艦これのレ(仮題)   作:針山

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前後編です。


巣輪一枝(そうりんいっし) 【前編】

 

 

 

 別段、レ級が世界を見て回ったからと言って何かが変わったわけではない。

 そもそも旅と言えばいいのか旅行と言うべきか、判断に迷う経過の中でレ級が正しく学んだことは少なかった。長い旅路のわりに、だ。

 それはレ級が何も考えてないという訳ではなく、そういう側面もあるにはあるのだが、知能指数で表すよりも、感情的な――感覚的な部分の問題が大きかった。

 どんなに打ち解けても、どんなに言語を使えても、どれほど心があろうとも。

 彼女は……レ級は深海棲艦。人ではなく人を模したモノであり、人類の知識では生物のカテゴリに入れるにも議論が必要な存在だ。

 だから、そんな深海棲艦のレ級が人の営みを見たところで、傍から外から生活を眺めたところで、大きな心の変化があるとは考えにくい。

 新たな発見、既知の確認はできたとしても、果たして共感を得ることがあるのか。

 動物園や水族館を見て、何を覚えるのか。

 感動はしても、感動こそすれ、それを自身に置き換えることはあるのか。

 尾はその部分を理解していなかった。

 思考能力が高く、そこらの深海棲艦よりも人類側に近い感情を持っている尾は、やはりレ級のことをちゃんと理解しきれていなかった。

「カハハッ、サァ、チャッチャト歩ケ」

 戦艦レ級が、ここは世界を回ったレ級との区別をするためあえて戦艦と表現しよう、ニタニタと笑みを貼り付けながらぶっきらぼうに案内する。

 そこは洞窟だった。

 鍾乳洞に近く、進めば進むほど入り組み、左右に大小様々な穴が顔を出している。その穴を何度か進むうちに、潜るうちに、今までとは異なる空洞に出た。

 明るい。

 陽射しも届かない洞窟の中だというのに、そこは明るかった。

 来る道中も真っ暗な闇を歩んだ、泳いだ身としては、まさか辿り着いた先に明かりがあるとは想像していなかった。深海棲艦は夜目が効く。だから暗い海の底でも問題はなく、尾も前を歩む戦艦レ級が洞窟の奥に身を潜めることに疑問を抱かなかった。

『ほぅ、これはなかなか……』

「ドウシタノ?」

『いや、存外圧巻だと思っただけだ』

 尾が言うのも無理はない。

 明かりがある、と言ってもそれは照明器具が配置されているわけじゃない。ましてや岩に囲まれた鍾乳洞の中、陽の光が届いているわけでもない。

 星空に似た世界。

 ル級にタ級と戦闘した時と同様に、空中に弾き飛ばされた時に見た夜空の光景を思い出す空間。

 鍾乳洞には星空が存在する。

 一般的にオーストラリア東海岸、ニュージーランドに生息する土ボタルが壁面、上下左右に点在し、まるで夜空に浮かぶ星の如く神秘を映し出す景色……ではなく。

 そんなものでは、決してなく。

 星空に似た世界と称したが、土ボタルのように神秘的な風景を創り出しているのではな、なく。

 もっとおぞましい、もっと嫌らしい、もっと忌まわしい。

 凄まじい視界。

『さすがにこれ程となると、寒気を覚えると思っただけだ』

 青白い光が、埋め尽くす。

 天井を、海面を、壁面を、空間を。

 人類が忌避し慄く、深海棲艦の青白い灯りが。

 無数の戦艦レ級の瞳が放つ、蒼き炎が、世界を照らしていた。

「新入リカ?」       「獲物ジャネエ」

      「ツマンナイ」          「艦娘ハドウシタ」

 「間抜ケ面ダ」        「キヒヒ」       「イ級飽キタ」

 

 戦艦レ級の言葉は正しかった。

 出会い頭に告げた、《ワタシ達ノ居場所》。

 人類や艦娘だけでなく、同類の深海棲艦にさえ忌み嫌われる戦艦レ級。

 どこにも居場所はなく、どこにも行く場所のない存在。

 レ級が連れてこられたその場所は、深海棲艦の《居場所》ではない。

 そこは、世界から爪弾きにされる、戦艦レ級の巣だった。

「カハハッ、遠慮スル必要ハナイゾ。ワタシハオ前デ、オ前ハワタシダカラナ」

 どこか誇らしげに、ここまで案内してきた戦艦レ級は言う。

 立ち止まり、辺りを見回すレ級に尾が話し掛ける。怯えたわけではないが、初めて見る同類、自分と瓜二つの存在が大勢いる状況に、どう行動したらいいのか解らないようだった。

『深海棲艦も艦娘も同じ容姿をした奴はいるが、ここまでの数を一度に見るとなると、やはり圧巻の一言だな』

「タクサンイル。ソックリ?」

『お前とか? そうだな、似ている』

「フーン」

 相変わらず何を考えているか解らないレ級。

 そんなレ級と比べると、この洞窟にいる戦艦レ級達は、いくらか感情があるように見えた。

 遠慮なく向けられる視線には、侮蔑、好奇心、嘲笑といった色が見られる。

 歓迎はされているだろうが、諸手を挙げて、というわけではなさそうだった。

 動かないレ級を見て、怖気づいたとでも考えた戦艦レ級の一人が、ニタニタと底意地の悪そうな表情を貼り付け近づいてきた。

 敵意はないが、悪意はある。

 そんな不快さを滲ませながら、そいつはレ級の前まで来ると、覗き込むように首を傾げ、両手を後ろに聞いてくる。

「ナァナァ、オ前、イ級喰ッタ事アル?」

「イ級?」

 質問の意味が解らず、レ級が首を傾げると、途端に周囲から笑いの渦が起こる。

 明らかにバカにしている様子に、尾はやや不機嫌になる。

『下らん冗談だな。流せ』

「冗談ナノ?」

 レ級が尾にそう聞き返すと、目前の戦艦レ級がニタリと、さらに悪意を秘めた笑みを濃くし、後ろに回していた両手を前へと持ってくる。

「冗談ジャネーヨ? 喰ッテミルカ?」

 前へ出した戦艦レ級の手には、はらわたを抉られたイ級の残骸。

 肉が弾け中身が垂れる、吐き気を催す無残な姿。

 突然、戦艦レ級はイ級の腹部に顔面を突っ込むと、そのまま不愉快な咀嚼音を立て、水っぽい粘着質な音を立て、顔をあげる。

「美味クハナイガ、不味クモナイゼ?」

 イ級の身体に流れるはずの液体で口元を濡らしながら、戦艦レ級は笑っていた。

 

 


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