人は一人じゃ生きていけない、人は弱いから助け合わないといけない。
大人から聞かされる、子供への言葉。
そんなの嘘である。
誰もが一人で生きている。
これは厳然たる事実だ。
共に肩を並べ、歩む道が同じだろうと、いつかは分かつ時が必ず来る。
同じ方角へ進んでいたとしても、道が変わる瞬間がある。
一人で生きている。一人になっている。一人で出来ている。
生きるということは、一人であるということなのだ。
それを受け入れられず、代わりの物で埋めようと悪戦苦闘して失敗する者は多い。
一人で生きるということを、孤独と捉えてしまう者がいてしまうように。
独りぼっちと、考えてしまう者がいる。
「アッ――アアアアッッ――――アアアアアアアアアアアアッッッ!!」
風に切り裂かれ、ほとばしる絶叫をあげ突進してくる人外なる孤独者。
一時は住まう地にて主と呼ばれた一匹の深海棲艦が、今はたった独りで戦っていた。
孤軍奮闘していた。
「死ィッネェェェェ!!」
片目は潰れ、頬は赤く膨れ、鼻から血を垂らし。
左腕はだらんと動かず、呼気の荒い肩が上下し、膝が盛大に笑っている。
それでもなお、主と呼ばれた深海棲艦、戦艦レ級はたった独りで戦っていた。
化け物を前に、恐怖を前にして。
「ハ――ハハッ! 痛イッ!」
勇者の前に現れる魔王が如く、哄笑する化け物。
笑っている。レ級は笑っていた。
レ級も満身創痍だ。頭から血を流し、腹は抉れ足は折れ換装はほとんど使い物にならない。捨て身の突撃をする戦艦レ級に対し、主砲を撃とうにも砲身が動かず肉薄される。二、三本の魚雷を掴む戦艦レ級がソレを叩きつけようと振り上げた瞬間、レ級が回転した。
くるりと、独楽のように。
ぐるんと、バットのように。
レ級の回転に合わせて動いた砲身が、戦艦レ級の顔面を叩き吹き飛ばす。
「イッッッッッギッッッ!?」
白く塗りつぶされる意識の中、戦艦レ級は眠りに入った意識を頬の肉を噛み千切ることで掴み取り、真横へと凄まじい速度で吹っ飛ばされながらも持っていた魚雷を投げつける。
それを、
「アハッ!」
レ級はまだ回転しながら一周、戦艦レ級の顔面を叩いた位置にて戻すと、換装を捨てた。
起こる爆発。
弾ける魚雷に砲身。
岩石が砕ける轟音が響く。
「ガハッ……! グソッ!」
壁面に叩きつけられた戦艦レ級が悪態を吐く。
すでに洞窟内はボロボロだった。いつ崩れてもおかしくはなく、戦闘の激しさを物語っている。神秘さえ感じた空間は見る影もなく、爆心地と言われれば納得してしまいそうだ。壊れた換装が投げ捨てられ、不発の魚雷が転がっており、砲弾の痕が縦横無尽に広がっている。
燃料についた火が辺りを照らす中、二匹が睨み合う。
怪我の度合いで言えば同程度。戦艦レ級とレ級は同じくらいの損傷を負っている。つまりどちらも瀕死の状態。鬼気迫る状況というわけだ。
それがおかしい。
なぜ同じなんだ化け物め。
逆流する。
「ゴポプッ!?」
吐血、なんて生易しいものじゃない。蛇口のように捻り出て来る血液が疎ましい。
呼吸の妨げになり、体温の調節が効かない。深海棲艦に体温があるかどうかなど解らないが、それでも生命を支える機能を動かしているのは事実だろう。
さて、終わりだ。
先ほど同じ状態と言ったが、そもそもその前提がおかしいのは誰だって理解できるだろう。
相対する者同士の実力が拮抗し、なんて結果ではなく。
目の前のレ級は、たった一匹で六隻の艦隊と対等に戦える実力をもつ無数の戦艦レ級と戦っておきながら、そのほとんどを制圧し、それでもなお主である戦艦レ級を敗北へと追い込んでいる。
とは言え、主以外の戦艦レ級が早い段階で逃げたのも原因の一つだった。
予想を超える強さに、いや、予測どころか世界の認識さえ凌駕する狂気に、恐れをなして逃げ出した。恐怖の象徴であるはずの戦艦レ級達は、レ級に対し恐怖した。
正しいようで間違っていて、間違っているようで正しい。
レ級が主と戦う時には、多少の損耗を与えたとは言え、未だ健全な状態だったのだ。
それも、ここまで。
「化ケ……モノメッ!」
苦痛に顔を歪め、逃げていく酸素を必死に集める戦艦レ級に対し、レ級は、ずたぼろのヒドイ有様でありながらも、笑みを絶やさない。
笑みが絶えない、素晴らしい戦争だった。
「スゴ……イ。コンナニ頑張ッタノ、久シブリダヨ」
「サィ……」
「クラクラスルゥ。ウン、ソウダネ。尾ノ言ウトオ」
「ウルサイッッ!!」
レ級の声を掻き消す。周囲では不発弾に火が辿り着き爆発までしている中、そんなものよりレ級の言葉の方が、どうしようもなく耳障りだった。
まただ。
また独り言を呟いている。
尾が喋るなどと、頭のおかしいことをのたまいながら、いくら深海棲艦の駆逐艦の顔を模した尾があるとは言え、ただの換装が喋るわけないだろう!
なのに、ただの武器が言葉や意思を持つはずがないのに、レ級はさも当然のように振る舞う。
ちらりと自分の尾を見やれば、主の尾はだらりと舌を出し息絶えていた。
まるで生物が、息絶えているように。
「ナンデダ……」
点滅し明滅する世界を見ながら、主は、戦艦レ級は呟く。
流れ出る血液のように、ぽつぽつと、だらだらと。
「ナンデナンダ! ドウシテ! ミンナワタシラノ邪魔ヲスル!」
生まれた時から邪魔者扱いだった。
意思がある時から孤独だった。
同じ深海棲艦でありながら、仲間と呼べる存在はいなかった。
仲睦まじく、なんて艦娘みたいな真似はしなくとも、協力くらいは深海棲艦だってするものだ。それが利害や損得で占められたモノであっても、少なくとも同じ目的を持った仲間意識を作ってはくれる。
けれど、駆逐艦イ級が歩兵のような役割であるように、戦艦レ級は厄介者の扱いだった。
「艦娘モ! 深海共モ! 何ガ楽シクテ殺シテクルンダ! 嫌ダ……チガウ、ワタシラハ、ワタシハ!!」
姿を見せれば殺し合い。
姿を隠せば探して殺し合い。
敵味方関係なく、立場なんて存在せず、戦艦レ級という存在はそれだけで死を押し付けられる。
敵の死も、自分の死も。
象徴なんて言葉で、代弁しやがる。
空が綺麗と散歩をしていれば、海域の境目で深海棲艦が目を光らしている。
星を眺めて漂っていれば、艦娘共が躍起になって襲ってくる。
どちらも退け、退散すれば、奴らは勝手に語るのだ。
死と出会った、死がいたと。
戦艦レ級は、まさに死その物だと。
「ドイツモコイツモ! 勝手ニ殺シ合ッテロヨ! ワタシガ何ヲシタ!? タダ生キル事ガ罪ナノカ? タダ居ル事ガ罪ナノカ? ドウシテ、ドウシテオ前ラハッ! 追ッテクルンダ!
迫害され忌避され邪険にされ、辿り着いた地で今度は同じ存在に殺される。
にこやかにニコヤカニ、笑って戦う化け物に。
本当の本当に、死を内包したレ級というモノに。
悲痛の叫びを訴え、それを受け取った、同じ気持ちを知るはずのレ級はそれを聞いて、聞いた上で、聞き返した。
「ジャア止メル?」
「…………ハ?」
「ダッテ、ヤル気ガナイト、ツマラナイ」
そんな風に、構えを解いて。いや、構えなんて最初からない、武闘家じゃないんだから。
しかし――空気が、緊張が、張り詰めた殺し合いの場が、霧散していく。
故に、理解した。
これはそんな、戦艦レ級の悲劇を舞台にした物語ではないことを。
戦艦レ級の哀れな一生を、相手に投げつけ、ぶつけて誰かに知ってもらうための物語ではないということを。
レ級には関係ないのだ。
孤独とか、疎まれるとか。
戦いたくないのに戦わなきゃいけないとか、生きたいのに殺されるとか。
そんなもの、戦争の前には些末なことでしかないと。
レ級の戦争にとって、そんなもの味付けにさえならないことを。
「ハ……はは……」
壁に背を預け、ずるずると座り込む。
ただぼぅっと、レ級を見つめる。
勝負は決した。敗北という、これ以上ない終わりで。
「化け物め……」
「同ジデショ?」
「はっ……、ふざ、けるなよ……お前とワタシは、チガウ……」
「デモ、同ジレ級ダヨ?」
レ級の言葉に、主は言う。
「お前は戦艦レ級だ。正真正銘、死と破滅をもたらす……死神だよ。誰にも負けない、同じ戦艦レ級のはずのワタシタチなんかと違う、本当の、本当に深海棲艦の戦艦レ級なんだ」
だから、どこにでも行けと言った。
誰にも憚らず、誰にも気を使わず、誰にも縛られずに。
自由に海を歩いて、生きていけと。
「…………」
戦艦レ級の言葉を聞いて、次の言葉がないのを確認して、レ級は踵を返す。
これで本当に、レ級はもう戦艦レ級に興味がないのかフラフラと足取り不確かに歩きながら出口へと向かう。岩石が頭上から落ちてくる中、崩壊を始めた洞窟内で、脅威はなにもないとでも言うかのように歩き出す。
と、振り返った。
トドメを刺すために、なんてことはなく。
「マタヤロウネ」
そんなことを最後に、レ級は去って行く。
冗談じゃないと口にすることも出来ず、戦艦レ級は重くなった瞼を閉じながら最後の息を吐いた。
快晴、快晴、ヨーソーロー。
外に出れば明るい陽射しが世界を照らし、爽やかな海風が全身を撫でて来る。
どれほど時間が経過したのか解らないが、世界は朝を迎え、眩しい陽の光が照らしていた。
『……疲れたか?』
「ウン……」
『慣れないことをするからだな』
「イツモヤッテルヨ?」
『……そうだな』
「デモ、疲レタネ」
すがすがしい、とは言えない。
レ級は一つの居場所を奪ったのだ。
同じ存在に見えた同種の拠り所を壊滅した。
住んでいた者は逃げ去り、固執していた者を撃破した。
去来する感情は何だろうか。後悔か、悔しさか、はたまた恍惚か。
戦いたくないと言っていた戦艦レ級。戦うために、戦争を巻き起こすために存在する同種が、それでも生きるために戦うのではなく、戦いたくないから戦っていた。
戦うのが好きなレ級には、わからない感情だった。
満身創痍、脱力感に虚脱感、力が入らない身体に四肢を携えながら、今日はどこに行こうかと考える。
また世界を廻るのもいいかと思った。尾と一緒に、ふらりぶらりと世界を当てもなく、目的なくさ迷うのも面白いと思った。そうして出会った相手と戦って、また旅をする。
それも悪くない、そう思っていた。
ただ、もう一度だけ、あの場所に還るのもいいかと考える。
生まれた時からずっといた、レ級が独りで毎日眺めていた空と海が見えるあの場所に。
『これからどうする?』
尾の問い掛けに、レ級は応えない。
なんとなく、解ってくれていると思ったからだ。
最後に戦った戦艦レ級は尾が喋るわけないと言っていたが、こうして現に喋っている。だから、だから?
尾を見やれば、なんだとでも言いたそうな表情をレ級に向けている。
それだけのやり取りが楽しくて、戦い以上に嬉しくて、レ級はボロボロの身体で器用にスキップしながら、帰投する。
出来なかった。
戦いの地は北海道沖。
小さな島々が点在する、千鳥列島と北方領土の間。
オホーツク海から太平洋へと抜ける為に、通過しようと思った場所。海上。
戦艦レ級の巣を壊滅させたその場所で、レ級はまた出会った。
時は2016年冬。
艦娘達と深海棲艦が十三回目となる大規模戦争の真っ最中。
深海側が仕掛ける最後の作戦、北海道北東沖。
そこで、十二隻からなる連合艦隊の艦娘達と、邂逅した。
『ちっ、間が悪い』
尾が舌打ちするのを、レ級は聞いて考えた。
間が悪い?
ちょっとだけ可笑しくて、笑ってしまった。
『どうした?』
「ウウン。ソウダネ、イツダッテ、間ガ悪イ」
レ級が艦娘達に気づくのと同じ頃、艦娘達もレ級に気づいていた。
しばらく艦娘と戦っていなかったレ級に取って、彼女らが取り出した兵装は見たことがないものが多い。新しい戦術も多くありそうだ。
駆逐艦に軽巡、軽空母が混ざっている中で、戦艦が五隻もいる。
こんなところでレ級に出会うなんて思っていなかった艦娘達ではあったが、すぐに臨戦態勢に入る。練度は高そうだ。
『とりあえず逃げるぞ。まともな兵装は俺の砲塔しかない。それも弾薬が尽きかけている』
「ナンデ?」
『なんだと?』
「ダッテ、ボクハ、戦艦レ級ダヨ?」
両手を広げ、迎え撃つ。
にこやかに、笑顔を浮かべて。
「ジャナイト、アイツガ許サナイ」
自由に生きろと言った、ボクが許さないと。
『お前……』
「……アハ」
彼女は嗤う。
嬉しくて嬉しくて、楽しくて楽しくてたまらない。
あまりにも嬉しすぎて破顔して、あまりにも楽しくて破顔する。
彼女は考える。考えて考えて考える。考える前に動いておきながら、動く前にも考えた。
静かな海を取り戻すため、騒がしい海を迎えるため。
そして――
――誰かのために。
彼女は嬉しく楽しく、一人で殲滅する。
一人でありながら、独りではなく。
「アハハハハハハハハハハッ!!」
突撃するレ級を見て、万全の迎撃態勢を整えた艦娘達は、連合艦隊という普段よりも倍も戦力がある状況でありながら、視認できる状態ではレ級は破損に負傷で大破の有様でありながらも、艦娘達は呟く。
あまりにそれらしく、あまりにそうとしか思えない。
だからこそ、下手な意味を付けるより、単純にそのモノを表現するのに明解な呼び名を。
みな一様に、艦娘は一言だけ紡ぐ。
――― 『 化 け 物 』 ――― と……。
【戦闘詳報】
2016年2月27日。ヒトマルマルマル。
最終海域・北海道北東沖進撃中、深海棲艦・艦種「戦艦」・いろは級「レ級」と会敵。
本作戦の障害と確認し、該当する深海棲艦・戦艦レ級と戦闘を開始。
自軍:損害・戦艦「小破2」、駆逐艦「小破1」。
敵軍:深海棲艦戦艦レ級「撃滅」。
脅威の排除を完了す。
尚、損害は微少であるが一時撤退を意見具申。許可のちに撤退を開始。
同日、ヒトマルサンマルにて、帰投を完了。
以上。
4月中に投稿できました。良かった(良くない)。
ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございます。
もうすぐ新たなイベントがありますが、運営さんも難しいと言っているので私的には「とうとうレ級、出るな」と一人にやついております。
皆さまもGWを楽しみつつ、イベントも楽しめるよう祈っております。
それでは誠に長い時間、物理的に長い時間、皆さまの時間をお借りし読んで頂けたこと、心から感謝します。
ちょっと蛇足を一話だけ投稿させていただくかもしれませんが、一先ずこれにて戦艦レ級の物語は終了です。
ありがとうございました。
またいつか、皆さまとお会いできることを祈りながら、失礼します。
針山