地雷女の遊矢♀が舞網市のアイドルになるまで。   作:ウェットルver.2

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 メリークリスマス(25日深夜)


()()(85)を推そう、鎌倉幕府……とか?

 宿題がぜんぜん進まない。

 学校の授業をサボりすぎて、問題の意味がわからない。

 教科書の文の途中までは理解ができても、途中からが納得できない。

 わからないなりに暗記して解こうと思っても、まず暗記が進まない。

 ついには行きづまってノートを机からなぎ払うと、インターホンの音が鳴った。

 

『お邪魔します、詩弦です。』

『あら、詩弦くん!』

 

 扉越しに、ママと詩弦が話している。

 

『勉強、教えていいですか。

 さすがにあの量は、ちょっと……その、』

『いいのかい!?

 いやー助かっちゃうわぁ!

 小学校の勉強って変わっちゃうもの! 歴史とか!』

『ああ、社会の。

 どこの遺跡やなんの道具がいつ頃のものとか。

 たまに新聞で見ますよね、そういう考古学のやつ』

『テレビだと、そう聞かないけどねー。

 ああやって年も変わると教えられなくてさぁ』

 

 なんの話をしているのだろう。

 ママが教えられない、……確かにあったけども。

 社会の教科書を見たママが「あれ?」って額に手を当てて、「これ『いい国作ろう』じゃなかったっけ……?」とか言っていたような。

 

『でも、遊夜が入れてくれるかどうかが……』

 

 どうにもふたりの会話が気になって、つい鉛筆を握る手がゆるむ。

 

『どっちみち勉強しなきゃダメだろう?

 遊夜! 詩弦くんが勉強教えてくれるって!』

「え、ほんと?」

 

 本気で言っていたのか。

 思わずこぼれた言葉を呑みこみ、

 

『遊夜、聞こえてる!?』

「は、はーい!」

 

 わたしの声が聞こえてなかったのか、すこし強めに叫んできたママの問いかけに、ほっ、と胸をなでおろす。

 自分の部屋の鏡を見る。

 顔。寝起きの目ヤニ、なし。寝癖なし。

 

『あの、あいつの好物ってなんですか?』

『好物? デザートのことかい?』

『はい。まだ早いですけど……』

『……あらぁ!』

 

 服装。

 もうつけるものつけた。今日は痛くない。

 このまま遊勝塾へ行って特訓してもいい格好だ。

 べつに学校には行かないから、サラシは巻いていない。

 こうしてやってみるとスポブラの楽さ、あまり女の子らしさがイヤだとか意識しないでいい時間の気楽さは、クラスメイトからの好奇心の目線やいたずらしたさそうな目線を気にせずにいられる時間でもあって、すごく落ち着ける。

 まただれかが宿題を渡しにくるだろう、とは思っていたし、またママが家にあがらせようとするような予感はしたから、とりあえず格好だけでもマシにしておこう、とは思っていたけれども、それでも来るまでの今はサラシよりスポブラのほうがよかった。くるひとは女の子になるだろうとも思いはしたし、それならサラシを巻く時間くらいはママがくれるだろうとも思っていた。

 

 ただ、今回はサラシを巻こうとは思えなかった。

 部屋の近くの階段から、だれかが登ってくる。

 

『前から思っちゃいたけど。

 なんでロープとポールが……?

 アクションデュエルのための英才教育ってやつ?』

 

 あまりよく聞こえないけれども。

 きっとあいつだ。さっきになでおろした胸の高鳴りと緊張感がより弱まったようで、不思議と強まってくる。

 不機嫌そうで無感情そうな、淡々とした声色は間違いない。部屋の扉を叩く音がした。

 

『遊夜。勉強教えていいか。』

「詩弦!

 ……『教えてあげる』とかじゃないんだ?」

『それどころじゃないだろ。

 そんなどうでもいいプライド、おもしろいか?』

 

 やっぱり、へんなヤツだ。

 

『俺が持ってもつまらないだろ、それは』

「……おもしろくはないけど」

 

 わたしのつぶやきが終わると、静かな時間が始まった。

 部屋に押し入ってくるかと思えば、そんな気配や素振りがない。

 じれったくなって怒ってくるかと思えば、なにもしてこない。

 しばらくすると、こいぬのアンが階段を登ってきたのか、近くで吠えている。「そういえばいたな……」と詩弦がつぶやくと、ちいさな物音を立てて、「……いいぞ?」と続けて声を出す。とことこと床を鳴らすアン。「ん。」とだけ言ってから、そのまま「うしうし」と続く声。たんたんと尻尾が床を叩く音。

 

「……詩弦?」

 

 気になって扉を開けてみる。

 座りこんだ詩弦がアンをなでていた。

 

「犬、すきなの?」

「普通。」

「なにそれ」

 

 そっけない詩弦の声に、ちょっとイラっとして。

 顔を見てみれば、なんかママみたいな表情だった。

 

「すきなんじゃん」

 

 返事はない。

 喉をなでられているアンが気持ちよさそうに目を細めている。

 だんだん体を傾けていって、こてん、と床に転がってしまった。

 

「……アン?」

 

 わたしもなでてみる。

 なでてみようとして、伸ばした指先を舌でなめられた。

 そのまま、わたしの指を甘噛みしてくる。

 

「ふぅん。そっか。」

「なに?」

「だいすきらしいな、この子」

 

 急になにを言っているんだ、こいつは。

 

「よっぽど、……かなり遊夜が好きらしいな。

 なでられて腹を見せてくれるまでならまだしも、こうやっているときに『さらに甘える』っていうのは愛されている証拠だろうと思う。俺は苦手だったけど、それは素直に受け取ればよかったと思う。うらやましいな……」

 

 なにを言っているのだろう、こいつは。

 お腹をなでる詩弦が「うらやましい」と言ったとき、ほんのわずかに声が震えていた。

 

「……飼ってたの?」

「…………飼ってはいるよ。

 二度も死んだ犬を見るのは、さすがに無理かも」

 

 なんか思ったより重い話だった。

 かわいそうな話だけど、それほど大切だったのだろうか。

 

「そっか……」

「お。」

 

 アンの喉をかいていた詩弦の指を、アンがくすぐったそうに身をよじってから軽く噛んだ。

 

「あっ」

「おお……?」

 

 一瞬だけ腕を引いてから、そっと詩弦が手を伸ばす。

 口元まで持っていくと、そのままアンはかじりついた。

 

「おー?」

 

 すこし強めにかんでから、かぷかぷと軽くかんでいる。

 その間も詩弦の左腕はアンのおなかをなでている。しばらくすると、アンは口から右手を離して、おなかをなでられているのをまたくすぐったそうに身をよじり、ころんと転がってから立ちあがると階段の方を向いて、とことこと走り去ってしまった。

 

「え、いや、あれ転げ落ちないか?

 ああいうの、だいじょうぶな子なの?」

「最近は得意そうだよ?」

 

 たかたかと階段を降りる音がする。

 足元に寄られたのか、ママがアンをかまいはじめた。

 その表情は、やっぱり詩弦の笑顔によく似ていた。

 

「……なあ、部屋、あがっていいか」

「い、いいよ?」

 

 話が戻ってしまった。

 心臓の音が鼓膜を震わせ、とくっ、とくっ、と頭に響く。

 友達ではないけれど、初めてだれかを部屋に入れてしまうのだ。そう思うと、まるで心の中に、自分ではないものを受け入れてしまうかのようで、どうにもはずかしい気分になってくる。

 なんだろう。本当にはずかしく思えてきた。

 

「じゃあ、おじゃまするね」

「あっ……」

 

 やっぱり帰ってもらおうかな。

 そう思って彼の服を掴もうとする手が、とまった。

 詩弦は背負ったままのランドセルを脱ぎおろして、その中身を漁り始めている。ファイルを取り出して、自分の教科書も出して、ちょっと角がよれよれなノートを出して、筆箱まで出してしまって、なんかもう勉強をする気まんまんって感じだ。

 そんなに勉強を教えてくれる……本気で教える気なのだろうか。

 これは、もう、なかったことにはしてもらえないらしい。

 

「……遊夜?

 やっぱり、いないほうがいい?」

「えっ? いやっ? ちがうよ!?」

「そう?」

 

 なぜか、声がうわずる。

 どうして早歩きになるのだろう。

 部屋に戻るだけなのに、胸の高鳴りがさっきよりうるさい。

 

「―――で、ここが今日の授業で進んだページ。

 付箋で止めてあるから、本当はそこまで進めなきゃいけない。でも、あたりまえの話だけど、さすがに一週間で終わるかは怪しいし、かといって一日ぶんに一日をかけたら何日かけても終わらない。一度に一日半ぶんか、二日ぶんは進めて、ようやく無理なく間に合わせられるかどうか。

 もちろん休みの日もやらなきゃならないんだけど……」

 

 それぞれの教科書を見せながら、ページを指差したり。

 一日ずつの進んだところを示した部分を見せて、何日分あるのかを言ってくれたり。

 教えてくれている間は、あまりわたしの目を見なかった。

 

「……その日も、遊夜の家に来ていい?」

 

 このとき。

 ようやくわたしの顔を見て話しかけてきた。

 

「えっ、あっ、うんっ、いいよっ?」

 

 そうしなきゃいけないし。

 という考えとは別に、そんなことまで聞くのかとか、そんなことまで聞いてくれるのかとか、なんでそんな可愛げのある横目で聞いてくるのかとか、そんな急にわたしの顔を見られても困るというかはずかしいというか顔に変なところなかったのだろうかとか。

 いっぺんに浮かんだ気持ちでいっぱいで、とっさにうなずいてしまう。

 

「ん、そう。」

 

 わたしの言葉を聞き入れると、

 

「なら、どれから?

 というか、……どこが詰まってる?」

 

 まったく視線をずらしてくれない。

 一瞬だけ目がちがうところに向いた……たぶん教科書に向いた気がするけれども、すぐにわたしの顔へと視線を戻されてしまった。なんだか熱意がすごいかのように感じてしまって、やけに顔が熱くなってきた気がする。いつかに修造おじさんが「熱血だ!」って叫ぶのに続けて「ね、熱血だ!」とわたしが叫んだときに似ていた。

 似ている、のだろうか。

 なんだかちがう。

 なんだろう、やっぱり、だいぶちがうかも。

 あのときとちがって、あんまり相手の顔をまっすぐに見れない。

 

「遊夜?」

「な、なに?」

「なに、って、……まあ。

 『なんでもない』ならいいけど。で、どこ?」

 

 そう勝手に割り切って、詩弦は質問を続けた。

 

「えっと、たしか、算数の割り算?」

「ああ、あれ、かなり感覚でやるからなあ……」

 

 うんうんとうなずき、算数の教科書以外の教科書を片づけている。

 

「理屈で憶えようとしても、あれ、

 『え、りんごを切って割ったら2つでしょ?』

 って考えが浮かぶと、どうしてもまぎらわしいんだよな。そういう疑問って前提の、……最初に考えるべきことがちがう考えからくる疑問だから、まず疑問のほうが間違っているけど」

「そうなの?」

「赤信号が赤な理由は?

 赤信号で止まらなきゃいけない理由は?

 ……っていうのを、『赤である』ことが重要なのかと思って聞くのと、ちゃんと『止まらなきゃいけない』ことが重要なのかと思って聞くのとじゃあ、せっかく教えてもらっても聴こえ方がぜんぜんちがってしまうものだし。」

 

 ちなみに、信号の赤の話は。

 わたしがきけば、詩弦が教えてくれた。

 なんか思ったより、くわしかった。説明長いし。

 本ばっかり読んでいるから、そういうのにくわしいの?

 とか言ってみたら、なんとも言えない表情で「そう、かもなあ……」なんて頷かれた。

 

 あとでついでにママにもおなじことをきいてみたら、「え、なんでって……なんでかしら?」と首をかしげていた。ぼそぼそと「そういや警察(サツ)まいて峠飛ばすのばっか気にして、あんま信号が赤い理由とか考えたことなかったわね」とか言っていた気もする。

 修造おじさんの噂の”流れ星のヨーコ”伝説ってやつだろうか。

 なんか憧れるかも。

 

 それはとにかく。

 わたしの勉強は進んでいく。

 きっと『次の日』にも、詩弦がきてくれる。

 そう思うと、今すぐにわからなくてもあわてずに勉強ができた気はする。

 帰りがけにも彼はアンをなでて、わたしと話すと、そのまま帰って行った。

 だれもいなくなった玄関をぼうっと見つめて、せつなそうに鳴くアンの様子を見てから、わたしは抱きあげたままのアンを落とさないように、ちょっとだけ抱きしめる力を強める。

 

 ……チョコレートの件、聞いてこなかったなあ。




 遊矢推しのみんな。
 犬のアンと猫のコールは憶えていますか……?(震え声)

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