艦これのレ(仮題)   作:針山

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静寂艦雅(せいじゃくかんが)1-2

      Φ     φ     

 

 蒼き光が海に浮かぶ。

 空を映す海面。

 暗く深く、静けさが染みる水上。

 音は消え、天上の銀河が地上と融和する。

 壮大で雄大な水面の果て。

 陽が昇る昼間ならば、視界に広がるコバルトブルーの海を一望でき、また少し進めば小さな島々が密集しているのがわかる。

 遠き空にヤシの木。

 宝石色の砂浜に絶景のイルカの群れ。

 そこは世界でも目を奪われる自然を秘めた、英国の女王が統治する世界。

 ただし、今は人ならざるモノがその場所にいた。

「………アア」

 真っ黒のレインコートを纏い、胸元をはだけリュックサックらしき物を背負う人影。水面に波紋を作りながら立っている。一瞬、人かと思うが水面に立てる人などおらず、またそれだけでなく腰の後ろには太い尻尾のようなものが生えていた。尻尾の先端には深海棲艦と呼ばれる謎の存在、その一種である駆逐艦を思わせる機械獣の頭部に似たモノがついている。衣服は少々汚れており、海上ではあるが陸地で転んだ子供のようにも見えた。

 幼さが残り、そして切なさが滲んでいる。

 一見したところ怪我らしい怪我は見当たらない。よく見れば破れているというより焦げている部分が多く、まるで火事か、もしくは火薬などによって焦げたようにも見えた。

 それだけでも異様さを、異質さを醸し出して、存在感のある不気味さが消えることはなく。そこにいるのは、深海棲艦であり、戦艦と呼ばれる艦種、戦艦レ級だった。

「………アア」

 まだ幼き少女の面影を残すレ級は、満天に輝く星空を見上げ、無表情に声を漏らす。

 吐息のように、溜息のように。

 感慨を込めたのか、感嘆を込めたのか。

 何も語らぬ表情の代わりに、レ級は声を漏らした。

「……ツマンナイ」

 目を細め、幾万もの星々をややふて腐れた様子で見るレ級。光り輝く美しき光景に吐息に溜息を吐き、感慨深く感嘆を漏らしたのかと思えば、違ったようだった。

 レ級はただ、飽きていた。

 レ級はただ、呆れていた。

 こんなつまらぬ戦争を、いつまでも続ける深海棲艦と艦娘達に。

 一番効率の良い編成の人数が六隻ということで、深海棲艦も艦娘もお互い六人でチームを組む。それは過去、七人以上で戦をした経験から導き出した答えらしいのだが、レ級にとって、先人達の努力の結晶は欠伸が出るほど興味がないモノだった。

 不思議でならない、何故、六人に縛られるのか。

 向こうもこちらも、わざわざ世界が決めたルールに従うように、お決まりの数で艦隊を組むのか。

 まったく解らなかった。まったく理解できない。

 どうして六人も必要なのか、レ級は共感できなかった。

 一人で十分なのだ。

 空母、軽空母など必要ない、レ級は航空戦が出来るのだから。

 戦艦、重巡など必要ない、レ級は砲撃戦が出来るのだから。

 軽巡、駆逐艦など必要ない、レ級は雷撃戦が出来るのだから。

 レ級一人いれば、すべてが出来る。

 だからこそ、弱い奴らが集まって戦う意味が解らなかった。

 闇が視界を覆い、星々が世界を神秘に包む海。

 物思いにふけながら、口を半開きにぼぉっとした様子で夜空を見上げる。愛くるしい姿に見えなくもないが、だが、レ級が立つ海上の周囲には、惨憺たる光景が無残にも広がっていた。

 艦娘の主砲や艦載機、その他の電探といった装備。浮かぶそれらはどれも正しい形を成しておらず、欠けて砕け朽ちて消えていた。いくつかの装備は、所有者の血痕だろうか、赤黒い染みが張り付いている。それを見てレ級は、艦娘というのは人と同じ血液が流れているのか、と思った。過去の軍艦、第二次世界大戦に存在した軍艦の力を、それ以上の力を持つと言われる彼女らに、人と同じモノが流れているとは考えもしなかった。興味と言うほどではなかったが、試しに本当に血かどうか確認するため、レ級は舐めてみたのだが、兵装についた鉄の味がするばかりで、本当の血かどうか判断が出来なかった。そもそも、レ級は人の血など口にしたことがないので確認も判断も出来なかったのだが。

 破壊された兵装が辺りに不法投棄されている中、艦娘の死体……でいいのか解らないが、存在はない。彼女らはレ級に敗北しながらも、誰一人欠けることなく撤退していった。後を追うことはしない。レ級にとって、やってきた招かれざる客を追い返しただけで、彼女らに何の感情も持っていない。ただ、戦闘に関しては少しだけ、楽しいと感じてはいたが。

 艦娘の存在はないが、海に散らばるのはそれだけではない。レ級の足元には同じ深海棲艦の亡骸も多く浮かび沈み始めていた。駆逐イ級、それもflagshipと呼ばれる通常よりも性能が向上した存在。レ級がいる海域には、深海棲艦の中でもとりわけ優秀、とは違うが性能が良い深海棲艦が存在している。同じく通常よりも強い重巡リ級eliteなどもこの場にいたが、艦娘との戦闘が終わると、彼女たちもまた、何処かへ逃げ帰ってしまった。彼女、であっているのかは解らない。もしかしたら彼らかもしれないが、レ級は性別を知らなかった。他の深海棲艦がここに来るのは、敵の艦娘達がやってきた時だけ。それ以外はレ級一人で、この静かな海にいるのだ。

 だからレ級は同じ深海棲艦の性別も知らない。ずっと一人。だから、実のところ、レ級にとって深海棲艦も艦娘もほとんど変わらない存在だった。一緒に戦うか、一緒に戦わないか、それだけの違い。だから、リ級達が無言で破壊されつくした駆逐イ級を見ていた時、何故いつものようにさっさと立ち去らないのだろうか、としか思わなかった。実のところ、戦闘をしているが敵も味方も沈むことはあまりない。向こうは知らないが、こちらは例え撃沈されたとしても、死ぬわけじゃない。元々深海から生まれたモノなのだ、深海に帰るだけであり、修復に時間はかかるがまた戦場に戻ることは可能だ。ただ、今レ級の足元でゆっくりと沈み始めた駆逐イ級のように、完全に破壊されてしまってはそれも叶わない。

 それが死であることを、レ級は知らない。

 死に瀕する存在など、まだ出会ったことがない。

 

 


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