艦これのレ(仮題)   作:針山

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常在選場(じょうざいせんじょう)

      Φ     φ     

 

 波は揺れ、天を映す海面。まばゆい宝石の如く輝き、海原の色彩と潮風が心地良い。

 空は晴れ雲が薄く伸び、海は穏やかに静かな佇まいを見せていた。

 レ級はいつもと同じように空を見上げ、少し最近のいつもとなった、尻尾との会話しりとりをしている何でもない日常。

 長閑とも平和とも言える風景の中で、それまで淡々と、それでいてノリノリでしりとりをしていたレ級が突然に沈黙する。

 海を見て、世界を見て。

 空を見て、風景を見て。

 尾は最初、台詞を考えているのだろうと思ったが、しばらく経っても無言のレ級に疑問符を浮かべる。

 明確なルールを設けていないしりとりだ、適当な言葉を口にするだけでも構わないので、いつもなら黙ると言っても一、二分程度。しかし、今は五分以上、口を閉ざしている。

 会話するようになってここ数日、一人が好きと言いながらも話し掛ければ返事をするレ級を見ている尾からすると、この長い沈黙は不可解極まりなかった。

『どうした?』

「キタ」

 ただ一言、事実を告げるレ級。

 両手を力なくぶらぶらと揺らし、波に身を任せ身体を左右に振る。自然体のようで、それはレ級の戦闘態勢とも言えた。傲岸不遜の力量を持つレ級は、身構えることなどしない。

 脱力し、括目する。

 何が起きるか、何が起こるかを、見てから行動する。

 だからこそ、体勢を整える必要がなく自然体こそが数多の状況に対応する一番の構えだった。

 尾が何がと問う前に、レ級がちらりと足元へ視線を向けた。釣られる形で尾も視線を向けると、何か、いる。

『……ああ、そうか』

 この段になり、尾も理解した。

 同時に、海中から盛大な水飛沫を撒き散らし、それも一つ二つではなく四つほどの柱を建てて何かが浮上してきた。言わずとも解る、このご時世、何もない海原に突然水柱を立ち上らせて登場する存在などそうそういない。当然と言えば当然の、深海棲艦達だった。

 軽母ヌ級flagshipが二体、軽巡ヘ級flagshipと駆逐イ級flagshipが一体ずつ等間隔で浮上してきたのだ。いずれの姿もレ級のように人型ではなく、異形の姿をしている。

 怪談に出てきそうな恐怖を掻き立てる様相。

 普段はレ級に寄り付かないのだが、ある時を除いて集まって来る。

 個から深海棲艦が集団になる瞬間、それは……

 

 ――――― 影が        ―――――

          空を

 ―――――       駆ける ―――――

 

 空気を叩きつける音が轟く。

 跳ねる回転数。

 掘削機の如く空を裂き、その存在を知らしめる。

 濃い緑の機体に真紅の円。

 現実には間に合わなかった零式艦上戦闘機の後継機、烈風が優雅にその身を躍らせていた。 

 編隊を作り真っ直ぐこちらに、レ級たち深海棲艦の艦隊へと向かってくる。

『ふむ、艦娘のお出ましか』

 尾が呟くが、レ級の耳にはもう届かない。何もない世界は終わった。何もいない景色は消え去った。そこには互いの生存地域を拡大させるべく、弱肉強食の真理のみが跋扈する正真正銘の無法地帯。

 潮風は硝煙に。

 波風は高波に。

 自身の力で、世界を創り出す世界。

 レ級は静かに瞼を閉じ、空を見上げる。息を吸い、戦の匂いを感じ取る。

 世界は優しい。

 生きようと思う者に好機を与える。

 世界は厳しい。

 生きたいと願う者に窮地をもたらす。

 これが生きるということ。

 生きるためにするべき、意思というもの。

「……アハ」

 口角を曲げ、瞼を開ける。

 可愛い服に身を包み、可愛らしさと相反する威風堂々とした主砲などの換装を装着した艦娘達が見える。

 彼女らが何のためにレ級の元に来るかは解らない。知らなくてもいい。理由や理屈など、レ級には関係ない。

 そこにいて、ここに来て、あそこにいる。

 理由などそれで十分で、理屈などそれで十二分。

「アハハハハハハハハハハッ!!」

 飛び出す。

 向こうから来るなら、こちらも向かう。

 戦術など関係ない。

 戦略など必要ない。

 戦闘があれば、それでいい。

「ヒヒッ!」

 満面の笑みで突進するレ級に追従するように、深海棲艦たちも慌てて動き出す。

 まずは敵の艦載機、烈風を迎撃しようと軽母ヌ級も艦載機を発艦させる。空中戦が始まり互いの制空権を取り合い、自軍の優位性を高めようと場を整えるのだ。

 だが、そんなことレ級には関係ない。

 レ級も艦載機、深海棲艦の間では飛び魚艦爆と呼ばれる艦載機を所持しているが、ヌ級が発艦させたのを見たからか出すことはせず速力を落とさぬまま突撃する。

 艦娘達の顔が見える距離まですでに詰めているのだ、わざわざ制空権を取らずとも、肉薄してしまえばいい。

「っ!? 本当にこの化け物は、色々お構いなしネー!」

 茶髪に巫女服を纏った艦娘、戦艦金剛が引き攣った笑みを浮かべ毒づきながら主砲を旋回させ、レ級に狙いを定める。その挙動を見て、両脇にいた二人の艦娘も頷き動く。

「ふむ、その心意気や良し。だが、浅はかと言わざる得ないな」

「変に関心してないで行くわよ、日向!」

「ああ、行くぞ伊勢!」

「二人とも、油断は禁物デース!」

 中央に金剛、左右に伊勢型一番艦、二番艦の伊勢と日向がレ級に標準を定めた。

 強大な主砲を持ち、絶大な火力を誇る戦艦三隻による集中砲火。

 制空権の確保も途中の状態であり、艦載機に邪魔されることなく狙い撃つことができる絶好の場面。

 本来であれば砲撃の邪魔をされぬため、また狙いを定める時間を稼ぐ目的で制空権の確保を優先してから戦闘が行われるのだが、現在レ級は単身で敵の目前におり、他の深海棲艦も追い付いていない状況。

 レ級はこの時、ただの的だった。

 射的ゲームの景品。

 狙いを定めて撃つだけの、簡単なシステム。

 レ級も主砲を旋回させ、砲撃の準備をし、さらに艦載機、飛び魚艦爆の発艦準備に魚雷の発射準備さえ同時に行う同時攻撃などという驚愕の挙動を取るが、今更遅い。遅いというより、無駄。間に合う間に合わないの問題ではなく、走行している中で砲撃を行い当てるなど、曲芸もいいところ。映画でガンマンが銃を横に構えながら撃つのと同じ道理。

 現実にやっても、当たるわけがない。

 戦場では致命的と言えるこの最中、声がした。

『……それでも笑うか、お前は』

 尾が呆れながらも余裕のある声で、呟いた。

 爆炎が上がる。

 轟音が鳴る。

 砲弾が世界を貫き、

 摩擦が世界を焼き切る―――

              ―――時にはすでに、レ級は金剛の目の前にいた。

「――え?」

 驚愕に見開かれる金剛。あり得ない光景を見て、現実に起こりえるはずがない現象を目の当たりにして、思考が真っ白になる。

 金剛、伊勢、日向はレ級の速度に合わせて砲撃した。それもただ狙い撃っただけではなく、互いに声をかけることなく示し合せ着弾地点を少しずらしもしたのだ。速度が上がった場合を考えて、舵を切った時のことを想定して、どこに逃げようと必ず当たる、必中の地点へそれぞれ放った。

 舵を切ってもダメ、多少速力が増しても無駄。

 これは演習、他の艦隊と互いの技術、経験向上のために行われる鎮守府同士での演習で編み出した、必殺と言える陣形攻撃。

 確実に敵へ被害を与える手法。

 それは素晴らしき戦術であり、戦略である。

 ただ、レ級には関係ないのだ。どれほど戦術を立て戦略を練ろうとも、見てから戦闘を行えるレ級には、見てから戦闘させるタイムラグが存在してしまう限り、意味はない。

 レ級が取った行動は大したことじゃない。金剛たちと同じく、放ったのだ。

 全攻撃を――――後方へ。

 想定外の加速。

 もちろん、いくら全主砲とは言え発射時の反動でそこまでの加速を得ることなど不可能だ。物理的に、そもそも絶対的な威力が足りない。多少なりとも反動で加速はできるが、それもせいぜい一、二歩運分。その程度の加速で逃げ切れるほど、金剛たちの陣形攻撃は甘くはない。その程度の攻略法、艦娘達が見逃すはずがない。現に、演習でも何度かその手を使われたことがある。だが、それでも避けきるのが不可能だからこそ、金剛たちはこの攻撃に信頼を置いていた。

 では何故、ここまでの推力を得られたのか。

 飛び魚だ。飛び魚艦爆。そして魚雷である。

 レ級は飛び魚艦爆を先に後方へと発艦させ、魚雷を落とし、撃ち抜いた。撃墜させた。

 燃料が満タンの、弾薬に火薬が満載の艦載機を撃ち抜き、その爆発によって魚雷を誘爆させ前進したのだ。

 レ級だからこそ出来る芸当。

 空母が扱う艦載機を持ち、戦艦が持つ強力な主砲を持ち、駆逐艦が持つ魚雷を持つ、全ての攻撃手段を一人で行えるレ級だからこそ、為し得た偉業。

「ヒトリメー」

 気の抜ける言葉とは裏腹に、深刻な一撃が金剛に叩き込まれる。

「ぐぎっ――――!?」

 海に空に世界を裂く、レ級の拳が金剛の胸を捉えた。

 飛び石のように跳ねる金剛。

 回転し、回転し、また回転。

 勢いは収まることなく金剛を海面に叩きつけ浮かし弾き飛ばす。

「金剛!?」

「ダメ! 日向!?」

 弾け飛ぶ仲間に目を奪われた日向の耳に、自身を呼ぶ悲痛な声が入る。

 気が付けば、舵を取っていた。動いていた。

 判断する前に、気が付く前に全速力でその場を離脱する……が。

 爆風と爆炎が日向の左舷から起きた。

「ちっ!」

 咄嗟に面舵、右舷に回避行動を取ったのだが、左腕に損傷、左側の砲身が曲がり使い物にならなくなっていた。

「化け物め……っ!」

 舌打ちし、距離を取った日向が苦虫を噛み潰した表情で言う。

 そこには、両腕をだらんと垂れ下げ、首を傾け顔だけ日向に向けるレ級が立っていた。

「オシイ」

 悔しそうな顔をする、ことなどなく。

 レ級は破顔した表情で言った。

 日向が金剛に気を取られていながらも、レ級の攻撃を避けられたのは幸運だっただろう。本来ならば着弾し中破ないし大破以上の損傷を受けてもおかしくはなかった。

 ではなぜ、避けられたのか。

 問題は、レ級の方にあった。

『お前……少しは戦い方を考えてくれないか……』

 尾が文句を言う。それもそのはず、レ級の背中は焼けていた。傷を負っていたのだ。

 いくらレ級が凄かろうと、金剛たちの攻撃も引けを取らず最上の手段だった。それを避けるために行った手段は、レ級と言えど無傷で切る抜けるのは難しかったのだ。

 艦載機に魚雷の爆発。

 しかもレ級が持つ強力な兵器。

 その威力は一瞬でレ級を金剛の目前に持ってこれるほどある。

 いくら避けるためとは言え、自らの攻撃で傷を負っては意味がないようにも見える。

 だが、攻撃を受けるという結果が同じなら、より損傷の少ない方を選択する。

 結果が同じならば、レ級はより敵を殲滅できる方を選択するだけだった。

 攻撃を受けず損傷せずに切る抜けようとなど迷いもせず、レ級はいくらかの損傷を覚悟で実行したのだ。

 これが、レ級が化け物と言われる由縁。

 例え正しいと解っていても、普通ならば躊躇してしまうことを、平然と成し遂げる。

 戦術など関係ない。

 戦略など必要ない。

 戦闘があれば、それだけでいい。

 それだけで、レ級は勝利を刻むことができるのだから。

 機動力が落ち味方の深海棲艦はまだ遠くにいる。レ級は敵地のど真ん中にいるのと同じで、状況だけ見れば人数の差など窮地には変わらないのだが、それだけだ。

 それだけで、それだけだ。

 このような時でも、レ級に退却の二文字はない。

「マダ」

 腕を上げ、手を額に当てる。

 遠くを見る時に行う格好にも見えるが、一応軍に所属している艦娘的には、その姿はむしろ敬礼に見えた。

 不遜で、挑発を孕んだモノに。

「マダ、オワラナイヨ」

 戦争は、始まったばかりだった。

 

 


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