地雷女の遊矢♀が舞網市のアイドルになるまで。 作:ウェットルver.2
ようやく窓のカーテンを開けられるようになった頃。
不登校生活を始めて、ふてくされた気分が取れないまま。
なんとなく太陽の光を求めて、そっと部屋の外をのぞいた。
とっくにゴミ捨て場の網が回収され、出かける子供の声もしない。
表に洗濯物を干した奥さんたちも、すでに家の中へと姿を消している。
ぐずぐずと悩む自分とくらべて、どんどんまわりの時間が進む。
学校をサボって遊ぶ。それが楽しいと、つらいことを忘れさせてくれると、自分を慰めることができたのは最初の数日だけだった。何時間もおなじゲームなんてしていられないし、気がつけばエンタメデュエルの腕を磨きたいと思って、つい余ったカードを見つめてしまう。
そうする時間も長くは続かなくて。
だんだん体がむずむずして、ふと遊勝塾へと足を運んでいく。
でも、夕方でもないと、プロ活動中のパパや柊修造おじさんのいない塾の扉をひっぱるだけで終わってしまう。鍵なんて開いてないし、入れたとしても機材の電源を入れて操作するなんてこと、身長が低い小学生のわたしにできるわけがない。
なら時間がくればいいかと言えば、そうでもなく。
不登校でも受け入れてくれるパパや修造おじさんはともかく、あんまりこまかい事情、―――”事情”なんておおげさかもしれないけれども、初恋なんてもの、クラスメイトみんなに昔みたいにからかわれたら、いじめられたら、もう学校に行ける気がしないよ、二度と、―――とにかく事情を知らない、教えられるわけがない塾生からは「学校に行けよ」と言われてしまう。
そういう目で見られてまう。
あの居心地の悪さも嫌で、気がつけば塾に行く足も重くなっていく。
こうなってしまうと夕方にも、外に出るのがいやになってくる。
だから気がつけば、なにもしない時間ばかりが増えていた。
みんながなにかをがんばっているあいだ、わたしはなにもできないのだ。
とっくにママも家事なんて終えた昼間なんかになってから、ようやくわたしは恐る恐る、ゆっくりと窓をのぞくしかできなくなっていた。
すきなパンケーキをくわえても、味がわからなくなりそうで、ちょっと怖い。
パパからもらったペンデュラムを、そっと揺らしてみる。
悲しいときは、つらいときは笑え。
そうパパに言われても、なにを笑えばいいのか、もうわからない。
失恋したこと? 失恋なんてしたのだろうか。
はずかしくて逃げたこと? はずかしいものは、はずかしい。
笑えるところなんて、どこにもない。むしろ笑われるのが怖い。
自分で自分を笑うなんて、
「あは、あははっ!
……ははっ、……はあっ……」
無理だ。痛い。
胸が裂けるかのような、つらい思いしかしない。
痛みに不思議な気持ちよさを感じなくもないけれど、結局は痛い。
自分で自分を馬鹿にしている。それだけだった。
ペンデュラムを机に置いて、頭を伏せる。
それから、どれだけの時間がたったのだろう。
気がついたら昼寝をしてしまったような気もする。
「……ん?」
ふと頭をあげる。
外がなんかうるさい。
聞き覚えのある声が混ざっていた。
『いや、だから、聞けよ。話。
おまえらは笑い話にしたがるだろ。こいつの邪魔。』
『ふたりきりで告白ゥー!?』『私は別に邪魔じゃないよー?』
『……。』
なんか、いた。
窓から見おろしてみれば、いた。
詩弦が。あと、クラスメイトの女の子がたくさん。
あんまりにもわかりやすい位置に詩弦が歩いているものだから、本当なら目立ってしょうがないはずの女の子たちより、やけに詩弦がいることだけに意識が向いてしまう。いや、ちがう。あんまりにも窓から見慣れてしまった、集団で歩く女の子、というものよりも、そういった登下校の姿ではありえない、それでいて詩弦らしさを感じられる仕草のひとつひとつが、とにかく気になってしょうがないのだ。
だって、あいつが。
ずんずんと歩く女の子たちに対して、詩弦だけが女の子たちの後ろにいた。
あんまりにも嫌そうな顔で距離を縮めないまま、隙あらば距離を広げている。
それに気づいた女の子が詩弦を「逃げんな!」と捕まえて、また距離を戻される。
みんなについてきたというより、みんなに無理やり連れてこられた、みたいな雰囲気だ。
「あいつ、やっぱ仲良くないんだ」
わたしは自分の唇の動きに気づいて、はずかしくなって窓を閉めた。
ひさしぶりに広がった気がする頬の感覚にも、なぜかはずかしいと思える。
『……そういえば。
おまえ、さんざん遊矢をからかってきただろ。
なんで今さら、……ああ、「友達になれる」とか思ってんの?』
『え、ひど。なんでそんなこと言うの!?』
『それ遊矢の前で言わなくてよかったな!?』
『はあ!? 今の、あんたの話でしょ!』
『今のが遊矢の本音だからだよ』
『……えっと、どれが?』『逃げる言い訳ぇー?』
『はあ?』
そんな気持ちが消えたり、湧いたりで気分が悪い。
やっぱりあいつ、いや詩弦、あいつらとも話ができていないのか。
わたしには話が理解ができていても、あいつらは理解できない。
いや、そもそも、あいつらが理解してくれるようなら、最初からいじめなんてなかったのかもしれない。いじめに詩弦が関わらなかった理由なんて、あんなふうに言っても話が通じないからなのかもしれない。なんていうか、すごいショックだった。
あいつらからすれば、わたしの気持ちなんてどうでもいいのだ。
「……ははっ、」
なんだか、むなしい。
それなのに、うれしい。そんな気がする。
ついに、あいつらに引きずられるようにして詩弦が家の前まで来たのが、特にそうだった。
インターホン越しに、ママとだれかが話している。
たぶん宿題を持ってきたくれたのであろう彼女たちは、詩弦に宿題の入ったファイルらしきものを押しつけると、ママの話も聞かないで詩弦を押しつけ、たぶんちょっと怒っているのであろうママの声を最後に玄関の扉が閉まったのを見ただけで、そのまま家から離れていった。
……の、だろう。見たくもないものを見る気はなかった。
マジでなにしにきたんだ、あいつら。
でも、見送らないのもなんだか失礼だろう。
そう思って、ちょっとだけ窓から道路をのぞいてみる。
「……あれ? 詩弦は?」
いない。
女の子の陰に隠れているだけかと思って、もうちょっと探してみる。
どれだけ探しても、どの女の子の前にも詩弦らしき男の子の姿が見えない。
『遊夜ー!
お友達が来たわよっー!』
ママの声が聞こえてくる。
なにを言っているのだろう、ママは。
わたしに友達なんて、いるわけがないじゃないか。
『……お邪魔します。』
「え?」
いるわけがないけれども。
友達だとは思えないやつはいた。
『え、これどうやって部屋まであがれば……?
遊矢って、普段あれ登って行くんでしっ……です?』
「待って? 待って!?」
部屋に? あがる?
よかった、ロープ登らないと行けない部屋で!
とは思うけど、べつにあいつが登ってこれないとはかぎらない。
部屋の鏡を見る。
ぼさぼさの短髪がひどい。
まぶたのくたびれた雰囲気がひどい。
服装。どう見ても、お気に入りの灰色パジャマ。
あと巻くもの巻いてない。サラシどこにやったっけ。
「こないで! くるな!」
『はァ? 入らないけど?
女の子の部屋だろ、リビングで、……あの、すみません。
ああ言ってるんで、ここに置くだけでいいですか?』
『もう、あの子ったら。
……こぉら、遊夜ァ! さっさと降りてきな!』
「えっ!?」
ママに言われちゃしかたがない。
着替えるだけ着替えよう。
サラシ、胸の包帯は巻きつけるまでに時間がかかるので諦める。
この前に遊勝塾から帰ったときに脱いだままのスポーツブラを雑につける。
そっちをつけたうえで普段着を着て他人に見せるなんてこと、まずしないし、したくないし、いつもなら絶対にスポーツバッグの中に入れて遊勝塾の塾生の前でだけそうするのだけれども、なにもつけずに上から普段着で隠すなんて歩くだけで痛いからできない。
女の子らしい姿をクラスメイトに見せるなんて、絶対にいやだったけど。
……あいつはたぶん、わたしのことをいじめないし。
あとで本気のママに怒られるよりはマシだ。
「ご、ごめんママ!」
「遊夜アンタ、髪ぼさぼさじゃない!」
「ママがいきなり呼んだんじゃん!」
「あっ、」
そうか、しまった、ごめんね、てへぺろ☆
なんて言うかのように、茶目っ気ある仕草でママがごまかす。
だから出たくなかったのだ。見られたくない格好なのだ。
思わず震えた体を両腕で抑えて、詩弦の顔をうかがう。
どんな顔でわたしを見るのだろうか。とにかく怖かった。
その詩弦は、なにも言わずに固まっていた。
「し、詩弦?」
「……。」
ぎこぎこ、とでも、首の骨から聞こえてきそうな。
とにかくぎこちない動きで、ファイルへと目を向けている。
「さかき、ゆうや。」
ぼそっと、プリントにあるわたしの名前をつぶやいている。
「……榊遊『夜』?
先生の書き間違いとかじゃなく?
矢じりの『矢』じゃなくて、『夜』のほう?」
「ああ、やっぱり。
まぎらわしいのかい?」
「どっちでも男の子っぽいです。
なんか、夜の番組で見たホストの名前とかで、その、」
「あー、そっかー。
そういう名前あったかー。
アタシは可愛いと思ったんだけどねぇ……」
ママが困りながら、笑顔を浮かべていた。
「最初は『遊
でもほらぁ、ユナって読みの名前とまぎらわしいからさあ」
「いえ遊矢、……”遊夜”の名前は嫌いじゃあないです」
「あらそう? よかったじゃない!」
ママがわたしに振り向いて、なぜかウインクをしていた。
なんかいやだった。どうしてだろう。
「遊夜、」
詩弦がくる。
すたすたと近寄って、ファイルを差し出してくる。
「これ。
あいつら宿題渡すのサボってたから。
何日ぶんか固まってるけど、『今月終わるまでに間に合えばいい』って。」
「え?」
「……先生が言ってた。
だから、あんまりいそがなくてもいい」
それはそれで話を待ってほしい。
宿題渡すのサボられてた? 本当に?
今月終わるまでって、今月ってあと何日で終わるんだっけ?
「今日ってえっと、」
「それと、チョ、……ちょっと用事があるんだけど、」
カレンダーを見る。
残り、一週間と数日くらい。
なにか言われた気がするけれど、それどころじゃない!
「ありがと!
それじゃあ!」
ファイルをくわえて、ロープをよじ登る。
『どんなのがいいかが、……遊夜?』
『まったく、あの子ったら』
机にファイルの中身をぶちまける。
本当に量が多すぎるけれども、量を気にしている場合でもない。
できるだけ終わらせて、とにかく間に合わなきゃ大変だ。
『……あいつ、授業受けてないだろ……』
『明日もくるのかい?』
『あ、はい。
またサボられたらウザっ……めんどうなんで。
……いや、あいつらにですよ? 「宿題渡すのを」です』
『あら。
ふふっ、そんなの言わなくてもわかるわよォ~ッ!』
『おじゃましました』
今日は、なんだか胸が弾んだ。
……やっぱり満更でもないけど、ちょっといやだ。
これまでどおりの距離感がいいなと思えば、もう家からいなくなったのが、やけにさみしくて。
少し気になって窓からのぞいてみれば、男の子がひとり、わたしを見あげていて。
そのひとの
ちゃんと意識して自分を見てくれているのが、とても、すごくて。
わたしは。
手を振るより、カーテンを閉めるほうを先にしてしまった。
今回の話は?
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まだまだだね…