薄幸の堕天使   作:怒雲

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不浄の左手

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 喰鼠は、再び人間に近い姿になっていた。

 

 魔族に伝わる、『人化の法』と呼ばれる魔術だ。その名の通り、人間の姿に体を変える。もっとも、喰鼠のソレは不完全だが、それでいいのだ。

 

 

 完全になれる者は、人間の街等の調査とかをしたりするのだが喰鼠は生憎それを目的としていない。

 

 

 喰鼠は、強大過ぎる力を持っているが、そのぶん消耗も早いのだ。

 

 常に何かを食べていなくてはならない。

 

 

 だが、不思議と『人化の法』を使っている間は、消耗を最小限まで抑える事が出来るのだ。

 

 

 ……『暴飲暴食鼠口(マウス・イート・マウス)』で食らい、エネルギーを蓄えて、『人化の法』を解除し大暴れ……これが喰鼠の戦い方である。

 

 

 『人化の法』については、まだ記すべき事はあるだろうが、今はまだ、あえて記さずにおこう。

 

 

 喰鼠は、力を抑える為に人に近い姿をしている……くらいに覚えておけば、それでいいのだ。

 

「……………」

 

 喰鼠は一人、空を見上げた。満ちた蒼白い月は、遥か遠くでちっぽけな争いを見下ろしている。

 

「……ちゅひゃひゃ。」

 

 

 そして喰鼠は歩き出す。魔王の匂いを追って。

 

 

「まぁ……こんなもんか」

 

 ポツリと呟く。光る所は随所にあったものの、正直……弱い。

 

 まぁ、人間の器で、かつ力を使いこなせていないのだから仕方ないが。

 

 美味いが、それだけではダメだ。意味が無い。強い相手でなくては。

 

 

「……………」

 

 強い相手なら十二聖護士だが、そもそもどこにいるのか詳しく解らない。

 

 なら、いっそ同じ魔星十二支ならとも思った事もあるが、それはしたくなかった。

 

 他はともかく、万龍、従虎、擬猿、狂狼……この辺りなら、自分が襲っても必ず返り討ちにしてくれるだろう。

 

 だが……それでも、やっぱり嫌だった。仲間に迷惑はかけたくない。

 

 もっとも、こうやって独断専行してる時点で既に迷惑をかけているのだろうがと、喰鼠は少し苦笑を浮かべる。

 

 

 

 ……喰鼠は探しているのだ。もうすぐ、自分は自分でなくなってしまうだろう。食欲だけの魔物となってしまう。

 

 

今、彼の齢は十九………。

 

 

 

 

自分達『鼠族』は、二十歳になる頃には異常な食欲が押さえきれなくなる。

 

本能が理性を食い付くし、なにかを食らうだけのケダモノとなるのだ。

 

 

そこには、誇りも信念もない。ただただ、何も産み出さず、食らうだけの、醜い魔物。

 

 

 

 

 

 その前に、殺してくれる相手を。『喰鼠』が、『喰鼠』のまま殺してくれる相手を探している。

 

 

 無論、自殺したいのでは無い。感じたいのだ、自分が生きてる証を。自分という存在を。

 

 精一杯戦い、そして死にたいのだ。

 

 

 

 

食欲に塗り潰された怪物でなく……彼等と同じ、魔星十二支の一人として。

 

 

 我ながら、ワガママな話しだなとまた苦笑しながら、喰鼠は歩く。

 

 街の外、崩れた防壁の先……草木生い茂る山道をぼんやり歩いていると、やがてひらけた場所に出た。ぽっかりと木々が無く、足下は草が少々とむき出しの地面の坂道。

 

「あ……。」

 

 思わず、喰鼠はポカンと声を上げた。魔王は、その先にポツンと立っていた。

 

 

 黒い外套を身に纏い、ほどけてボサボサになってしまった黒髪。身体中、血の跡や泥だらけ。

 

 

 なのに───その光りを映さぬ虚ろな瞳は、妖艶な美しさを放っていた。本来、生者にはないような美しさ……。

 

 

 ぼんやりと空に浮かぶ月に照らされた、虚空を見る少女の姿に……喰鼠は、ガラにも無く見惚れてしまっていた。

 

 

「……………。」

 

 何処を見てるわけでもないその瞳が、ハッキリと喰鼠を捉えた時……喰鼠は我に返る。同時に、右手を振った。

 

 

 魔王少女、樋山 悪流(ヒヤマ アクル)はすぐ近くまで接近していたのだ。喰鼠の反応が、僅かに遅れる。

 

 

 

 が、問題は無い。それでも、喰鼠の方が速い。右手が、悪流の頭を喰らった。

 

 

 ふらふらと悪流は後退りながら……枯れ枝の様に細い左手を、喰鼠に伸ばす。

 

 

「………………ッ!?」

 

 すると、悪流の左手がボコボコと泡立ち……左手は巨大で、黒い異形なモノに姿を化えた。

 

 

「───ガハッ!!?」

 

 

 喰鼠の体を、吹き飛ばしながら。

 

 

 

 何が起きたのかと、喰鼠は思う。一瞬だが、意識が刈り取られた。

 

 

 

 

木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んでいる最中に……ニタリとその口に笑みが浮かんだ。考えてみれば、どうでもいい。

 

 

 空中で体を捻って、しゃがむ体勢で喰鼠は着地する。夜の闇と周囲の草木で視界が悪いが、鼻が効く喰鼠にはあまり関係が無い。

 

 

 魔王が……悪流が、こちらに向かってゆっくりと歩いて来るのが解り、迎え撃つ様に喰鼠は身構え、右手を軽く開閉した。

 

 そしてその瞬間(とき)は訪れる。

 

 

 先程までとは、比べものにならない速度で悪流は飛び掛かって来た。

 

 

 喰鼠は見上げる。挑む様に。

 

 

 月下の光に照される年端も行かぬ少女。髪がほどけて虚ろな眼。一ヶ所を除き、先程と変わらぬ姿。

 

 

 左手……それは、明らかに先程とは異なる形をしていた。

 

 黒く、長く鋭い爪を持つ異形の左手。かなり大きく、悪流の体より少し小さいくらいの左手。悪魔の手。

 

 

 魔王はソレを……その力を、『不浄の左手(ディアブロ)』と呼んでいる。

 

 巨大な魔王の力を左手に込めた力。大きすぎるそれは、理性を掻き消し本能だけを剥き出しにする。

 

 

 悪流がこの世界に来て、コロコッタという獣に使った力である。

 

 

 

喰鼠は、笑った。賭けだったのだ。

 

 

魔王がその力を増していたのなら、素晴らしい死に場所を与えてくれるかもしれないと。

 

 

 

勝算の低い賭けだったが────

 

 

 

 

「───最高だゼ、魔王様ァ!!!!!」

 

月と魔王に吼え叫び………喰鼠は今、理性も本能も剥き出しにその牙を突き立てた。

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