やるべきことがあるというリネ達と別れ、私たちはフォンテーヌの交通機関である、という巡水船に乗ることにした。三人で聞き込みをしてまとめていた情報によると、ここからでる『クレメンタイン線』という路線の船に乗れば、どうやらフォンテーヌの中心部に到着するらしい。自分の足で歩かないのは新鮮だが、足の怪我のことを思うとありがたくもあった。
「これが巡水船かぁ!うわあ!オイラこんなの初めてだぞ!」
やってきた船はボートを二回りほど大きくし、屋根をつけていない中々のサイズの船だった。船に乗ると見たことのない種族の子が、制服らしきものを着込んで声高に乗客にアナウンスをしている。両手を割っかにしてアナウンスに取り組む姿は、アランナラのようにとても愛らしい。
「君、あの生物が気に入ったならあまりそちらに顔を向けない方が良いよ。自分にその笑顔が向けられていたらと思うと、僕ならありもしない鳥肌が立ちそうだよ。」
「旅人ぉ、もうちょっときれいに笑った方がいいぞ?オイラでもその顔は不気味にみえるぞ。」
余計なお世話だよ。
「放浪野郎、傷はもう大丈夫なのか?」
船が出るのにあと数分ほど待つらしい。空席に隣り合うように腰を下ろし、彼の傷を確認する。……彼がこれほどの傷を負うとは、クロリンデという人間は相当な実力者のようだ。
「このくらいの傷なら、自然治癒してくれるよ。僕の体は凡人とは違うつくりだからね。」
「強かった?」
「……。実力者であることは認める。あの女は確かに、僕と張り合えるだけの実力はある。君たちにわかりやすく伝えるなら、スメールの大マハマトラと同じくらいかな。ただ、大マハマトラとも、あの決闘代理人とも、僕はお互い本気の状態で戦ったわけではないから、なんとも言えないけどね。」
「お前、本気じゃなかったのか!?」
本気かどうかはともかく、彼が全力でなかったのは事実だ。そもそも彼の本領は開けた場所での高速機動によるかく乱と、そこからの一方的な攻撃だ。限定された場所で、間合いが不十分な状態で、彼は爆発も縛って戦っている。ただ、それはクロリンデも恐らく変わらない。クロリンデもまた、爆発のような大技を切ってきた痕跡はなかった。フィールドがややクロリンデ優勢な程度で、剣に雷を宿す戦い方は刻晴の剣術にもあったし、彼女もまた全力で臨んでいるようには思えない。
そもそも、神の目を持つ者同士が本気で戦ったら、あんな規模では済まない。本来ならあの場にいた民間人にも相当の被害がでていたはずだ。フリーナはそのことに思い至らなかったのだろうか。
「あの女、戦う前に僕に『殺しはしない』って、わざわざ口にしてきたからね。まったく、なめられたものだよ。」
「っていってもお互い全力でやってたら、今頃私たちはヌヴィレットに捕まってたよ。」
「あの男か。あれはできれば僕も相手したくないね。『公子』なら喜んで挑みそうだけど。」
「あははは!タルタリヤなら確かにそうだよな!」
「ふんふん、なるほど。そんなことが。それから?クロリンデさんについては他にありますか?」
「あの女に関しては武器もだな。工業の国、フォンテーヌの決闘代理人で、神の護衛みたいなこともしている以上、武器が片手剣一辺倒とは思えない。彼女はただの武芸者ではないからね。僕の考えだと、このフォンテーヌで開発が進んでいる『銃』。これが一番の警戒対象だろう。今回は出してこなかったが………まて、お前は誰だ。」
彼が得意げに語る横でメモを走らせながら自然に会話に入り込んでいたのは、赤いベレー帽にモノクルがよく似合う、友人のシャルロットだった。彼がシャルロットに気づくと同時に『出航しまーす!』と元気よく掛け声がかかった。
「シャルロット!久しぶりじゃないか!」
白フライムが驚いたような、嬉しそうな声をあげる。どこかで見た覚えがなくもない。スメールでは特徴的な見た目をしていたのと、こちらも珍しい猫又とともに、キャラバン宿駅にいた異国人の二人組の一人だ。
「久しぶりね!旅人、パイモン!元気だったかしら?それと、あなたは初めましてね。私はスチームバード新聞社の記者、シャルロット。」
「記者か。スメールで見かけたことがある。カードゲームの大会が広まっていた時に来ていただろう。」
「うんうん、そうよ。あなたもあの記事を読んでくれたのかしら?」
「スメールも大会に参加してよかったのか、知り合いが評判を気にしてたから少しね。」
「なら、あなたのことも取材させてくれないかしら!あの記事のように、事実だけを報道することを約束するわ!」
モノクルの女はそういって再度ペンとメモを構える。目立つのは断固としてごめんだ。事が終わってからクラクサナリデビに話のタネにされかねない。スメールは学者という活字中毒のものが多いうえ、フォンテーヌは隣国なこともあって、最近は新聞の流通が盛んなのだ。
「ごめんだね。僕は衆人のさらし者になんてなりたくない。」
「あら、でもさっきクロリンデさんと戦っていたのは貴方よね?」
「シャルロットも見てたの?」
「そうよ、最近はニュースのネタがまあまあ、ってところでね。歌劇場の審理のまとめとかが中心だったんだけど、そんなところにふってわいた、異郷の旅人の仲間とフォンテーヌ最強の決闘代理人との名勝負!これは見逃せない!と思っていたら、ヌヴィレットさんがやってくるし、そのヌヴィレットさんがいる状況で泥棒が発生するしで、ネタの大渋滞よ。記者としては嬉しい悲鳴だけどね。」
「あ!、オイラ知りたかったんだけど、あのあとドロボーは捕まったのか?」
「それが、取り逃がしちゃったみたいなの。フリーナ様が現れた、ってことで人混みがひどくて…さすがのヌヴィレットさんも困っちゃたみたいね。連続少女失踪事件といい、また未解決事件が増えちゃった。」
「連続少女失踪事件?」
「それはね……」
モノクル女が語ったのは、その名の通り、若い女性のみが連続して失踪しているという事件についてだった。ことは二十年程前までさかのぼり、そこから一定の間隔ごとに少女が失踪しつづけている、というものらしい。特徴的なのは失踪というだけあって、どの人間も失踪後の行方についての痕跡が残っていないこと。さらに消えた人間は一人残らず死体も発見されていないということだ。
容疑者らしき人間の確保はある程度進んだらしいが、事件は終わりを迎えることはなく、今日に至るまで解決に至っていないらしい。彼女は模倣犯の危険性を指摘したが、モノクル女は首を横に振るだけだった。どこの国もなにがしかの問題を抱えているあたり、俗世の七執政というものも権威が落ちてきているな。
シャルロットとの会話に夢中になっていると、船は無事にフォンテーヌ廷に到着した。シャルロットはなんとか独占取材の許可を彼に取ろうと奮闘していたが、彼はついに首を縦に振らなかった。面白いのはその後の彼女の行動だ。彼が取材を断るということで、『無名の旅人VSフォンテーヌ最強の決闘代理人 を間近で見ていた観戦者』のていで私たちに取材の矛先を変えたことだ。『してやられた!』と、彼が露骨に不機嫌になる様子がおかしかったが、それ以上に感情表現が少しづつ豊かになっているようで…。なんだか自分でもわからないが、あたたかい気持ちだった。
シャルロットは次の取材の予定があるということで、ここでお別れとなった。次の予定を彼にお伺い立ててみる。
「自分が怪我人てことを忘れてないだろうな。まずは宿だよ。そのあとは薬の材料を買いにいく必要がある。…稲妻の素材はフォンテーヌでは貴重だから、いくつかの店を回らないといけない。モラもかかるから覚悟しときなよ」
と呆れた口調で告げられた。
「最初はどこのお店に行くんだ?」
「宿から一番近いのは………ボーモント工房だな。晶化骨髄を少量ながら仕入れている変わり者らしい。まあ、とりあえず今日はもう宿だ。調達は明日から始めるよ。」
「それと観光もな!オイラ、フォンテーヌの美味しいものが食べたいぞ!」
「パイモンはどこいっても美味しいものが食べたいでしょ。」
くだらない会話をしながら新たな街を歩く三人を、フォンテーヌの夕日が照らしていた。
同日・深夜 パレ・メルモニアにて
「よろしい、ではクロリンデ、三か月の減給だ。…軽犯罪違反の場合まで諭示裁定カーディナルを使う法律がなくてよかった。」
「はい、ご迷惑をおかけしました。」
「君が謝ることではない。君が私に言伝を残してくれたおかげで、大きな問題となる前にフリーナを回収できた。…面倒をかけたな。」
「それが私の職務ですので。」
「…フリーナが旅人たちに興味を示したのはなぜだかわかるか?」
「それは私にも。フリーナ様のお考えは長くお傍に付き従っても理解できないことは多いです。ヌヴィレット様もそうなのでは。」
「…旅人がフォンテーヌの災いになることは考えにくいが、君が戦った少年、彼はまだフォンテーヌに害をなさない、とは断定できないな…。」
「彼は相当な実力者です。私も決闘代理人として様々なモノと戦いを重ねてきましたが、空をかける者と戦ったのは初めての経験でした。」
そこでヌヴィレットは一息つくと、クロリンデにねぎらいの言葉をかけて仕事をあがるように伝えた。負傷していた金髪の旅人、そして名もしらぬ同行者の存在。何か自分の預かりしらぬところで大きな変化の波が生まれたような、そんな違和感を覚えながら、彼は書類仕事に戻っていった。
当初は魔神任務のIFということで、放浪者と蛍の視点に固定していましたが、まったく関係のない場面での第三者視点の話が合った方が物語に深みがでるかと思って実験的に入れてみました。好評ならつづけようかな、と思ってみたり。