私もパイモンも思った以上に疲労していたらしい。翌日目覚めたときにはすでに太陽が空のてっぺんに座していた。
「随分と寝ていたようだね。気を許すにしては早すぎるんじゃないかい?」
そういって彼は私に水の入った器を寄こす。コクンと喉がなった。
「ふ…まあいい。さて、足を出して。お薬の時間だ。」
彼の言葉に黙って従い、足を差し出す。痛みはだいぶ引いていたし、傷跡もかなり薄くなっていた。すごい効き目の薬だ。
「へえ、思ったより効きが早いね。」
そういう彼の声色は、少しだけイラついているようだった。薬の塗付が終わって彼が離れると、パイモンが近づいてきた。そうだ、彼が旅に同行することを伝えなくては。
「旅人ぉ!だいぶ顔色が良くなったな!オイラ、安心したぞ!」
「ごめんね。心配かけたね。パイモン。」
「オイラこそ旅人が怪我してるのに役に立てなくてごめんな…。あっ、そうじゃなくてあの放浪野郎、一緒に旅につれていくのか!?」
「少なくとも、私の傷が治るまではそのつもり。パイモンは嫌?」
「うーん…オイラ、よくわからないぞ。あいつはオイラたちと色んなところでぶつかってきたけど、今はナヒーダと一緒にいるし、お前の怪我も治してくれてる。良いともダメとも言えないぞ。お前が良いっていうなら良いんじゃないか?」
「……ありがとう。パイモン。」
「それで、お話は終わったかい?」
パイモンに彼が同行することを納得してもらっていると、話が終わったのを見計らっていたのか、荷物をまとめて彼が声をかけてきた。
「問題ない。行こう。」
洞窟もとい小道を抜けると、眼下にはとても広く、青く、そして深みを感じさせる海が広がっていた。そして何より目を引くのが、海を挟んで向かいにそびえたつ途轍もなく高い塔だ。あんなに細長い塔、登ろうとしたら相当急な階段になっているだろうと思ってしまう。それとも、うわさに聞く機械が活躍しているのだろうか。
「さて、いちいちボートで移動するのも面倒だ。僕の手を取れるかい?それなら一気にこの海を渡ってしまうけど。」
挑発するような表情で、というよりもろ挑発だった。声も『とれるものならとってみたまえ』というからかいの色を含んでいる。なんだか悔しくなって、私は即座にその手を握り締めた。
「じゃあ、よろしくね」
とても珍しい彼の驚きと戸惑いが満面にでているのを見れて、私は留飲をさげた。
冗談のつもりでかけたからかいの言葉に、彼女は即座に切り返してきた。思わず驚いた表情を見せてしまったのは、学院祭でクラクサナリデビに『笠っち』などというふざけたあだ名をつけられていたこと以来の不覚かもしれない。
「ありがとう」
そういって地面に降り立つ彼女の得意げな顔に、イラつく気持ちを抑えてさっさと話題を変える。
「さて、フォンテーヌについたわけだけど、これからどうするつもりなんだい。」
「そうだな旅人!何か目標があったほうがお兄さんを探す手がかりを意識しやすいもんな。」
「まずは水神に会いに行こう。」
「まあ、君の家族を探すのならそれが妥当ではあるだろうね。俗世の七執政はこのテイワットで最も俗世の権力を握っている七人であり、それだけ長く生きて情報に触れているものたちだ。」
「水神はめちゃくちゃ個性的だってナヒーダはいってたから、少し緊張するな。オイラたちと気が合うといいんだけど…。あ!放浪野郎、お前変なこと言って水神を怒らすんじゃないぞ!」
「誰に向かってそんなことを言っている。君の方こそ、何も考えずにバカみたいな口を利くのをやめた方が良いよ。」
「旅人!オイラやっぱりこいつ嫌いだぞ!!」
スメールでもさんざん見た二人の言い争いはフォンテーヌに来ても変わらないようだ。
「水神に会いに行く前に、少し水神について聞き込みをしようか。」
このままだとフォンテーヌをでるまでずっと言い争っていそうなので、さっさと話題を変えてしまおう。聞き込みの提案を受けてやっとおとなしくなった二人を連れて、港を歩く。少し耳を澄ますと、談話に勤しむ声が聞こえてきた。
「…でも、あの結末はちょっと悲惨すぎると思うな。根は悪いやつじゃなかったわけだろう?」
「ええ、まさかあんな『幕引き』になるなんてね。てっきり家族のためにもうちょっと抵抗するかと思ったんだけど…」
どうやら劇の話をしているらしい。聞き込みに入りたいところだったが、少し黙って待っていようと止まったところで、肩を小突かれた。そしてそのまま彼は私の横を抜けていく。
「やあ、そこのお二人さん。今少し良いかな?」
「あら、珍しい服装ね。旅人さんかしら?もちろんいいわよ。後ろの二人もご一緒なの?」
こういう時に話を待たずに割り込んでしまうのは彼らしい。
「お、おう!オイラたち、フォンテーヌに来たばかりの旅人で、この国のことを知りたくて声をかけられる人を探していたんだ。」
「ほう、それでどんなことが知りたいんだい?」
「僕たちが知りたいのはフォンテーヌに来たら見ておくべき観光地と、外国の素材を取り扱っている店、それと水神がどんな方なのか、ということなんだ。」
「んん?観光名所と水神様の人となりが気になるのは分かるが、なぜ外国の素材を取り扱う店を?君たちは旅人だろう?」
「連れが少し怪我をしてしまっていてね。薬のもとになる材料が、特定の国のものなんだ。」
「なるほど、なら、そのお店については後でメモを渡すよ。場所は口頭より書いた方がわかりやすいからね。それで、まずはフォンテーヌの名所だったかい?フォンテーヌで見ておくべき観光名所は~~~………」
10分ほどの聞き取りを終えて、私たちは一度話を整理することにした。
「なあ、放浪野郎、なんで名所なんて聞いたんだ?お前、そんなにフォンテーヌに興味があったのか?」
「君たち、気づいてないのかい?」
「?」
彼が口にしたのは衝撃の事実だった。
「まあ、本来なら気づくべき君が深手を負っていたし、仕方ないか。いつからか知らないけど、僕と合流してから君たちのことをつけている輩がいるよ。十中八九、フォンテーヌのなにかしらの組織に属するものだろうね。」
「ええっ!!」
「大声をだすな!つけられてる、ってことは警戒されているということだ。そんな状態で水神のことを堂々と嗅ぎまわって見たまえ。面倒な誤解を招くことになるよ。」
「そ、そうだったのか…」
「話は理解した。とりあえず、集まった情報を整理しよう。」
………怪我を負う前から気づいていなかったということは黙っていよう。
「まずは水神・フリーナについてだな!」
「水神に会うには『予約』が必要。『スケジュールがたくさん詰まってる』から、っていうのが理由だったね。」
「といっても、そのスケジュールのほとんどは公務ではなく、『歌劇場』、正式には『エピクレシス歌劇場』。そこに入り浸っている怠け者、っていうのが実情らしいけどね。」
「国民からの人気も高いみたいだけど、『マスコット』なんて扱いなのは意外だったな!」
「そして国の公務は最高審判官ヌヴィレット、彼が主に行っていると。」
「水神に会うだけでフォンテーヌのすべてを知れるわけでもない。歌劇場に向かえばフォカロルスに会うことはできるみたいだが、面会には時間がかかる以上、他で時間をつぶすのが効率的だろうね。」
あれは……。
「ん?旅人、なに見てるんだ?」
「あそこにいる女の子、さっきからずっと一人ぼっちで立ってる。」
「なにかあったのか…?まさか、海に飛び込もうとしてるわけじゃないよな?」
「ちょっと、声をかけにいったほうがいいかも。」
「主目的を放って、行く先々でこうやって見ず知らずの人間相手だろうといろんな物事に首を突っ込んでいたのか。全く、僕には理解できない行動だよ。」
「いやならここで待ってても良いけど。」
「僕が同行しているのに、君に何かあったらクラクサナリデビがなんていうかわからないからね。どこだろうと今はついていくよ。」
毒づきながらもついてくるあたりに、彼の変化が見えた気がした。
海を覗き込んで突っ立っている猫耳の女に、白フライムが話しかけている。
猫耳の女が語る、故郷の丘だの兄との思い出だのという話を、二人は真剣に聞いている。理解できないと思ったらそのことを相手に正直に伝え、理解を深めようと言葉を引き出す。……僕からすれば、愚かしいとしか思わない行動だったが、この行動の一つ一つが彼女たちの各国での縁を紡いできたものであるなら、それは彼女たちの美点の一つなのかもしれない、と今は少しだけ思うことができる。
ふと、こちらに近づいてくる足音が気になった。ただの足音じゃない。これは、『ある類に属するもの』がする足音だ。足音の主がこちらに声をかけると同時に、僕は振り向いた。
「見ない顔だね、リネットの新しい友達かい?」
「ん?お前は…」
「妹を気にかけてくれてありがとう。リネットはここで昔の思い出を懐かしむのが好きでね、心配はいらないよ。おっと、自己紹介がまだだったね。僕はリネ。こっちは妹のリネットだ。見たところ、外国から来た旅人さんかな?」
「おう、オイラたちはみんなフォンテーヌに来たばっかでな。おいらはパイモン、こいつは旅人だ。そしてこいつが…」
「僕は名乗るほどの名を持ち合わせていない。放浪者、とでも呼んでくれ。」
「そ、そうなんだ。よろしくね?放浪者くん?」
「ああ、申し訳ない。僕は握手はしない主義でね。どうか気を悪くしないでくれ。」
「ああ、こちらこそ、異なる文化の人に対しての配慮がかけてたね。申し訳ない。」
………………………………………………………………
「そ、それで、リネットが随分と話していたみたいで驚いたよ。普段はとても物静かでね、会話は僕が担当することが多い。」
「へ、へぇ、そうだったのか。オイラと旅人のコンビもお前たちと似てるぜ。いつもオイラだけがしゃべってるんだ。」
「いつもパイモンにセリフを横取りされてるだけだよ」
「ええ!お前そんな風に思ってたのか!」
「私もお兄ちゃんがお喋りだって思うことがある。」
「あっははは……僕たち似た者同士みたいだね、パイモン」
「あはは……それで、リネットがさっき言ってた言葉って、一体どういう意味なんだ?」
「ああ、それか。フォンテーヌに長く伝えられている『予言』だよ。うーん、これは話すと長いんだよね。僕たち、まだちゃんと挨拶をしてないし、この件はまた今度話そうよ。」
「えっ、さっきの自己紹介じゃ足りなかいのか?」
白フライムの言葉をスルーして、リネという男は旅人の方へと踏み出す。
「君は、握手は大丈夫な人かな?こんにちは、旅人。」
「初めまして。」
「それから、こんにちは。パイモン」
そういってリネはパイモンの背に手をまわした。
「おい!オイラは握手がダメなんて言ってないだろ!」
「あはははっ……気にしないで。フォンテーヌにおける、『マナー』のひとつだとでも思ってよ。」
……今の行動、明らかに怪しい。問い詰めたいところだが、今面倒ごとに発展させたくもない。この2人、神の目を持っていてしかもかなりの手練れだ。旅人が本調子でない今、無理に危険には晒せない。
「そういえばオイラたち、水神に会いたいんだけど、歌劇場に案内してくれないか?」
「フリーナ様にかい?いいよ。けど、まずはここでの用事を済ませたいんだよね。僕についてきて!」
そういって背を向けるリネとリネットを、2人がためらいもなく追っていく。人を信じる、ということは非常に難しく、美点であると思うが、ここまで安直に人を信じるのも問題だな。そう思いながら、僕は四人の後ろをついていった。
基本的に三人以上がしゃべっているせいで文量のわりに話の進みが遅いです。本当なら三話目でフリーナ登場までもっていくつもりだったのに。
どんどん一話ごとの文量が増えていってるような気がしますが、ご容赦ください。