こちらは本編とあまり関係なく、けれども一切も触れてないと言えば嘘になる、そんなお話です。
レ級の口調が違いますが、これは番外編だからとご理解頂ければ幸いです。(ちょっとばかり口調が変わるのは理由があるのですが、そちらは本編で段々と明かしていきたいと思います)
また、メタ発言が多くあるお遊びのお話でもあるので、そちらもご理解下さい。
またイベントの【ネタバレ】も多少含んでいるので、まだ知りたくないという方はお気を付け下さい。
――― 獣は争いを終わらせ、
人は戦争を終わらせない ―――
トラック島とは小さな島である。
大戦後期まで連合艦隊泊地が置かれた地であり、昭和十九年二月十七日、米第58機動部隊の攻撃により壊滅的な打撃を受けた。このトラック大空襲の際に沈没した艦船は、現在では沈船ダイバーたちのメッカとなっている。
日米の艦だけでなく、戦闘機や戦車も多数沈んでいる。
過去の名もなき英雄の墓。
過去の大罪人達の墓標。
どちらの意味を取るか、それは個々の好き好きだろう。
海底に沈む、サンゴに彩られた旧戦車。役目を終え口を閉ざした砲塔。
緑と藍色が混ざる海で、彼らは静かに、長らく続く平和に瞼を閉じている。
薄い青空に指でなぞった白き雲。
その地に、今。
「ニドトフジョウデキナイ……シンカイヘ……シズメッ!」
「阿賀野の本領、発揮するからね!」
「ヒノ……カタマリトナッテ……シズンデシマエ……!」
「やってやります! てーっ!」
「さあ、華麗に踊りましょう!」
「ヤクニタタヌ……イマイマシイ……ガラクタドモメッ!!」
「わたし、戦いは……ぅ、今は、やるしかないか!」
「遠洋航海艦隊旗艦香取、抜錨します。皆さん、ついてきて?」
「那珂ちゃんセンター、一番の見せ場です!」
新たな戦争が、始まる。
と、晴れやかな舞台と言っていいのか悪いのか、言葉を選ばなくては問題が起きそうなそんな場所から少しばかり離れた地。いや、海。
いつもより静かでいつもより穏やかでいつもより寂しい、レ級の住処では。
『おい、拗ねるなよ』
「拗ねてなイ……」
レ級が体育座りで、お尻の近くの水面を手でかき混ぜていた。海を裂く一撃を持つ指は、けれどもこうして見ると幼さの残る細く小さな五指。入浴中と思わせる水の跳ねる音をさせ、音に釣られた魚が右往左往している中、レ級はつまらなさそうな表情で頬を膨らませていた。
「別に、ボク嫌われてるからいいシ。Wikiの掲示板とかで、そろそろイベントとか出てもいいっかなって書くとほっぽちゃんがカエレって言うシ」
『あれはネタだろう? ほっぽも本気で言ってるわけじゃない』
「いいもん、ほっぽ嫌いだシ。この前のイベントだってボクのとこ来て『レ級ネーチャン、オシゴトシナイノ?』って言ってきたんだヨ? 出れるならボクだってやるサッ!」
『まぁ、その……なんだ。ほっぽも悪気があって言っているわけじゃない』
「当たり前だヨ! あれで悪気があったらボク本当に泣くからネ!?」
『もう泣いているじゃないか』
レ級が膝に顔を埋め、「泣いてないし水飛沫だし」と尻の水をさらにバチャバチャと跳ねさせる。魚が逃げていく。
戦艦レ級が艦隊これくしょんに登場したのは、【Extra Operation】 サーモン海域北方
、通称5-5と呼ばれるおまけのステージだ。2014年3月14日に実装され、もうすぐ一年が経とうとしている。このアップデートでドイツ艦の『戦艦ビスマルク』『Z1』『Z3』も同時に実装され、提督諸君の間では歌姫の登場にドイツ艦と悲喜交々の出会いで大いに盛り上がるはずだった……のだが。目玉の彼女らを差し置いて、話題をほぼ独占したのは他でもないレ級だった。
その圧倒的すぎる今までにない強さに、先を行く提督達は悲鳴を上げ、新たに着任した提督達は彼らの情報を聞いて絶望に落ちていく。
その頃はまだ弾着観測の手法がなく、対抗手段が厳しくもあったのだ。それからしばらくして弾着観測が実装、手法を確立させたが、それでも恐怖は変わらない。何より恐れたのが、すぐ間近に迫っていた春イベントだ。もしこのイベントにレ級が現れたら……当時の提督達はみな白目を剥いてコワクナイ、ゼッタイ、ダイジョウブダヨと言いあった。ついに開催された春イベントで、レ級は登場せずに、その不在に多くの提督が安堵したものだ。
しかし、恐怖はいつまでも渦巻いている。
いつ、あいつがあそこから出て来るのか……と。
けれど、その恐怖は未だ未知の恐怖のままだった。
というより、最近その恐怖が多少薄れてきている。
レ級が登場してから十一か月、未だレ級は出て来ない。
もはや出させる気がないのではないかと、提督達の間ではもっぱらの噂だった。
「ハァ……」
溜息が漏れる。珍しく意気消沈する姿を見て、尾はあえて突っ込まず、レ級とは反対の海を眺めていた。
静かで、穏やかで、誰もいない海を。
イベントが始まると、まず誰もレ級の海域には来ない。時たま強者提督かイベントを諦めた提督が遊びに来ることもあるが、普通の日々と比べて格段にその頻度は落ちる。理由は明白だ。この海域に来る資源とバケツ(高速修復剤)が勿体ない。艦娘の疲労も溜まる。何より、久々のお客さんだと張り切るレ級が大破艦を続出させてしまう時期なので、多くの提督は「一生ここから出て来るんじゃねーぞ!」と捨て台詞と共に去って行く。
まるで、レ級がイベントに出て来ないのを確認するかのように。
「……なんでだろう」
『何がだ?』
「なんでボク、イベントに出られないんだろう」
恋に悩む乙女の如くか細い声で、瞳に滴を浮かべながら、レ級はぽつりと呟いた。
それはずっとレ級の悩みだった。
レ級が登場してもう一年が経とうしている。
出番が遅れているだけならばともかく、新しい深海棲艦が次々とイベントにボスとして登場し、それだけでなくほっぽのような新ボスが通常海域にまで登場する優遇ぶりだ。
レ級は通常海域でこつこつと実績を積み重ねていたというのに、ちょっとロリっぽい外見で幼き少女を全力で愛でる提督達に気に入られたほっぽは、出世街道に行ってしまったほっぽに対しては、ライバル心以上の対抗心とは違う、劣等感に似た何かを感じていた。
「ボク、結構ボス前とかボスの随伴艦としていい配置だと思うんだけどナ……」
『いや、ボス前に来られたら面倒だと思うぞお前。制空権も取るし、潜水艦も攻撃できるからな。ルート固定の条件も厳しくなるだろう』
「でもサ! ノーマルなら大丈夫じゃなイ? ノーマルなら意外と行けるって最近の古参っぽい提督は言ってるヨ!」
『それは逆に新人や中間層からしたら厳しいという話じゃないのか?』
「わかっタ! 開幕雷撃ちょっと外すようにすル!」
『お前は何を言っているんだ?』
「だっテェー!」
ついにレ級は寝転ぶと、四肢を振り回しだだをこね始めた。盛大に水が跳ねる。
うがーと叫ぶレ級を見て、気持ちは解らないでもないと尾は思っていた。毎回毎回お留守番だ。仲間はずれにも似た心境の中で、唯一存在が許されるのは攻略する必要のない趣味の海域。割と詰んでいる。出会いを求める男だらけの職場のOLの心境だ。
何より今回、レ級が一番不満を漏らしているのは、ある深海棲艦のせいだった。
「そもそも! なんで戦艦棲姫がまた出てるんだヨ!」
『それは……まぁ』
「おかしいでショ! 何回出るつもりなのダイソン!? バカじゃないノ!? だからダイソンなんて呼ばれるんだよあのオバサン!」
戦艦棲姫、通称ダイソン。
イベントのボスと共に登場し、旗艦を庇いボスを倒させない、ボスへの艦娘の攻撃を何故か一身に受けたがる姿は、某掃除機と同じく変わらない吸引力で集める様から付けられたあだ名だった。
初登場は2013年の秋イベント。そこから2014年の春夏秋と、そして今回の2015年冬イベントにも登場する引っ張りだこの深海棲艦だった。出過ぎである。
「去年ずっと出て今年もずっと出るつもりなのアイツ!?」
『まぁ、そこそこ強くてボスを狙わせないとなると、使いやすいからな』
「どこが!? 今回甲だと四百も体力があるんだよ! だったらボクでいいじゃン!? ダブルダイソンするくらいならボク入れればいいじゃン!?」
『お前がいると色々制空権とか面倒に……』
「面倒って何なのサ! それに今回から難易度を選べるようになったんだヨ? 丙乙甲っテ! だったら丙は普通の戦艦、乙にダイソン、甲にボクって並び出来るじゃン! ジャン!」
レ級が尾の両頬を掴み左右に振る。
濡れた犬のように身体を震わせレ級の拘束から抜け出た尾は、宥めるように言う。
『今回は、中規模だったしな……』
「どこが中規模!? 全然中規模じゃなかったじゃン!? ダブルだヨ! ダブルダイソンだったヨ!」
『一先ずダイソンは置いておけ』
「あーあ、ボク、本当に一度もイベントに出れないのかナァ……ずっと一人で、ここだけの深海棲艦として生きていかなきゃならないのかナァ……」
『おい泣くな』
「泣いてなイ。鼻水だシ」
『おい拭け』
「ウン……」
袖で拭こうとするレ級を尾が止め、海水で顔を洗うように促す。両手を広げてばちゃりばちゃりと顔を洗う様子は、ほっぽに近いあどけなさが窺えた。
レ級は唯一、深海棲艦の中で表情があると言えるだろう。
もちろん、他の深海棲艦で憎しみに囚われた顔を持つモノはいるが、レ級ほど感情を持っていると思わせる表情をする深海棲艦は存在しない。
無邪気であり、天真爛漫であり――――残酷でもあるのだ。
それは艦娘や人類に対して、だけではなく。
レ級自身にとっても、残酷な事実である。
そのことを自覚するのは、恐らく大分先だろう。
今のレ級より、もっともっと、もっと強くなった時に、理解する。
最強が故の孤独、
無垢さ故の孤立、
なんてどうでもいい事ではなく。
知能が故の、
知識が故の、
絶望を。
それを、尾は感じ取っていた。
こうしてイベントに出れず、嘆く間は幸せだと。
どちらにとっても、幸せだと。
よくも悪くも、もし、レ級がイベントに出てしまえば、きっと……。
『貪欲が人類に憎悪をもたらし悲劇と流血をもたらした。思想だけがあって感情がなければ人間性は失われてしまう』
「? なにそレ?」
『とある喜劇王の言葉さ』
尾はレ級の頭に顎を乗せ、レ級はやや不満そうに、けれども嫌ではなさそうに、尾の頬をぺちぺちと叩く。
『お前は今、貪欲であればいい。お前は憎悪を振りまく存在であればいい。そうあり続けることで、お前はお前で居られるだろう。だが』
尾がゆっくりと、レ級に言葉を飲み込ませるように、口を開く。
『覚悟しておけ。思想があり、感情がなければ人でないならば』
「ならバ?」
レ級が視線を上に向ける。
フードのせいで尾が見えず、視界に入るのは澄み切った青空だった。
『感情があり思想がなくなれば、お前は人を知ってしまう、という事だ』
レ級は尾が何を伝えたいのか、真意を理解できていない顔で眉を潜めた。
「人間ってアレでしょ、海の上を歩けなイ。それくらい知ってるけド」
『そうだな……それが、人間だ』
「? 変なノー」
ぺちり、ぺちりと。
レ級が尾の頬を叩く音が沈んでいく。
静かに静かに、さざ波だけが空気を食し、波間だけが時を重ねるように。
これは未来の話、遠くて近い、目の前の話。
それがいつの日になるのか、誰も知らない話…………
ちなみに筆者は2/11に何とか全て甲でクリアすることが出来ました。
レ級は出てきませんでした・・・ッ!!(震え声