地雷女の遊矢♀が舞網市のアイドルになるまで。   作:ウェットルver.2

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 本日(26日)二本目の投稿です。


なんかちいさくてかわいいヤツ

 あれから数日。

 詩弦と勉強する時間は増えていく。

 夕方になれば宿題の入ったファイルを持って、だれも連れてこないで、ひとりきりで詩弦がきてくれる。クラスメイトにからかわれない、にぎやかしもされない時間が続けば続くほど、やけに鏡に向かう時間が増えていく気がする。自分の顔が、髪が気になってしょうがない。

 ついには日曜日にまできてくれた。その日は朝早かった。

 

「遊夜。」

「なに?」

「これ。」

「なにそれ?」

 

 差し出された紙箱。

 中を開けてみれば、パンケーキが入っていた。

 茶色いなにか、……チョコレートソースだろうか。それとパウダーもかけられた、なんかちょっと子供がやることじゃあないような、やけに本格的って雰囲気がする、ママとは焼き方がちがう、でもお店では売っていなさそうなほどに不格好な、パンケーキが入っていた。

 

「え、いいの!?」

「……まあ、お返しだから。」

 

 お返し? なにの?

 わたしを見る詩弦が少し目を泳がせてから、

 

「チョコレート渡しただろ。

 もらうものをもらった側がホワイトデーで返す。

 ()()()()()()()()()()()()()。……まあ、あいつら見てりゃわかるだろ、ろくでもない行事だよ。本当のところは。どこにもロマンスなんてない。

 べつにホワイトデーなんてない国くらい、いくらでもあるし、むしろ和製英語でごまかされがちだけど日本発祥の行事だから、やれ新しい価値観にアップデートだの外国のほうが進んでいるだのと()()()に口数が多い、いちいちホワイトデーにうるさい連中の言葉なんて本当は、本当は! 気にしなくていいけど―――」

 

 途中から、イライラを隠さずに。

 ぼそぼそと声を潜めて、改めてわたしを見て、

 

「―――『遊夜に』ならいいかなって」

 

 なにがしたいんだ、こいつは。

 

「えっと、どゆこと?」

「べつにバレンタインじゃなかっただろ。

 なら、ホワイトデーじゃない日に渡したって、やる意味は変わらないだろ」

 

 意味はおなじ。

 わたしがチョコを渡すのと。

 えっと、つまり、これ。

 

「……ハェ?」

「それじゃあ、昨日の続き。

 この調子なら間に合うはずだから、まずがんばろう。」

「待って?」

 

 そうだ。こいつは。

 パンケーキのうえに、『チョコ』のソース。

 ようは『チョコ』を渡しておいて、しれっと勉強に移る気なのだ。

 

「おねがい、今日は待って!」

「ダメ。間に合わなくなる。

 食べながら勉強してもいいから」

「チョ、『チョコ食べながら勉強してもいい』ってなに!?」

 

 ほとんどチョコで気持ちを伝えられたような状況で。

 そのチョコを食べながら、そういう関係になった男の子のとなりで、詩弦のとなりで勉強しろと言うのか。そう、『彼氏』に勉強を教わりながら、『彼氏』からもらったチョコを食べながら、『彼氏』と同じ時間を日曜日ずっとすごせとでも言うのか。

 そんな経験がない、テレビ番組でしかまともに知らない自分がテレビ番組でも見たことも聞いたこともない、これを。あのいけすかない、でもなんかキラキラしてるクラスメイトの女の子たちがやっていそうな、こんなことを。

 

 さすがに無理だ、わたしが耐えきれない。

 

「わあっ、ワッ。……ワァ!」

 

 言葉になっていない叫びをあげて、ぽかぽかと殴るしか返事ができない。

 

「は? 遊夜?

 どした? 本当にどうした!?」

「ウーッ!」

 

 わけがわかっていない詩弦の胸に。

 自分の頭をうずめるように顔を隠しながら。

 

「なに? 本当になに!?」

「ヤアーッ!」

 

 いやな感じなのに、うれしいことで。

 まだそこまですきになったつもりはないのに、これまでさんざんやってもらっていたことを「計算だろう」「恩着せがましい」とかの考えを浮かべて否定しても、勝手に顔が熱くなるわ胸がうるさいわで落ち着かない。いや、わかっている。すでにもう、けっこうすきになってしまっているのかもしれない。

 それにしたって。

 ここまでカッと勢いよく熱くなって、よりすきになるのは。

 なんか自分でもはずかしいし、余計に「きっと現実は最低なのだから期待するな」と思っても「もしかして」「本当に」がぬぐえない。

 

 ……だなんて、冷静に考えていたわけじゃあなく。

 

「どうした……?」

「アアゥ」

 

 だんだん殴る力が消えていって。

 背中に腕を回して、抱きしめて、おなかに顔をうずめて。

 それで終わり。

 

「……なん、なんだ……?」

「ウーッ!」

 

 おまえが言うな。

 それすら叫べず、うなり声で怒った。

 恐る恐る、ゆっくりと詩弦が背中に手を置く。拒めない。

 とんとんと背中を叩くことも、すりすりと背中をなでることもなく、そのまま手のひらを置くだけに済ませている。なんだか物足りないけれど拒めない。というより、なにも余計なことをしていないから拒む気になれない。なんかずるい。

 家から出ていけと叫びたくても、出ていかれるのがさみしくて言えない。

 いきおいに任せて言ってしまったほうが楽なのかもしれないけれども、こいつへの負い目というか、自分でチョコを渡しちゃったぶんの気持ちを嘘にできなかったというか、なかったことにできなかったものが力を強めようとする腕を縛りつけて、どんどん力を奪っていく。

 最後らへんは、殴るんじゃあなくて、叩くになっていた。

 わたしにおばあちゃんか、おじいちゃんがいたら、こんな感じに肩たたきでもしたのかもしれないな、というくらいに弱々しかった。

 

「だいじょうぶ?」

「……うん。」

 

 ようやく言葉にして自分の気持ちを把握したのは、こうも落ち着かされてからだ。抱擁するように置かれた手と、よりかかった体に包まれながら、とろんと(ほう)けた頭でなんとなく「ああ。そうなんだ」と納得してしまいながら、そのままあまえるように、もっと体を詩弦に乗せる。

 

「ねえ、詩弦」

「うん?」

()()()()?」

「ん……? 本気だけど……?」

 

 チョコを渡しあう関係。

 義理か本命かは、なんだか怖くて問えないけれど。

 言葉で決まったわけではないけれども、ある意味で『そう』なってしまったのだ、と。

 

 わたしと彼の関係を確かめるように。

 

 この日。

 けっきょく勉強がまともに進まなくて。

 

 詩弦が帰った後は、やたらと肌寒く感じた。

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