薄幸の堕天使   作:怒雲

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心を埋める、責任感。仲間達への感謝や友愛。義理、誇り。

脳を喰い尽くす本能。食いたい、食いたい、食いたい。獣以下の餓鬼畜生道。



理性と本能と理想

 

 

 

 

 

夜の森の中───激しい音が響いていた。

 

木々が倒れ、岩が砕け、地面が大きく陥没し、時に裂ける。

 

 

 

 

吹き飛ばされた喰鼠は、地面を削りながら坂道を転がり……即座に身を起こした。

 

 

 

 

 

 少し離れた場所に、魔王の姿をその爛々とした眼が捉える。まるで悪魔の様な形状と化した、巨大で異形な左手を喰鼠に向ける。すると左手は真っ直ぐに、喰鼠を狙い伸びて来た。

 

 喰鼠はその一撃を、体を僅かに横にずらして避けつつ圧倒的速度で前進。右手を悪流の心臓目掛けて叩き込む。

 

 右手が悪流の胸と心臓を狙い通りに喰らって、美味な感覚と膨大なエネルギーが身体全体に広がる。

 

 

 懐に入ると左手による攻撃は大人しくなり、喰鼠は右手で悪流の身体中を食い破っていくが、悪流はまるで動じない。眉一つ動かさぬまま、唐突に頭突きを繰り出して来た。

 

「ぐっ……!」

 

 

 予想以上のダメージに、身体が僅かによろめく。悪流の方は、自分の頭突きで頭蓋骨が砕けて目が微妙に飛び出しているのが見えた。

が、勿論止まらない。魔王の力は、その程度は障害にしないのだ。

 

 

 ぴょんっ、と悪流は後ろに跳んだ。同時に、左手を動かす。振った。

 

 

 喰鼠は、真横から襲いくる『不浄の左手(ディアブロ)』に対して、冷や汗を。しかし、楽しそうに笑いながら右手を伸ばす。

 

 

「………───グッ!?」

 

 

 喰い切れる様なエネルギー量では無かった。ミシミシと右手が悲鳴を上げ、衝撃を吸収しきれずに喰鼠はまたもや吹き飛ばされる。

 

 

 喰鼠を吹き飛ばした悪流は、その場でゆらゆらと揺れる。元々体力がかなり減っているのだろう、余裕は無い。

 

 再び喰鼠が飛ばされた方向に身体を向けると──闇夜の草木がガサガサと動き、赤い眼が光る。

 

 

次の瞬間、巨大な鼠の姿になった喰鼠に突進された。

 

 

 口からゴポッ、と血と臓物を吐きながら、悪流は仰向けの体勢で吹き飛んで行く。

 

 

 その際に、巨大な左手がビクビクとしなり、関節と明らかに逆の方向に曲がりながら、地面を掴む。これ以上飛ばないためのブレーキだ。

 

 

 再び襲いくる巨大ネズミの喰鼠に対し、悪流は『不浄の左手(ディアブロ)』を叩き込む。

 

 

「ぐひゃっ……!」

 

 

喰鼠の身体が引き裂かれるも、まだその命には届かない。鮮血を辺りに撒き散らしながら襲いかかり、悪流の横腹を喰い千切った。

 

 

 ぐらりと悪流の身体が大きく揺れて……グニグニと左手が不安定に蠢き──それから真上に伸びた。

 

 

気にせずもう一撃と牙を向いた喰鼠。その開いた口が胴体を喰らおうとしたその刹那───上空から、真下に伸びて来た左手が、喰鼠の身体を真上から押さえ付けた。

 

 

「ヂュ……!?ヒャヒャ!!」

 

 

 じたばたともがくが、動けない。噛み付く事も出来ずにバタバタする。

 

 

 ミシミシと身体が潰れる音を聞きながら、喰鼠は尚も笑う。楽しくて愉しくて仕方がないのだ。

 

 

 身体が完全に潰れる前に喰鼠は、『人化の法』を使った。その体が人の姿となる。

 

 つまり、小さくなったのだ。拘束が、それに対する反応が遅れて緩む。

 

 その一瞬で、喰鼠はディアブロの拘束から脱出し悪流目掛けて走った。

 

「ヒャヒャヒャ!チュヒャヒャヒャヒャヒャアッッ!!」

 

 

 ゲタゲタ血ヘドを撒き散らしながら笑い、喰鼠はすかさず『暴飲暴食鼠の口(マウス・イート・マウス)』の一撃を繰り出す。またもや、喰鼠の間合いだ。

 

 

 悪流は間合いをとろうとするが、喰鼠はそれを許さない。

 

巨大過ぎる腕は、間合いに入られると上手く扱えないのである。

 

背後で、不浄の左手が地面を殴る様な音を喰鼠は聞いた。

 

 

「チュヒャ………!」

 

読めてるぜ!!!喰鼠が真横に跳ぶ。先程までいた足下から、悪魔の鉤爪の様な手が飛び出した。真上から来たのなら、真下からも来るだろう。

 

あのままあそこにいたら、そこで掴まり終わっていただろう。

 

 

 

 

 

一撃。喰鼠は悪流に尻尾の一撃をお見舞いした。悪流がまた吹き飛ぶのを見て、片膝を着く。口から……右手から、いたる箇所から血がボタボタと落ちて行く。

 

 

 

 この勝負に勝ったとしても、生きる事は出来ないだろう……内臓に、先程の拘束で甚大なダメージがあるし、裂けた腹や身体からは内臓や骨が見えている。

 

 

 

 

でも、まだ終わらせたくない。魔星十二支として……戦士として戦う喜びと、ケモノとして、極上の獲物を食らう悦びを。

 

 

 

悪流は、まだ近くにいた。地面に埋まった左手のお陰で、あまり吹き飛ばずに済んだのだ。

 

 

血と、涎を撒き散らしながら喰鼠は駆ける。互いに、ダメージは大きく……決着は近い。

 

喰鼠は、全力で近付きながら悪流を。左手を見る。まだ、地面に埋まっていた。それならば、またそちらに警戒すれば良い。

 

 

 

右手を開き、その顔に向けて放とうとした時だった。

 

 

「は────?」

 

攻撃はまだ届いていないはずなのに、悪流の身体から血渋き。

 

 

少女の胴体を貫き、迫る二本の黒い鉤爪。

 

 

 

伸縮自在に形を変える左手は地中を進み、悪流自身の身体を目隠しにして……自分もろとも攻撃してきたのだ。

 

 

魔王の再生能力あっての攻撃……完全に虚を突かれた喰鼠の頭は───二本の鉤爪によって、潰されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 悪流は、ぼんやりとした表情で頭の無い喰鼠を見下ろしていた。

 

 それから踵を返し、ふらふらとした足取りで歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───まだ、だぜ。魔王様よォ………。

 

 

 

 悪流の背後で、首無しの喰鼠の身体がゆらりと起き上がっていた。

 

 

 

 メキメキとその身体が蠢き……巨大なネズミに姿を変えていく。

 

 

 

 

 

 

 

本命(あたま)は、右手(こっち)だ!

 

 

 隻腕の大鼠に姿を変え、口を開いて背後より悪流に襲い掛かる喰鼠。

 

 

 悪流は振り返りながら……渾身の力を込めて、ディアブロを振った。

 

 

「────チュヒャッ!」

 

 

 

 ディアブロにかぶり付き、喰鼠は目を見開いた。そして次にその顔には恍惚とした表情が浮かぶ。

 

 

 

 

 

────ああ、この味……このエネルギー……。

魔王様、アンタ……最高だよ……。勝手ながら、俺の最期がこれで良かった。

 

 

 

最期に、散って逝った同胞達と、あの古城で頭を悩ませているだろう仲間達の事を思い出した。

 

………楽しかったな、みんな。やりたいようにやれてよ。

 

 

………悪いなみんな。時間がなかったんだ。無責任だが、後は頑張ってくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 喰鼠の身体が、まるで風船の様に膨らんで行き………パンッ、と音をたて破裂した。

 

 

 そして、赤黒い血肉と……臓物の破片が雨の様に辺りに降り注いだのだった……。

 

 

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