「ふむ、事情については後程確認するが、今の私闘の規模は公共の場で行うものとしては不適格である。この場は私が預かるため、双方、武装を解きたまえ。」
彼とクロリンデの間に割って入った長身の男は、そういって睥睨した。
震える。
男は決して敵意を発しているわけではない。ただ、争いを止めようとしているだけだ。なのに、なのに、直接睨まれたわけでもないのに。手が、足が、体が、目の前の男の気迫に気圧されている。周りを見ればリネもリネットも冷や汗を浮かべているし、観衆に至っては腰を抜かす者もいる。この感覚は似た覚えがある。『将軍』と初めて相対したときだ。将軍と違って害意がないのが救いだが。
クロリンデが即座に武装を解いてフォカロルスを背にするような立ち位置に戻った。『彼』もまた、クロリンデが武装を解いたのをみて構えを解き、こちらへと戻ってきた。
「さて、フリーナ。この騒ぎはどういうことだ。」
「えっ…いや、その…い、異郷の旅人がフォンテーヌに来ると言っていたから、その、高名な旅人は、この僕が直々に歓迎してやろうかなって…」
「歓迎がなぜ、私闘になっている?」
「た、旅人はその、、武芸で各国で名を馳せてきたから、、決闘で歓迎するのが美しいかなと……ま、まてヌヴィレット。この決闘は別に旅人の罪を問うとか、そういうものではないんだ。ほんとだぞ!観衆のみなに余興として楽しんでもらおうと思っただけなんだ!」
「…………」
深い溜息をついたヌヴィレットは虚空から杖を取り出すと、トンッと地面に打ち付けた。たったそれだけでフォカロルス、いや、フリーナはビクっと震え上がり、『そ、それでは諸君。旅人と僕の対決の続きはまた次回ということで!』と早口でまくし立てると、そそくさとこの場から去って、いや、逃げていった。
フリーナが去ると、観衆は三々五々と散っていき、その場には私たちの他には、リネとリネットとヌヴィレットと呼ばれていた男だけが残った。ヌヴィレットはこちらに近づいてくると、謝罪の言葉を口にした。
「貴殿がかの有名な異郷の旅人か。先ほどはすまなかった。大方、またフリーナの暴走だろうということは、彼女の様子を見て分かったのだが。何があったか、説明をしてもらえないだろうか。」
真っ先に口を開いたのはパイモンだ。
「えっと、お前は…?」
「む、失礼した。まだ名乗っていなかったな。私はヌヴィレット。フォンテーヌの最高審判官を務めている。」
「ヌヴィレットさんは500年前からフォンテーヌの最高審判官の座につかれていて、フォンテーヌが掲げる『公正』を体現されている方なんだよ。」
「そ、そんな大物だったのか!?確かに、すごいオーラを放ってたもんな。あっ、オイラ、なんか失礼なこと言ってないかな?」
「気にするな。『最高審判官』とは数多ある職務のひとつに過ぎない。一人一人に自分の『ポジション』があるように、私も特別なわけではない。楽にしてくれ。」
「それで、何があったか、だったよな!」
「水神・フリーナの『歓迎』を受けた。」
「アハハ、ちょっと旅人の説明は端的すぎるけど、ほとんどそんなところです。僕たちもフリーナ様のお考えはあまり推察できないことが多いですが、今回感じ取れたフリーナ様の意図は、旅人にご自分の力を披露するということで、その一環で決闘に発展してしまったのかと思っています。」
「フン、来訪したばかりの流れ者に、いきなり決闘をさせるような奴が水神の座にいるなんて、この国のレベルもたかがしれるね。」
「……貴殿は?」
「…こちらの者は、」
「勝手に人のことを説明しようとするな、猫耳女。僕は他人から呼ばれるような名なんてもっていない。放浪者とでも呼べばいい。」
「では、放浪者殿。貴殿が先ほど、フリーナの決闘代理人であるクロリンデと私闘を行っていたもので相違ないか?」
「そうだけど?」
「では、二つ伝えなくてはならないことがある。一つ、貴殿の言う通り、来国早々このような厄介ごとに巻き込んでしまったことについて、フリーナに代わって謝罪させてもらう。申し訳なかった。」
「ふうん。謝罪できる程度にはまともな奴もいるんだ。」
「二つ目だが、『決闘』というものはどんな場所でも行えるものではない。今回のような戦闘は決闘ではなく『私闘』としての扱いとなる。そして、いかなる理由であっても『私闘』、つまり暴力行為は、事前にそれを目的とした申請を執律庭に提出して許可をとった上で、認可の降りた場所で双方の合意のもとでなければ、違法となる。よって、放浪者殿はフォンテーヌの規則に則って審判を受けなければならなくなった。」
「はあ?」
「ええっ!!放浪野郎が!?」
「放浪者殿は巻き込まれた形とはいえ、フォンテーヌの法を犯していることには変わりないのだ。申し訳ないのだが、君にはこれから歌劇場まで共に来てもらう必要がある。」
「前言撤回だ。随分とふざけたことを言ってくれる。喧嘩を吹っ掛けたのはお宅の国の神だろう?受けさせられたこっちが罪を問われる、っていうのかい?」
「罪に問われるのは君だけではない。私闘を行ったクロリンデにも追って沙汰がいく。先に断っておくと、私見ではあるが放浪者殿にいきなり実刑が下される可能性はほとんどない。今までの判例通りならばほぼ執行猶予がつくか、軽い罰金刑で終わるはずだ。君はあくまで巻き込まれた者であり、見方を変えれば被害者でもある。ただ、君が意図したわけではなくとも、法を犯してしまったのは事実なのだ。これがフォンテーヌの法である以上、郷に入っては郷に従ってもらいたい。」
「郷に入っては、か。ちっ。嫌な表現だな。」
「理解してもらえたか?では、警邏隊を呼ん…」
「待ってくれよヌヴィレット!放浪野郎は今、旅人の怪我の薬をつくってくれてるんだ。この薬は放浪野郎じゃないとつくれないんだ。どうにかならないか?」
あわや連行されかけた『彼』を、慌ててパイモンが庇う。
「む…旅人が怪我をしているのか。だが…」
「ヌヴィレットさん、僕たちからもどうかお願いします。」
難色を示すヌヴィレットに、リネも口添えをしてくれた。
「僕たちは旅人と短い間ながらも時間を共にしました。彼女たちはフォンテーヌに害をもたらすような人間ではありません。それに彼も…」
「…言葉に難はあるけど、旅人たちのことを想って行動していることは伝わってくる…。」
「ふむ……私も君たちがフォンテーヌに害をもたらそうとしているわけではないことはわかる。だが、既に犯されたものをなかったこととすることは」
「ど、ドロボー!!!」
ヌヴィレットとの交渉が平行線になりかけていたところで、近くで叫び声が上がった。全員が一斉に声の方を振り向いた。
「あ!あいつじゃないか!?」
パイモンが指さした方向には、猫のような身のこなしで人の波をすり抜けていく女性と、それを叫びながら追いかける男性だった。
「仕方ない、現行犯が発生した以上、そちらの確保が優先になる。放浪者殿に関しては後日連絡するゆえ、延律庭に来てもらいたい。私は泥棒と思わしき人物の捕縛に向かう。それでは、失礼する。」
少し早口で言い残したヌヴィレットは、そういうと警邏隊に指示をしながら泥棒を追いかけていった。
「フォ、フォンテーヌに来たばかりなのに、色々ありすぎてオイラもうヘトヘトだぞ…。」
泥棒を追いかけていったヌヴィレットの姿が見えなくなると、白フライムは疲れたように口にした。こいつと意見が被るのは少し癪だが、僕も似たような気持ちなのは間違いない。最高審判官・ヌヴィレット。あれは僕が万全の状態で全力を尽くしたとしても、勝てるかと言われれば、分が悪いと答えざるを得ない。『隊長』や『公子』ならば喜んで戦いを挑む相手かもしれないが、戦闘そのものは好きでも嫌いでもない僕からすれば、アレと戦うのは少々面倒だ。
「ちょ、ちょっと災難だったね…。でも、あそこまで理不尽なことはそんなにないんだ。」
「普段は、意味がわからないけれど、一応理屈が通じる。一応…。」
「大丈夫。出会いは悪かったけど、私たちは水神に聞きたいことがあるから、いずれもう一度会うことになる。それよりも、私たちのことをかばってくれてありがとう。」
彼女はそういって目の前の兄妹たちに笑顔を見せた。
「感謝されるほどのことはしてないよ、旅人。僕たちにできたことは口をはさむことだけだったし。」
「ううん、私たちのことを思って行動をしてくれた、っていうこと。それだけで嬉しい。世界を旅していると、そういう人に会えるのは貴重だから…。」
「それは……僕にも覚えがあるな。うん、なら喜んで感謝を受け取るよ。」
「お兄ちゃん、ちょっとセリフがクサい。」
「なっ、ひどいよ~リネット~……ところで、旅人たちはこのあとどうするつもりなんだい?」
「うーん、オイラは少し休めるところに行きたいぞ。」
「パイモンが疲れているみたいだから、フォンテーヌの中央に行って、宿をとるつもりかな。」
彼女はそういうとこちらの意見を確認するために目線を向けてきた。といっても、この旅は彼女のものであり、僕は同行者以下でしかない。方針そのものに口は出すつもりはない。無言で軽く頷いてやると、『うん、そういうことになりそう』と、彼女は口にした。
リネはその言葉を聞いて少し残念そうな表情を浮かべたが、首を振って笑顔に戻すと、懐から封筒を取り出した。
「僕たちはこの後、ここで少しやりたいことがあって君たちとは同行できない。できればフォンテーヌを君たちに案内してあげたかったんだけど、できそうにないからせめてこれだけでも受け取ってくれないか。」
「…これは私たちの歌劇場での初公演のチケット…。お兄ちゃんは知り合いがいた方がやる気がでるから、きてくれると嬉しい。」
彼女が受け取ったのは兄妹のシンボルらしきハットと猫が描かれた公演のチケットだった。
「僕たちはこれでもフォンテーヌでは魔術師の異名で通っているマジシャンなんだ。みんなにはちょっと見せる機会がなかったから、これを機会に僕たちのマジックショーを見てくれると嬉しいな。」
「…お兄ちゃん、そろそろ始めないと今日中に帰れなくなる…」
「うん、そうだねリネット。それじゃ三人とも。また今度!」
兄妹はそういって例の箱、(エレベーターというらしい)に乗ろうと背を向ける。そのまま黙ってその姿を見ていたら、肩を叩かれた。
「何も言わなくていいの?」
ちっ。本当に君は、やな時だけこっちの心底を見抜いてくる。
「おい、リネ。それに、ねこみ…いや、リネット。」
かけられた声の主が予想外だったのか、不思議そうな顔で二人が振り返った。
「お前たちが、その、旅人たちや僕に対して善意で声をあげてくれたことには感謝している。」
「まさか、君からそんな言葉を貰えるなんて、思っていなかったよ。僕のことを警戒してたんじゃないのかい?」
「お前の動き方に一定の警戒が必要だったのは確かだ。だけど、それはそれとして受けた借りをそのままにしておく気もない。……ほら。」
「あれ、君には『その習慣』はなかったと思うけど。…ああ!そんな『メンドーなやつ』って顔しないでくれ!」
「お兄ちゃんは一言多いから…。」
リネの手は思ったよりも細く、華奢だった。マジシャン…奇術を扱う者には繊細な手つきが求められるという以上、リネにとってマジシャンは天職なのかもしれない、と少し思った。