ラビィ・アルネーブァは、元々は一区の人間である。彼女達一族の『人形遣い』は非常に強力であった。
人形遣い自体が珍しく……更にアルネーブァの家系は群を抜いていた。
……やがてアルネーブァの一族は野心を持ち、やがて重罪を犯す事となる。
危険視されたラビィの母親は、なんとか一人、命からがら逃げ延びたが……長い間、娘との逃亡生活の末に命を落とす事となった。
独り取り残されたラビィは、各地をさ迷った。
敵である魔族はもちろんの事、人間からも追われる身で。
……ラビィ自身は、何一つ罪を犯していないというのに。
やがてラビィは五区に辿り着き、運良くベアル達に拾われた。
数年くらい、前の話しである。
「んっ。こんなもんかしらねっ。」
まだ日が昇るには少々早い時間……ラビィは大きめの布袋をふたつ準備していた。
ひとつは、自分の私物を。もうひとつは、アクルの着替え等。
……ラビィには、アクルの置かれている立場がどうしても他人事には思えなかったのだ。
「…………」
どこに行ったのかは知らないけれど、わりと目立つ外套を身に付けているし、足取りくらいは掴めるだろう。
一人旅は、数年くらい前にやってた。まぁ、どうにかなるだろう。
「……我ながら、短絡的よねっ。」
少しばかり苦笑を浮かべて、掃除を済ませた部屋にひとつのブローチを置いた。
結構な値打ちの母の形見だ。感謝の気持ちとして置いていく事にした。
……思い出は、ちゃんと胸にあるから大丈夫なのである。重要なのは、形ではない。
なにより、ただ手放すのでは無いのだ。大事な人達に対する感謝の気持ちなのだから。
「…………」
ふぅ、と息を吐き……手紙をひとつ、ラビィは部屋を出た。
荷物を召喚術で空間に収納し、音を立てぬ様に静かにラビィは玄関に向かう。
「……ありがとうございましたっ。」
誰に言うでもなく呟いて、そして扉を開く。白んで来た空がその目に映った。
目を細めて、歩きだそうとして
「あー。やっぱり出てきたねぇ。」
すぐ隣から声が聞こえて、ラビィの両肩が思わずビクリと跳ね上がった。
「リュ、リュエンッ……! それにっ、なんでアメリオン店主もっ……!?」
壁に背を預けながら座る黒髪サイドテールのゴスロリ少年リュエンと、灰色ローブとオレンジ長髪の青年、アメリオンがタバコを加えながら立っていた。
「なんでって……ラビィは一人で五区を抜けるつもり? 無理無理、ラビィは接近戦じゃあ野良猫にすら勝てないじゃん。」
ケラケラと笑いながら、リュエンは立ち上がる。
「だから、一緒に行ってあげるよ。流石に、ベアルの頭とキーレースは来れないけどねー。」
そう言って、リュエンはやんわりと笑う。
「え……でもっ……。」
歩き出すリュエンの背を追いながら、遠慮がちなラビィに対してリュエンは肩を竦めた。
「……五区の人間はさ。基本的に、家族とか血の繋がりってもんは薄いもんなんだ。だいたい、親なんてすぐに死ぬか、邪魔だから捨てるかだしね。」
最初だけは可愛がる人も多いけどねとリュエンはケラケラ笑う。
「でも、絆ってのはわりと大事にするもんなんだよ。僕らはね。
……まぁ、要するに。君にとって無茶するくらい大事なことなら、僕にとっても無理するくらい大事なことってわけさ。」
「リュエン……。」
「安心していいよ。あの後、フルールドさんとこ戻ってさ。ついでにメリーさんに連絡いれといた。
闇雲にアクルちゃん探しても、見付かるはずがないだろ?」
そこまで言って、リュエンは軽くウィンクしながら人差し指を口元に当てて、クスクスと笑う。
「スネルフさんとは別行動だけど、協力者として動いていいってさ。それで、三区に向かって欲しいみたい。アクルちゃんも、いずれ来るってさ~。
報酬も出るし、ちゃんとお仕事だよー。だから、ベアルの頭達のためにもなる。完璧だろ?」
ラビィは少し、驚いた顔をしたままリュエンを眺めて……それから目を伏せて、笑って一言。ありがとうと感謝の言葉を述べた。
それに対して、リュエンはケラケラと笑って返す。
「……リュエンは解ったけどっ、アメリオン店主はいいのっ? こっちでお店もあるじゃないのよっ。」
「……俺みたいな、野垂れ死にして干からびて、ハエすらたからないミミズの様な男に気遣いは無用さ……。」
「えっ………いやっ、あのっ。」
こういうとこでもいちいち自分を乏しめるアメリオン。なんというか、そうしなくては死ぬのだろうかとラビィは思う。
「だからっ、アメリオンはいいのかって聞いてるのよっ?」
会話を進めるべく、ラビィは問い掛けを続けた。
「ああ……少し、三区でやり残した事もあったからな……丁度いいさ……。
リュエンにも、こっちに来た時に世話になったしな……。」
アメリオンは元々は五区の人間ではなく、三区の人間である。
彼も彼で、いろんな事情があるのだ。
「……そうっ。」
ラビィは少し考えてから、微笑みをその顔に浮かべた。
「……よしっ! それじゃあ、行くわよっ!」
元気な足取りで歩き出すラビィを見て、リュエンは軽く肩を竦めた後に歩き出す。
「……みんな。もし俺に何か危険が迫っても無視してくれよ……?
わざわざゴミを助ける必要なんかないんだからな……。」
「はいはい。三区行くし、土地勘欲しいしちゃんと助けるよその時は。」
一度口を開く度に、高確率で自分を乏しめるアメリオンにもしっかりとツッコミをいれつつ、三人は歩き出すのであった。