれば綺麗、凄い程度しか感想の語彙しかないレ級が、感嘆の息を飲んでいる。

 世界は美しいと、レ級は改めて知った。

 だからこそ、もっと知りたいと考えた。

 そう、この感激を味わう為にも、ちょっとばかり邪魔をされたくない。

 同じ深海棲艦のタ級とル級には、退いてもらおう。

 今は遊んでる暇はないのだと、帰ってもらおうと。

「マダ来ルカナ?」

『お前が見逃すことはあっても、あっちが見逃す気はないだろうな』

「ソッカ、ジャア」

 レ級が一点に視線を向ける。

 二人の深海棲艦がいる、その場所に。

 ふと、タ級と目が合った気がした。

 だから、レ級はレ級なりの気持ちを込めて――笑った。

 満面の笑みを、この世界に生まれた喜びを、噛み締めるかのように。

「サッサト終ワラソウ!」

 この絶景に心を奪われる為に。

 レ級とタ級にル級。

 人類が手出し出来ぬ激闘の、開戦だった。

 

 




こちら、前編・後編に分かれる予定です。
中編を入れる長さにはならないと思います。

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