地雷女の遊矢♀が舞網市のアイドルになるまで。   作:ウェットルver.2

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第一部
必死にぴょんぴょん跳ねる遊矢かわいいよね


 あいつと出会ったのは。

 夕陽が沈む前の、まだちょっと空が青いときの公園だった。

 ……正直に言うと、ただ「顔を合わせる」だけなら、あの日が初めてってわけじゃあない。

 小学校のクラスメイトで、面倒臭がりで。

 友達がいるようでいないかのような、不思議な距離感のやつ。

 いざデュエルとなれば、なんだかわけがわからないけど、強い。

 でも、強いからって人気者になるわけじゃあなくて、面倒見がいいというか、どうすれば強くなれるのかって話には興味本位で乗ってくる……そのくらいの、デュエルが好きなヤツ。

 『面倒くさがり』なのに『面倒見がいい』なんて、へんな性格をしたやつだと今でも思う。

 とにかく、クラスメイトとしての最初の印象は『へんなやつ』だった。

 

 おれはクラスメイトから、なぜかよくいじめられていた。

 大切なカード、《オッドアイズ・ドラゴン》をどこかに隠されるなんてしょっちゅうだった。

 盗まれて、わざと見せびらかされて、そのまま投げ捨てられることもあったし、カードを持ち逃げされて教室中を追いかけまわして、先生に見つかって、いじめっこ共々、しかられるなんてめずらしくもなかった。

 なにひとつ納得いかない理由で、「喧嘩両成敗だ」なんて言われたこともあった。

 女の子に「かわいそうじゃん!」なんて言われても。

 あとでそいつが「情けない」と陰で言うなんて、よくあって。

 そうやってわかってもらえないまま、クラスメイトから馬鹿にされる中で、あいつは退屈そうな顔でおれを見てから、なにごともなかったかのように教科書を開いて続きを読む。

 

 ……そう、あいつだけだ。

 

 あいつだけは、なにも言わずに、おれに興味も関心も示さなかった。

 いじめっこにも、これといってものを言うこともない。

 なんというか、そう、「いじめに自分は関係ない」、そういう冷たい態度をしていた。

 その態度がかえって馬鹿にされた気がして、余計に腹が立ったりもした。

 だから、あいつは『へんなやつ』で、『いやなやつ』だった。

 

 あの日の、あの時までは。

 いじめられっこのひとりに、おれは公園の木の枝へと《オッドアイズ・ドラゴン》をひっかけられた。手を伸ばしても届かないまま、どれだけ背伸びをしても取り戻せなかった。

 時計の針がぐるりとまわって、元々指していた場所をもういちど長針が示しても。

 そうやってまた、ぐるりと長針が回った頃にも。

 だんだんと太陽が傾いて、空の彼方が赤らんでいく。

 気がつけば、いじめっこたちが飽きたのか、おれしか公園にはいなかった。

 「いつかはいじめにも、自分にも飽きてくれたらいいのに」と、なんとなく思いながら。

 なんとかカードに手は届かないものかと、助走をつけて飛んでみたり、木の皮を足場にして飛びあがってみたり、弾みをつけて高く飛んでみたり、いろいろと試した。

 

 なにやっても、だめで。

 もう《オッドアイズ・ドラゴン》を取り戻せないかもしれない。

 なんなら一生の別れかもしれない、そう思えて、ぼろぼろと涙を流してしまう。

 冷静になれば、きっと警察とか、通りすがりのひとに助けてもらえばよかったかもしれないけれども、おれには彼らが怖いひとに思えて、どうしても「だれかに頼りたい」なんて思いは浮かばなかった。そのくらい、心はとっくにボロボロだった。

 

 だれも信じられなくて、さみしくて。

 それでも《オッドアイズ・ドラゴン》を取り戻したくて、もういちど跳ねた。

 

 たまたま、なにかの用事の帰りで公園にやってきた『へんなヤツ』に見られても。

 そのときの目つきも、心底どうでもよさそうな目つきだったとしても、もうどうでもよくて。

 とにかく《オッドアイズ・ドラゴン》を、おれの大切なカードを取り戻したかった。

 

 そうやって、ずっとぴょんぴょんと跳ねていると。

 遠くから、うんざりしたかのような溜息が聞こえた。

 

「……はあ。」

 

 学校いちばんの『へんなヤツ』は、

 

「めんどうくさい。」

「な、なんだよっ!?」

「……、」

 

 一生懸命に跳ねるおれを横目に、すたすたと木の枝に近寄る。

 ちょっと背伸びをしてから腕を伸ばして、さらに前に進んで、木の皮へと手を当てる。

 

「……だいたい、このあたりなら。

 あいつの身長の半分と、筆箱のなかの定規で、たぶん……」

 

 そうつぶやいて、振り返った。

 

「おい、さか、……榊遊矢(ユウヤ)。」

「なに!?」

「ちょっと背負われてくれよ。ぎりぎり届くし。」

「……はあ?」

 

 おれは思わず聞き返した。

 わけがわからなかった。意味はわかったけど。

「俺が背負うから、おまえは手を伸ばしてカードを取れ。」

 そういう意味なのだとしても、まるでわけがわからない。

 

「なにしにきたの」

「いらないのか、あれ」

 

 あいつが親指で示す先には、木の枝にひっかかった《オッドアイズ・ドラゴン》。

 

「いるよ!」

「……なら、早くしろ。」

 

 おれの返事を聞くと、あいつは定規を手渡してきた。

 おれが受け取ると、あいつは座り込んで、そのまま「おんぶ」の姿勢で待ち始める。

 わけがどうとか以前に、こいつという人間がわからなかった。

 これまで「我関せず」と無視を続けた『へんなヤツ』が、ため息を吐いて、急に近づいてきて、「背負われろ」とかへんな言葉づかいをしてきたあげく、わけを聞こうとすれば「カードはいらないのか」?

 おれと話す気がないようにしか思えない。

 まともに会話が成立しているようで、いろいろと話を端折(はしょ)りすぎて意味しか通じていない。

 目の前の『へんなヤツ』の気持ちが、まるでわけがわからなかった。

 

 そうだ、わけがわからなかったから。

 本当の意味で「あいつと出会った」時は、きっと、

 

(あれ? そういえば、この『へんなヤツ』の名前って、なんだっけ?)

 

 なんて、あんまりにも失礼な、……小学生らしく生意気な、思い返すだけではずかしい物忘れに気づいて、おとなしくあいつの背中に身を預けた時なのだと思う。

 なぜなら、そんなことを思うまで、目の前の『へんなヤツ』は『男の子』なのだとか、おんぶしてもらうってことは胸を背中に当てることで、それが『女の子として』はずかしいだとか、すっかり忘れていたからだ。

 

 ……たまたま、あの日は。

 ちょっと胸が痛くて、いろいろとゆるめていた、とかも。

 

「―――痛いっ、」

「はァ……? なに、怪我?」

「ち、ちがうよ、ちょっと擦れただけで……!」

 

 怪訝そうに声を荒げたあいつが「転んだの?」と聞いてきても、おれはなにも言えなくて、あいつの肩をつかんでよじ登るしかなかった。あいつはなにも気づかず、そのまま姿勢を正して、すこしずつ立ちあがっていく。

 差し出された手も足場にして、組体操みたいに高く、より高く。

 そして、おれは言われるがままに、定規を伸ばして、木の枝を突いてみた。

 なにもない空間をひっかくように空振り、その間を埋めるように、またあいつが姿勢を正す。

 ゆらり、と、体が揺れてバランスを崩しかける。

 思わずおれは、あいつの頭をつかんだ。

 

「……あ、」

「取れた?」

「ちがくて、……もうちょっと!」

 

 硬い。

 初めて触れた()()()の髪は、わたしのそれより、ちょっぴり硬くてチクチクしていた。

 

「へえ。跳ねたらワンチャン?」

「わんちゃん?」

「チャンスありそう?」

「あるかも!」「そう。それじゃあ、」

 

 届きそうで届かない距離を、

 

「せえ。……の!」

「うひゃあ!?」

 

 呼気ひとつ。

 強いかけ声を挟んで、ひとりの少年が飛びあがった。

 わたしは、とっさにまた頭をつかんで、バランスを保って、そのまま定規が枝を揺らした。

 ばいん、と、定規と枝の弾ける音がひびく。

 

「あっ!」

 

 はらりと木の葉のように舞い落ちる、《オッドアイズ・ドラゴン》のカード。

 あいつは落ちる勢いを弱めて地面に座り、わたしを降ろそうとする。

 そこにある彼の気遣いへ気づくこともなく、わたしは思わず、強く組んだ足をほどいて背中から降りた。

 

「オッドアイズ!」

 

 とにかく、オッドアイズが戻ってくる。

 それだけがどうしようもなくうれしくて、ほかに考えが浮かばなかった。

 手伝ってくれてありがとう、って言葉を伝えるのはどうしたんだ、とか。

 あんなふうに飛びあがられたとき、落ちる途中で足場を見失ってバランスを崩しかねない私を、彼がふとももを掴んでまで無理やり後ろにひっぱり、わたしの重心を移動させて、前に背中を軽く傾けた状態で受け止めてくれた、とか。

 あの瞬間、ついわたしも必死になって体を抱きしめた、だとか。

 ほんのわずかな、今にして思えば命が危ないはずのあれこれの緊張感もあったのだろう、いろいろと頭が麻痺して、いちばん気がかりなオッドアイズのことだけを考えていた。

 

 わたしは拾ったオッドアイズを、全身で抱きしめるように抱え込んで、座って。

 彼はなにも言わず、かばんと定規を拾いあげて、

 

「……それじゃ。」

 

 公園の砂利を鳴らしながら、立ち去っていく。

 

「え? ちょっと、ねえ、」

 

 わたしは彼を呼び止めようとして、……やっぱり、名前が思い出せない。

 けっきょく、ひとに興味がなかったのは彼ではなく、ほかならない自分だった。

 見るだけ見てなにもしないなりに「榊遊()」という名前を憶えていた彼に対して、自分は「自分を助けてくれない『いやなヤツ』で『へんなヤツ』」という印象しか憶えていない。

 どっちが失礼で、どっちがタチ悪いかなんて、今ならわかる。

 

 ……ああ、きっと、いやなヤツだったんだな。この頃のわたしが。

 

 いじめられないために強がって、ひとの話に聞いた「昔のおかあさん」の真似までして。

 わざと男の子っぽい言葉づかいにしても、そもそもの態度がひどかったのだろう。

 

「きみ、なんて名前!?」

「……はァ?」

 

 まともな言葉が、気取った『おれ』の口から続くはずもなかった。

 不機嫌そうに返ってきた声に遅れて、やっぱり不機嫌そうな顔がわたしを見る。

 

「……角道(かくどう)詩弦(しづる)

()()()! ありがとうな!」

 

 めんどうくさそうに。

 シズルは背中を向けたまま手を振って、公園から出ていく。

 ひらひらと振られた手からは、ぽろぽろと土埃がこぼれ落ちていた。

 

「あっ」

 

 わたしの靴で、シズルの手を踏んでから着けたものだった。

 するっと伸びた影は、シルクハットで彼を示して立ち止まる。

 

「遊夜、彼は?」

「―――ああっ、パパ!」

 

 わたしのおとうさん、榊遊勝がわずかに彼を見てから、わたしを見おろす。

 とにかくうれしいことが続けて起きたものだから、わたしは思いのままに、なにがあったのか、なにがつらかったのか、ひとつずつであれ一気にまくしたてる。ちょっと、パパには聞きとりづらかったかもしれない。

 それでも静かに、確かめるように、ひとつひとつにうなずいてから、

 

「……そうか。

 なら、シズル君か。

 彼には、『私からも』礼を言わなくては、な」

「…………う、うん」

 

 と、どこか、なにかに安心したみたいな笑顔でつぶやいていた。

 どうしてそんな笑顔を浮かべたのか、よくわからなくて、とりあえず腕輪を手慰みで軽くなでる。綺麗な宝石を収めたそれは夕陽に染まらず、綺麗な白い光を、まるで花びらの雫のようにまたたかせていた。いつもの綺麗な腕輪だ、不思議と見飽きない。

 

 ちょっとずつ落ち着いてきて、ふと顔をあげる。

 夕焼け空がいっぱいに広がって、とおくの空が紫色に変わっている。

 でも、全部がゆっくりと夜空へ、真っ黒な空へと塗り替わるのだろうな。

 そう思って、ようやく思い出した。

 

 

 ……そういえば、わたし、あいつにお礼を言っていなかったな。

 

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