ブー、と唸る様な鳴き声を発するそれを見て、魔王が舌打ち混じりにぼやく。
「バニップか……ドラゴンの一種だ!たく、こんな時に……!気をつけろよアクルたん、ワームよっか強いぞ!」
アクルはワームの強さを思い出し、顔がひきつる。以前戦った時は、手も足も出なかった。まぁ、一応勝つには勝ったが、奇襲でだ。真っ正面から戦って勝った訳では無い。
魔王曰く、ベアルとかプリキュオンお嬢様でもいくらかは苦戦する程の強さである。バニップはあまり強いドラゴンでは無いが、弱い方でもドラゴンの一種なのだ。
十二支が迫って来てるというのにそんな怪物の相手なんかしてられないと、アクルは森の方に逃げようと駆け出す。勿論、十二支がいない方向だ。
だが、バニップは物凄い速度でアクルの退路に立ち塞がった。
あまりの速度に、キメェ!と魔王は野次を飛ばす。
「ひっ……」
回りこまれてアクルは青ざめた。浅いとはいえ、水辺じゃやはり上手く走れない。
「─────失礼を。」
ふと背後から聞こえる青年の声と共に、アクルは右肩を掴まれ後ろに引かれた。
入れ替わる様に、アクルの前に先程の牛角の青年、牛若がおどり出る。バニップは、嘴を開き襲いかかってきていた。
「…………御免」
牛若はそれを横に避けて、同時に左手の人差し指でバニップの首をなぞる。
すると、バニップの首から赤い線が走り……その首が、血を撒き散らしながら宙を舞った。
その様を、尻餅を着きながらアクルはポカーンと眺める。
単純に、その強さに驚いた事と……一連の動きがどこか美しく、アクルはしばし我を忘れてしまっていた。
「あ……ひっ……!」
やがて、牛若の目がアクルの方に向いて、アクルは短い悲鳴をあげる。
逃げようと思うが、恐怖故か、はたまた体力がもうほとんど無いからか、体が上手く動いてくれずに立ち上がる事が出来ない。
「やっ……!来ないで……!」
「やめろォ! 来んなしこのファッキン・オックス!
うっおーっ!くっあー!ざけんなー!
それ以上我らに近付くんじゃあねぇぇぇ!ザッケンナコラー!スッゾコラー!ヤッコラー!ナッコラー!
畜生、欲しいのはなんだ!?金か!?ヤメロークルナー!シニタクナーイ!シニタクナーイ!!
ちょっ、マジやめろおい!この魔王の命だけは助けてくれるんですよねぇぇえ!?」
アクルの頭の中、魔王がテンパって叫ぶ叫ぶ。実に見苦しいものである。
ちなみに、喰鼠の攻撃をくらってる最中も魔王は大体こんな事を言っていたのだが、記す必要が無さすぎたのでカットされているのだ。アクルは必死過ぎて、まるで聞いていないし。
「……………」
牛若は、数歩アクルに歩み寄って、その場に片膝を着いた。川の水で、汚れる事を気にせずに。
「……え?」
その行動が、ただただ意外であり、アクルはキョトンと目を丸くする。
てっきり、攻撃されるか、嫌な事を言われるかと思っていた。
「……申し訳有りませぬ。この牛若、配慮が足らなんだ……。ともかく、儂は魔王様に危害を加える気はございませぬ。」
青年は、よく通る凛とした声で、きっぱりとそう言った。
「え……?」
風が一陣、通り抜けた。周囲の木々がサワサワと音をたてる。この人は今、なんて言ったの?
「なん、で……?あたしは、人間なのに……?貴方は、魔族で、十二支なんだよね……?」
困惑したままアクルが尋ねる。だって、今までの奴等は襲って来た。
誰も、こっちの事情なんてお構い無しだった。みんな、自分の事情だけ押し付けて攻撃してきた。
牛若は、困惑しているアクルに対してやんわりとした笑みをその口に浮かべた。
「ええ。……他の者達は、貴女を魔王と認めておりませぬが、貴女は確かに先代の魔王様に認められし存在。 そうでありましょう?」
少し間を起き、牛若はアクルを真っ直ぐに見据えたまま、ハッキリと告げる。
「幼少期の頃に御会いした事がありますが、容易く押さえ付けられるお方では有りませんでしたからな。」
それに対しては、確かにとアクルは妙に冷静に思った。
なんというか……頭の中でぎゃんぎゃん騒ぎそうというか、なんというか……。
「ん……?言われてみりゃ、こいつ知ってるかも……?」
ふむ?と魔王は呟く。
「ですから、ご安心を。この牛若は貴女の敵では有りませぬ。」
その言葉を、アクルはなんとか噛み砕き、理解しようとする。
キョトンとした表情のアクルを見据えたまま、牛若は静かに続ける。
「今まで孤立無援で孤軍奮闘……なんとも苦しく、寂しい思いをした事でしょう。
ですが、これからはご安心下され。」
再び一呼吸おいたのち、牛若は自信に満ちた顔で微笑み、そして、言い切った。
「これからは、この魔星十二支が一人、牛若が貴女を御守りいたそう。」
「あた、しを……?」
……牛若の言葉は解る。だが、理解出来ない。
守ってくれる? あたしを? どうして??
人間と知りつつ? 魔王と理解した上で?
「あ、あた……しは。」
アクルは、絞り出すかのように言葉を放つ。
「人間で、魔王……なんですよ?」
「知っております。」
「解って、るの……? 人間も、魔族もあたしの敵なんだよっ……!?」
「それも存じております。」
牛若は、何度でも言いましょうと微笑んだ。
「この命、尽きるまで───否、この命尽きたとしても貴女を守りましょう。」
「……………」
……これは夢かと、アクルは思った。
嗚呼……あたしはまだ夢を見てるんだ。
起きなきゃ、起きなきゃ……幸せな気持ちが覆されるのだけは嫌だ。起きたらまた一人なんて嫌だ。
……でも。だけど、ね?
「……うっ、うぅ……」
「……魔王様?」
ポロポロと大きな瞳から溢れ出した感情が、キラキラ光る雫となり零れ落ちていく。
「うぁあ……ふぇぇ……。」
嗚咽をもらしながら泣くアクルは、少し困った顔をした牛若に飛び付き抱き付き、泣き続けた。
アクルは知った。嬉しくて零れる涙があるという事を。
ずっと、独りで生きて来た。ここに来てからは、一人で頑張って来た。
人間、魔族……事態が好転したわけでは無いかもしれない。
だが、今は喜ぼうではないか。この出会いを。
今は委ねようではないか。この温もりに。
この日この瞬間を胸に刻み、明日からまた立ち上がろう。支えとして何度でも歩き出そう。
───いつか、安寧の日々が得られるまで。
もしくは……命の音色が止まるその日まで───。
我は研ぎ澄まされし刀。一度その手で握り、振り抜いたのならば立ち塞がる壁も、逆光も、向かい風も一閃すしてみせよう。
鞘に納めよ。───貴女のその手に我は有り。