もしも、伽藍に落ちた後も同行していたら   作:カメリアライト

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フォンテーヌ廷①

 今日の寝覚めは最近の中で一番良かった。フカフカのベッドでいつ魔物が襲ってくるか、という懸念もなく眠れたのは、キャラバン宿駅をでて以来なので、実に一週間以上前のことになる。隣を見れば、パイモンが枕に抱き着いて未だ夢の中だ。夢の中でも食事をしているようで、枕に抱き着いているというより枕にかみついている。あーあ、よだれだらけだ。………昨日あれだけホテルの食事を食い荒らしたというのにまだお腹いっぱいじゃないのか。一体どこにあんな量が入っているんだろう。

 

 備え付きのシャワーを浴び、身支度を整える。このホテルはアメニティが充実していて、少し嬉しい。ロマリタイムハーバーで出会った男女のイチオシのホテルということだったが、間違いないようだ。そろそろパイモンを起こそうとしていると、ドアがノックされた。

 

 「今日はもう起きているようだね。薬を塗るから、準備ができたら戸をあけてくれるかい?」

 

 隣室を借りていた彼も準備を終えたようだ。

 

 「パイモン、起きて。もう朝だよ。」

 

 「ううん、もう食べられ………うわああああ放浪野郎とスライムが追いかけてくるぞ!!待ってくれぇ!お前の料理に氷スライムを入れたのはほんのイタズラだぞぉ!」

 

 しまった。せっかくいい夢を見ていたようなのに悪夢に変えてしまったようだ。

 

 「はぁっ!……おはよう!旅人。なんだか怖い夢をみてたみたいだぞ…。」

 

 「ドア越しにまで声が漏れているよ。まったく、もう少し静かにできないのかい?」

 

 「ごめん、今開ける。」

 

 ドアを開けて彼を部屋へ招き入れる。胡乱な表情をしながら彼が入ってくると、パイモンがその姿を見るなり『わ、わざとじゃないぞ!』と悲鳴をあげて布団に潜り込んでしまった。

 

 「……なんだい、アレは。」

 

 「……怖い夢を見たみたい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルをチェックアウトして街中にでる。彼は袖口から、昨日聞き込みで得た情報をまとめておいたメモ用紙を取り出すと、それを読みながらまず向かう先を告げてきた。彼が口にしたのはボーモント工房という、フォンテーヌの市街にある工房で、稲妻でも希少な素材である晶化骨髄をフォンテーヌで取り扱っている数少ないお店だ。

 

 「それにしても、なんだってフォンテーヌの工房が、そんなものを取り寄せてるんだろうな?」

 

 「……さあね。僕の知ったことじゃない。」

 

 私にもある程度の想像はつくが、御影炉心とフォンテーヌの関係を思い起こせば、それは彼の過去を悪戯に刺激することになる。わからないまま、口にださないままの方が、良いこともあるのだ。

 

 「…さて、あれが例の工房らしい。ものを買うだけだ。さっさと済ま…うん?店の前で乱闘か?一体何が…」

 

 「お、おい!あれって!」

 

 スメールを出てから、意外な出会いばかりな気がする。私たちの目的地・ボーモント工房の前には人相の悪い数人の男たちと、それをたった一人で軽々とあしらう若い男、ファデュイ執行官第11位・『公子』タルタリヤがいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 事情は不明だが、知り合いが数人を相手どっている姿を見て、彼女は迷いなく足を踏み込んだ。怪我が完治しているわけでもないのに、こうやって目先の厄介ごとすべてに首を突っ込むのは彼女の性なのだろうか。よくこれまで生きてこれたものだ。こんな生き方、早死にするに決まっている。はあ、面倒ではあるが、このまま終わるのを待つのは時間の無駄だ。さっさと片づけてしまおう。

 

 ことは数分とたたずに片が付いた。というより加勢がそもそも必要ない。こいつは戦闘狂だ。物足りなさからこっちに矛先が向いてきたら、かえって藪蛇になる。公子は逃げる男たちに興味をなくしたのか、満面の笑みを浮かべながらこちらへとやってきた。フン、相変わらず気持ち悪いやつめ。

 

 「旅人!おチビちゃん!久しぶりだね。まさかフォンテーヌで会えるとは思ってなかったよ!」

 

 「オイラたちも、まさかおまえがここにいるなんて思わなかったぞ!それにしても、いったい、何があったんだ?」

 

 「それに、神の目を使ってなかったみたいだけど、どうしたの?」

 

 「ああ、どれから話そうか…。まずは何があったかだね、それについてなんだけど…」

 

 「この人がこの子が脅されているタイミングで来てくれてね。庇ってくれたんだよ。」

 

 そういって公子の後ろから姿を現したのは、作業着を着た女と、氷の神の目を身に着けたそばかす顔の小さなガキだった。

 

 「ああ、割って入ってしまって済まなかったね。あたしはボーモント工房の店主のエスタブレ。こっちは店に素材の納入に来てくれていた…」

 

 「フレミネ…です。」

 

 「おう!オイラはパイモン!こっちは旅人で…」

 

 「放浪者、とでも呼べばいい。」

 

 「さっきの男たちはカブリエール商会っていうとこの借金取りでね。うちはだいぶ彼らの商会に借金があるんだけど、運悪くフレミネくんが取り立ての場面に居合わせちまったのさ。それで、フレミネくんがうちに卸そうとしてくれた素材を奴らが安く買いたたこうとして、揉めちまってね…。君たちが割って入ってくれて助かったよ。」

 

 「なるほど、そういうことだったのか。」

 

 なんで公子が頷いてるんだ。事情も知らずに首を突っ込むとか、こいつも旅人の同類だな。きっと早死にするだろう。

 

 「っておい!タルタリヤ、お前なんで揉めてるのかもわからずにあいつらと戦ってたのかよ!オイラはてっきり、おまえは事情を知ってると思ってたぞ!」

 

 「あははは。あの男たちがカブリエール商会の人間ってのはわかってたよ。彼らはうちの北国銀行に不良債権を山積みにしていてね。そんなやつらが少年を囲んで脅していたもんだから、これは久しく動かしてない体を動かすいい機会だと思ったのさ。」

 

 「相変わらず戦うことが好きだね。」

 

 「君たちは一体なんでここに?それと、放浪者、っていったかな。君、どこかで会ったことある?」

 

 ……世界樹によって、僕にまつわる記憶はこの星から削除されたはずだ。にも拘わらず、『公子』は僕に何かを感じ取ったのか…。世界樹の記憶の消去の時に何かあったのか、それとも記憶の残滓かそれに類するものはどうしても残るのか、それともこの星空が偽りであることが原因なのか…。推測に対して結論に至るまでの情報が足りない以上、考えても無駄か。今は丸く収めておこう。

 

 「いいや?僕はお前のことなんか知らないね。僕らがここに来たのは、ここの店主がフォンテーヌの中では珍しく、晶化骨髄を取り扱っているって聞いたからさ。」

 

 「晶化骨髄?あんたたち、珍しいもんを欲しがるんだね。まあいいよ、恩人のあんたたちになら譲ってあげよう。あたしも手に余してたしね。ただ、ちょっと、待っといてくれ。あんまり使い道がないもんだから、どっかにしまったままなんだ。」

 

 「ありがとうな!やったな旅人!薬の材料がひとつ手に入ったぞ!」

 

 「薬?旅人、どこか怪我でもしているのかい?」

 

 「少し、足を痛めちゃってね。薬を作ってもらってるからいいんだけど、まだ本調子じゃないんだ。そういうタルタリヤこそ、いつもの戦い方じゃなかったよね。元素力を使わないで戦ってたみたいだけど…。」

 

 「ああ、それなんだけど…。最近、気分が時折沈んだり、何かの力が体の中でうずいたりしてね。水元素力がいうことを聞かなくなることもあって、フォンテーヌに来たんだ。」

 

 「!そうだったんだ。それで、何かわかったことはあるの?」

 

 そこからの公子の話は、僕が執行官の頃には聞いたことのなかった、奴の過去の話だった。公子曰く、幼いころに深淵に落ち、その先でスカークという師匠をのもとで力と技術を磨いてきた。奴の師が公子を鍛えた理由は、公子が『やつ』を呼び覚まし、その身に痕跡を刻んだから、などという荒唐無稽で意味不明な話だった。雄鶏あたりなら知っていたのかもしれないが、当時の僕にとってはこの上なくどうでもいいことだったのだろうな。まあ、今でもどうでもいいんだが。問題は『深淵』という部分と、公子が見たという『鯨』だ。

 

 『深淵』はほとんどアビスで間違いない。アビスとは執行官の頃から何度かやりあったが、旅人の兄が属してもいる、とクラクサナリデビから聞いている。そして奴が夢でみたという『鯨』…。クラクサナリデビは僕に『夢』というものの神秘性について何度か講義したことがあった。『夢』は当人が見ただけの妄想にはとどまらない、いまだ謎の多いものだ。スメールでは夢というものは仮想の別世界として扱うべきと考える者もいる。戦ってさえいればいいだけの単細胞の『公子』が、いまだに引きずる『夢』は、アビスに関わる何かを示している可能性があるだろう。公子がこの件について精査を進めれば、旅人の兄に関する情報も手に入るかもしれない。

 

 「ところで放浪者、といったかな。君、俺と手合わせしないかい?」

 

 …だから加勢なんかしなきゃよかったんだ。

 

 「決闘代理人って知ってるかい?フォンテーヌでの法廷の職務のひとつで、戦闘を生業にした武人のあつまりでもあるんだ。最近はその決闘代理人と手合わせをしてるんだけどね。中でも特に決闘代理人最強と言われるクロリンデって人と今日、ついに手合わせできるはずだったんだけど、昨日いろいろとあったらしく、予定がキャンセルされてしまってね。消化不良なんだよ。」

 

 「クロリンデ!?放浪野郎が戦った相手じゃないか!」

 

 「へえ!君、あのクロリンデと戦ったんだ!なら、ますます君と手合わせしたいね。どうだい?今がダメなら、今夜にでも…!」

 

 「ダメだ。僕には決闘を受ける義務もなければ、理由もない。それに僕自身、昨日その決闘代理人とやりあったばかりで万全でもない。お前、万全でもない僕と戦って満足するような人間ではないだろう?」

 

 「へぇ、初対面のはずなのに、俺のことをよくわかってるみたいだね。なら、しょうがない。手合わせは次回に持ち越そう。旅人と行動する、ってことは、常に何かしらの厄介ごとや争いにはかかわっているってことだしね。」

 

 公子の言葉に彼女が不満そうにするが、これに関しては公子とまったく同意見だ。

 

 「じゃあ、旅人、この神の目を預かっておいてくれよ。」

 

 そういうと公子は彼女に、自分の神の目を放った。慌てて受け取る彼女をしり目に、公子は『後で取りに来るから。それじゃ、また連絡するよ。』といって去っていった。

 

 「おい!これ次会うための口実だろ!」

 

 白フライムの言葉などどこ吹く風、といった風に公子は軽やかな足取りで去っていった。はあ、次はこっちか…。

 

 「それで?さっきからこっちの様子を伺っているみたいだけど、何か用かい。」

 

 「あの、これ、さっき落としてたみたいで…。君たちが旅人、とパイモンと、放浪者…?」

 

 そういうガキの手にはハットと猫が書かれた、昨日リネたちから受け取ったばかりの、公演の招待状が握られていた。

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