地雷女の遊矢♀が舞網市のアイドルになるまで。 作:ウェットルver.2
ひとりにすると危ないな、とは思ったので
遊勝塾から、ひとが消える。
パパが失踪してから休日を迎えるたびに、少しずつ。
舞網チャンピオンシップで無断欠場した榊遊勝の行いは、対戦相手とのデュエルから逃げる卑劣な行いである。誰かのそんな言説を真に受けようと受けまいと、
「エンターテイナーの榊遊勝が、エンターテイナーであることを捨てた行いではある」
そう言って退塾する塾生へ、誰も退塾の意を責められなかった。
そのひとりが遊勝塾から去れば、おなじ気持ちになった塾生もまた去っていく。
私と同じ小学生が。
年上の中学生が。高校生が。
大学生が、会社勤めのひとが。
遊勝塾の塾生として、榊遊勝の弟子のひとりとして。
パパを、榊遊勝を待たずに去っていく。
気がつけば、私は遊勝塾の鍵を渡されていた。
いつでも遊夜ちゃんが遊勝塾を出入りできるように、なんて渡した人は言ったけれども、そのひとも遊勝塾からいなくなったから、たぶん体のいい鍵の受け渡しがしたかったんだろう。
こうして鍵を開けて遊勝塾の中に入っても、冷房が効いていない蒸し暑い空気を漂わせるだけで、そこにはデュエリストの熱気が伴っていない。ただ熱いだけの情熱を感じないデュエル塾に、エンタメデュエルの精神を見損なわれた居場所に居心地のよさはない。
「……換気扇、まわさなきゃ」
空気が気持ち悪かった。
一言で終わる感想に、どれほどの想いがこもってしまったのだろうか。
ただ言葉が心から浮かびあがるというだけで、途方もなく疲れていく気がする。
「柊先生は、まだ来てないよね」
柊修造。
私のパパに次ぐ、高名なエンタメデュエリスト。
デュエル大会で高い順位を取り続けるだけでなく、その情熱から舞網市民に愛される爽やかな……悪く言えば、ちょっと暑苦しいおじさんだ。そろそろ秋が近いとはいえ、この塾の湿気と熱気に加えて熱血まで混ざったら心も体も熱中症にされて気絶する気がする。
プロデュエリストとしての仕事がまだ残っているのだろうか、あるいは日曜日だから自宅で休んでいるのだろうか、どちらにしても休日に遊勝塾で熱心にエンタメデュエルの授業をしようと考える塾生はいなくなった今、柊先生がくる必要はなくなってしまったのかもしれない。
……この私、榊遊夜を除けば。
機械のスイッチを入れ、設定を決め。
選んだアクションフィールドは《アスレチック・サーカス》。
「リアルソリッドビジョンの起動、よし。」
私のお気に入りのフィールドだ。
設備室から舞台へと移動し、ストレッチを始める。
「いち、にぃ、さん、しっ……」
体をほぐしながら、アクションフィールドを見渡す。
アクションフィールドは投影された空間にさまざまな立体物を生みだす。ものによっては荘厳な大自然だったり、逆になにもない荒野だったり、足場が舗装されていない凸凹とした地面だったり、街を歩く感覚で移動すると転びかねない大きめの石ころまで転がっていたりするのだ。
このうえで立体空間の中に散らばる「あるカード」を拾いながらデュエルをする都合から、空間把握能力だけでなく高い身体能力、動体視力、危険に対する反射神経のよさがアクションフィールドでは求められる。
ということは、もちろん、運動能力を鈍らせないためのストレッチが欠かせないのである。
「ふぅ。んっ……!
じゅう、にぃ、さん、しっ……」
そして、空間把握能力にも種類はある。
どのくらいの距離になにがあるのかを目視で測定する。
どのくらいの歩幅で目的地に移動できるかを体感で悟る。
自分の手足の中さと可動域から、どの位置のどれにどう干渉できるのかを瞬時に把握する。
これらを鍛えたいのなら、やはり普段からアクションフィールドで遊ばないといけない。
特に《アスレチック・サーカス》はトランポリンなどの遊具が多くあるので、アクションフィールド内の立体物を活用した運動に関しては最も練習しやすい環境にある。パパのエンタメデュエルを身につけるのならば、やはり身体能力はあって損はないと思うのだ。
手品とサーカスは別物な気がしなくもないけれども。
観客を楽しませるためなら、サーカス芸は憶えて損はない、はずなんだ。
「よし、ストレッチ終わり!
準備運動は……ラジオ体操でいいかな」
「……なにしてんの?」
「え?」
声の方向へと振り向く。
「アクションデュエル?
対戦相手は……え、対戦相手がいないのに?」
「詩弦!?」
気だるげなのか、感情表現が薄いだけなのか。
興味関心の薄そうな目つきで、それでいて不思議そうに目を細めて、詩弦はアクションフィールドを見渡していた。
どうやら、アクションフィールドがあるならアクションデュエルをしているはずだ、つまりデュエルの対戦相手がいるはずなのだ、と思っていたのに、対戦相手が誰もいなくて驚いているのだろう……けれども、それよりも気になることがあった。
「え。どうやって遊勝塾に来たの?
場所を知っていたの? なんで来たの!?」
「……はあ。
場所なら警察に聞けば教えてくれるよ」
溜息を吐きながら、詩弦は続ける。
「アニメっ、写真でも見たことはあるし。
川沿いでしょ
で、なんで、って……洋子さんが『遊勝塾に行った』って言ったから?」
理由になってない。
それ理由になってないよ詩弦。
いつものことだけれども、もうちょっと言葉を増やしてよ。
まずどうしてママに会って、なんで私の居場所を聞いたのかを教えてよ詩弦。私の家に遊びに行こうとしたとか、そういうのとかじゃなくて私に会いに行きたかったとか。
なんかこう、そういう理由がなにかあるんじゃないのか。
そんなの素直に言われたら。
うれしさと恥ずかしさで、おかしくなる気はするけれども。
「へ、へえ。
そっ、そうなんだぁ……」
「あとこれ。」
一枚の紙が差し出された。
表面に印刷された文字を読んでみる。
「詩弦、これって……入塾の契約書!?」
「事務室の鍵は閉めたほうがいいよ。
こうやって勝手に書類を漁られたりするだろうし」
「え。あっ、……ご、ごめん?」
どうして遊勝塾に入る気になったんだろう、とか。
エンタメデュエルは好きじゃあないはずなのに? とか。
詩弦もエンタメデュエルの道を歩いてくれるの? とか。
詩弦が今日から遊勝塾に来てくれるんだ! みたいな。
いろんな感情と疑問がごった煮になってくる。
気のせいだろうか、空調が効いてきたはずなのに体が熱い。
「……アクションデュエル、教えてくれないかな。
こういう動くデュエルは初めてやるからさ」
「いっ、いいよおっ!? えっと、まずはね!?」
声が裏返って、呼吸が乱れる。
思わず周りを見渡す。誰もいない。
ふたりきりの空間、アクションフィールドで。
私を必要としてくれるひとが、まっすぐに私を見つめている。
「アクションカードがぱあっとフィールドにばらまかれて、あ、えっとアクションカードっていうのは拾って使うことができるカードでね!?」
「落ち着こう?」
このあと、時間をおいて、しっかりと説明ができる……わけがなくて。
しどろもどろにドモりながら、レコードをきゅこきゅこ鳴らすみたいに同じことを何回も言ったり、頭の中を真っ白にさせたまま勢いに任せて説明してしまったりを繰り返して。ようやくアクションフィールドに二人で立てたのは、時計の針が半周した頃だった。
「遊夜?」
だんまりになった私を見て、詩弦が様子を伺うように話しかけてくる。
どうしよう。
ちゃんと冷静になって教えられる気がしない。
私は角道詩弦に、彼氏であってほしいひとに。
アクションデュエルを教えるのだ。
そう、ふたりきりで。
だれにも邪魔されない、私の大切な居場所で。
いいね、ここすき、感想をよろしくお願いします。
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まだまだだね…