地雷女の遊矢♀が舞網市のアイドルになるまで。   作:ウェットルver.2

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言われなくとも。

 シャワー室。

 アクションデュエルは激しい運動をするから汗を洗い流すためにあったほうがいい、と、遊勝塾に設けられた個室の中に、私と詩弦はいた。

 

 詩弦の全身にある傷口と汗を、流水で消毒するために。*1

 腰に細長いタオルを巻きつけて背中を向けた詩弦が、私の目の前にいた。

 その彼の背中越しに、シャワー室の鏡を見る。

 

 《素早いマンボウ》と壁に激突したときの傷。

 《シャークラーケン》の吸盤で強く吸われ、破けた皮膚。

 ほか、モンスターから転がり落ちたときにできた、数々の傷。

 

 痛々しい詩弦の全身から、目を背ける。

 ここまで傷ついても、詩弦はアクションデュエルを学び続けた。

 もうやってられるか! なんて諦めないで、私の話を聞いてくれた。

 私の指導に、アクションデュエルの授業に付き合ってくれた。

 うれしいようで、申し訳ない気持ちになる。

 

 もうすこし早くに気づいていれば。

 詩弦のモンスターとの相性の悪さを悟れるくらい、私がアクションデュエルをわかっていれば。

 彼にここまで怪我をさせることはなかったんじゃあないかな、って。

 

 シャワーで傷口を洗い流す。

 痛そうにうめく詩弦の声がシャワー室の中に響いた。

 

「だいじょうぶ?」

「大丈夫っ……!」

 

 傷だらけといっても、そこまで深くはない。

 とはいえ《シャークラーケン》が詩弦を床に落とさないよう、しっかりと掴むために吸盤で皮膚を吸いあげてしまったせいで、小さな傷がたくさんあって……あんまり物では例えたくないような状態になっている。

 

 汗や血を洗い落とす消毒を終え、シャワー室から出る。

 私のタオルを詩弦が借りて全身を拭こうとするも、背中だけは手加減をわからずに傷口に触れてしまって痛がっていたので、やっぱり私が代わりに詩弦の体をタオルで拭く。

 

 ふと、詩弦の体格を目で追う。

 全身の線が細い。今までアクションデュエルをしていなかったからだろうか。

 肩幅はがっしりとしていないし、あんまり強そうには見えない。

 

 アクションデュエルで、あるいはアクションデュエルのためで身体を鍛えながらデュエルをする舞網市のみんなとくらべると、その体格の細さは異様だった。

 これでデュエルが強いのだから、ひとは見かけによらない。

 というより、アクションデュエルありきの体格はデュエルの強さを示さないのだろうか。

 これからアクションデュエルで身体を鍛え始めたら、実力相応の見た目になるのかもしれない。

 

 すこし想像してみる。

 柊先生くらいのガタイのよさの、未来の詩弦の姿を。

 たとえば褐色肌になるまで、外で運動をしていたりして。

 学校の男子みたいに大きな声を出して、男らしいというか、圧が強くて。

 馬鹿みたいな会話でぎゃあぎゃあ騒いだりしていて、むさくるしい感じの。うん。

 

「……やだなあ」

「遊夜?」

「え? な、なんでもないよ!」

 

 思わずぼやいてしまったらしい。

 私は詩弦へと誤魔化しながら、腰あたりの水滴を拭きとった。

 最後に包帯を巻きつけて、傷口を強く抑えつけさせる。

 

「終わったよ!」

「う、うん、ありがとう……」

 

 どんな表情なのだろうか。

 ただの苦笑いとは何かがちがう笑みを、詩弦は浮かべていた。

 

「……着替えるから、ちょっと待ってて」

「わかった!」

 

 私は更衣室を出て、更衣室の扉を閉めて。

 扉の前に座りこんで、自分の顔を両手で覆った。

 

「…………み、見ちゃった……!」

 

 申し訳なさが勝って、あんまり気にしてなかったけれども。

 

 あれが。

 男の子の。

 からだ。そっか。

 

 プールで上半身を見ることぐらい、いくらでもある。

 あるけれども、あそこまで近い距離で、まじまじと見るわけではない。

 きっかけが「傷口が気になったから」とはいえ、それでも男の子の肌やら体つきやらを意識して診た……というか見たのは今日が初めてだ。

 

「見ちゃったよぉ……!」

 

 ここまで胸がバクバクとするのも初めてだった。

 気のせいだろうか、自分の心臓の音が聞こえてくる。

 

 本当の意味で初めて出会った、あの日に似ていた。

 思わず詩弦の頭を掴んで、彼の髪の毛へと触れたとき。

 その硬さを感じて、強く「男の子だ」と彼を意識したとき。

 

 あのときの胸の高鳴りと似ていた。

 ほかの誰よりも、私を大切にしてくれた男の子の。

 どんな男の子よりも特別なひとの、体を。

 見て、感じて、ああ。

 

「うああ……っ!」

 

 そうだ、見てしまったんだ。

 必至すぎて気づかなかったけれども、そうなのだ。

 彼の痛々しい姿にばかり、意識が寄ってしまったけれども。

 

 そう、なのだ。

 やっとわかった。

 さっきの彼の表情は、気まずさ。

 自分の裸を異性に見せてしまった、はずかしさだ。

 

 やらかした。

 でも、やらかさないと彼の傷を消毒できなかった。

 なにより私がああしてあげたかった。

 

「こんなの、どうすればよかったんだよぉ……!」

 

 はずかしさで頭の中が茹であがりそうだった。

 

「遊夜?」

 

 うずくまっていた私を見て、扉を開けた詩弦が話しかけた。

 

「……遊夜。

 なにもそこまで気にしなくても、」

「私は気にするんだよっ!」

「え。あ、うん?」

 

 振り向けず、見上げることもできず。

 背中を丸めて座り込んだまま、私は叫んだ。

 

「遊夜、とにかく、俺は楽しかったよ?」

「……え?」

 

 私の指先から力が抜けた。

 わずかに額に食い込んでいた爪が、頭から離れていく。

 

「次のアクションデュエルなら、ここまでの怪我はしないだろうし。

 デッキを組み替えたら、すぐにまた教えてくれないかな」

「……う、うん」

 

 どうしたんだろう。

 なんか思っていたのとちがう。

 けっこう、めちゃくちゃ、詩弦がやる気だ。

 

「い、いや、『うん』じゃなくって!

 ダメだよ詩弦っ、今日は静かにしたほうがいいって!」

「えぇ?」

「『えー?』じゃなくて!」

 

 本当に安静にしてほしい。

 

「アクションデュエルなら、明日も教えるからっ!」

「……わかったよ」

 

 ぶー垂れた顔になると、詩弦は私の隣に座った。

 そのままカバンから箱……デッキケースを取り出すと、何枚かのカードを入れ替え始める。

 本気でアクションデュエルのための準備をしたかったらしい。

 

「え、なにそのテキストのカード?」

 

 私は思わず、詩弦のカードを指した。

 

「これ? デュアルモンスター。

 こういう感じの共通のテキストがあって、フィールドにいる状態で通常召喚を改めてするまでは、効果を持たない通常モンスターとして扱われる種類のモンスター」

「へー、そういう子もいるんだ!」

「墓地でも通常モンスターになるけど、そのへんは活かせないな……」

 

 まあ全部の性能を活かす義務なんてないんだけど、と詩弦は続ける。

 私は、黙々とデッキの調整を続ける詩弦の横顔を見た。

 

 無表情、あるいは真剣に取り組むひとの表情。

 なんだか見ていてつまらないけれども、彼の目線にあるものは、新しいデュエルの戦術を現実のものにしようとするひとの努力、創意工夫の結晶ができあがっていく過程だ。

 

 ひとのがんばりが形になろうとしている。

 そんなときに「つまらない」と感じてしまうのは失礼で、よくないことのような気がした。

 

 そして、ひとががんばっているときに。

 横から声をかけるのも、あんまりよくない気がしてしまって、

 

「あのさ、詩弦!」

「なに?」

「明日、遊勝塾に来るときにさ!」

「うん」

 

 言葉にしようとすると、なんだか喉や舌が重く感じる。

 その重苦しさを脱ぎ取るように、私は、ゆっくりと声に出した。

 

「いつもみたいに、さ。

 一緒に、学校から帰る時みたいに行かない?

 それなら詩弦は道に迷わないと思うし、時間も無駄にならないし、」

「うん」

 

 きっと、私の気持ちが叶えば、明日はもっと楽しくなると信じて。

 少しずつ、険しい坂道を歩いていくように。

 私の気持ちを言葉に変えていく。

 

「それに、……えっと、…………その、」

「……それに?」

 

 そうっと、詩弦の手に、私の手を伸ばす。

 

「いつもみたいに、私を、」

 

 

 

 

 

「―――守って、くれたら、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ン熱血だあっ!?」

 

「うおァっ!?」

「ひゃあ!?」

 

 私たちの間を割って入って。

 ひとりのオトナが詩弦の手を取った。

 

「まさか、遊勝先輩の遊夜ちゃんがッ!

 エンタメデュエルを教える側になるとはァ……ッ!

 遊夜ちゃんの成長に全米が、いいやッ!

 俺の全身全霊が感動しているゥ!

 ンン熱血だあっ!!!」

え? いや、俺エンタメデュエルは別に、

「うおおっ、少年ッ!」

 

 なにかを言いかけた詩弦の手を握ったまま、ひとりのオトナ……柊修造先生が詩弦に迫る。

 いつの間に遊勝塾に来ていたのだろう。柊先生からは外の蒸し暑さを感じはするけれども、元から柊先生は暑苦しいひとだからか、興奮していて体を熱く滾らせているだけなのか、外の蒸し暑さが残っているだけなのかの区別がつかない。

 

 そんなことよりも。

 柊先生と詩弦の握手をしている手が、それほど特別なことでもないのに気になってしょうがないのはどうしてだろう。おなじことをしたいような、こうは握手をしたくないような。

 ……悔しいような、複雑な気分になる。

 

「君の名前は?

 学校は遊夜ちゃんと同じなのかッ?

 友達? いや、まさか恋人かっ!?」

「あの、ちっ…………いや待て、こういう話で『ちがう』ってどっちかが言ったから、遊矢と柚子の関係はこじれたのか……?

「君はどんなエンタメデュエルがしたい?

 俺の先輩、榊遊勝のようなエンタメデュエルか?

 先輩のデュエルはいいよなあ~~っ!

 なにが起こるか分からない!

 そんなデュエルの基本的な面白さを追求し徹底した、もはや芸術っ!

 まさにッ! 玄人のデュエリストならではのエンタメデュエルなんだっ!」

「……あっ!? ちっ、ちょっ、ちょっと、」

「ハッ……!

 まさか、俺の熱血あるエンタメデュエルなのかッ!?」

 

 大袈裟なジェスチャーを交えながら、パパのエンタメデュエルについて熱く語る柊先生。

 その後ろ姿はいつもと変わらない、はずなのに。

 

『友達? いや、まさか恋人かっ!?』

 

 さらりと言っていた、今の質問には。

 すんっ、と感情の波が収まったかのような、それでいて、ずごごご……と、心の奥底からあふれ出るような、激しい感情の波がこれからやってくるかのような、初めての気持ちが沸きあがった。

 

 チョコレートを渡しあった関係である。

 というか、みんなのいないところで……ああ、今日とおなじで、ふたりきりの時に詩弦が渡してくれたので、私たちの関係は誰にも知られていない、ちょっと秘密な関係ではある。

 

 柊先生のやったことを例えるなら。

 詩弦がくれたプレゼントの箱の中を、柊先生が勝手に開けようとしたようなものだ。

 

 感情の津波が、私の全身へと伝わっていく。

 ぎゅっ、と、いつの間にか握りこぶしを作っていた。

 

「話を、」

「すまないッ! 俺はプロデュエリストだからなッ!

 教えてやりたくとも時間が取れない、本当に申し訳ないッ!」

「させてく、」

「だがっ、しかァしッッ!

 先輩のデュエルを受け継ぐ遊夜ちゃんなら!

 榊遊勝のエンタメデュエルを教えることはできるはずだっ!

 さっきまでのアクションデュエルは途中からだが見させてもらったッ、今の遊夜ちゃんなら俺や先輩の代わりにエンタメデュエルを教えることができるはずだあッ!!!」

「れっ……いや待て小学生を塾講師にするって、」

「俺にはそれがわかるッ!

 なぜならばッ! 今の遊夜ちゃんからは血が滾るような情熱を感じ取れるからだあッ!」

「ダメだ、話を聞いてねえっ……!」

「俺は嬉しい、嬉しいぞ遊夜ちゃんッ!

 あの洋子さんのような後輩への優しさをっ……!

 うおおっ、青春だっ、熱血だああ~~ッ!!!」

 

「柊先生ぇっ……」

 

 ピタリ。

 と、柊先生の勢いが止まった。

 ぎぎぎ、と首を動かし、私へと柊先生が振り返る。

 

「ゆ、遊夜ちゃん?」

「詩弦が困ってるじゃんかぁ……」

 

 ああ、はずかしい。

 はずかしい、はずかしい。

 はずかしいはずかしい、はずかしいっ――――!

 

「遊夜ちゃんっ?」

「詩弦が話そうとしてくれてたじゃんかあ……」

 

 詩弦の手を握りたかった。

 詩弦の手に、私の手を重ねたかった。

 そういった気持ちが空振りで終わってしまったことだけではない。

 

 身近で親しいひとで、大のオトナが、こっちの空気も距離感も読まないで話を勝手に決めつけて、ぐいぐいと迫って、おなじ子供の詩弦を困らせている姿は怖いものがあるし、怖さを除いても子供の身勝手な話運びみたいで、見ているだけでも羞恥心が凄まじい。

 

「ま、待って、すまない、いやすみません調子乗りました、」

「詩弦、ケガしてて治さなきゃでぇっ……!

 消毒してっ、休まなきゃいけなくてぇ…………!

 それでも明日来てくれるならって、約束の話してたのにっ……!」

 

 こんなとき。

 オトナが話を聞いてくれない時。

 特に、男の人がまともに私の話を聞かない時。

 最近は詩弦がいるからやらないけど、詩弦と一緒にタッグデュエルをしてデュエルの勝ち負けで解決することすら叶いそうにないのなら、もうやるっきゃない。

 

「待ってくれっ!

 俺も詩弦くん? の、怪我を治すの手伝うから!」

()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()――――!

 

 私がやることは、いつも決まっている。

 デュエルディスクの電話機能を起動させて、

 

「洋子さんだけは勘弁してくれぇっ!」

「ママあっ!

 おじさんが話聞いてくれないっ!」

『あ゛あ゛ん゛?

 修造くんがなんだってぇ゛!?』

 

 ママを呼んで、()()()()()()()()のである。

 

 

 

 

…………あ、そうか。

 この世界の遊夜は女の子だけど、メンタルがストロングじゃないなりに遊矢と同じ演技派だから、そこは強かなのか……

 

 

 

 

 ママが来るまでの間。

 詩弦は、泣きはらした私の背中をぽんぽんと優しく叩いてくれていた。

 そんなことされても不本意というか、せめて、遊勝塾の先輩として後輩の面倒をみるイイところを最後まで見せたかったというか、もうちょっとふたりきりでのんびりと話したかったというか、いろいろしたかった相手に慰められても惨めなだけに思えちゃって。

 

「やめてよぉ……」

「やめない。」

 

 私は、何度か詩弦の手を振り払っちゃったけど。

 

「やだなんだよぉ…………」

「怖かったんだろ?」

「うぅ……」

 

 詩弦の気持ちに、ズブズブと呑まれていくように。

 私は詩弦の肩に額を乗せて、詩弦に甘えさせてもらった。

 

 震えてママを待つ柊先生は見なかった、というか。

 いなかったことにした。

 いなかったふりをした。

 もう知らないもん。

*1
2024年現在では、ケガの消毒には消毒液やガーゼなどを使用せず、「無菌の流水により傷口を洗い流す」手法が主流となっているそうです。遊戯王ARC-V放送当時の2015年には西日本新聞社より本手法についての記事が投稿されております。




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