これから踏み出す新たなる一歩。
共に歩き出す鼓動のハーモニー。
視える景色は新世界。
さぁ、歩こう進もう向かおう行こう。
限りなく光り満ちた美しい世界。
「……………ん」
魔王少女、樋山 アクルは森の中で目を覚ました。
ぼーっとしながら起き上がり、身体が毛布にくるまれている事に気付く。
「…………?」
「起きましたか。」
周囲は木々に囲まれているが、焚き火が出来そうなくらいには空間があった。
実際に焚き火の跡が真ん中にあり、アクルの向かいに牛角の少年が座っている。
「あ……。あっ……!」
頭がハッキリして、ついでに小さな子供の様に彼に抱き付いて泣きじゃくった事を思い出し、アクルは赤面する。
「あ……えと、おはよう、ございます……。」
毛布をぎゅーっと抱いて、耳まで真っ赤にしながらモジモジと挨拶をするアクル。
どうやら、泣き疲れて眠ってしまったらしい。
「おうアクルたん。オッハー!」
そんなアクルの頭に、何時も通りの魔王の声が響いた。
「あ……」
少し、居心地の悪そうに見えたアクルに、牛若は木製のコップを差し出す。中には、緑茶が入っていた。
「よろしければ。」
「あ、ありがとうございます。」
「それと、こちらも。」
そう言って、牛若はパンを差し出す。何かの肉が挟んであり、サンドイッチのようである。
それも受け取り、アクルはもそもそと食べる。
パンは、ふんわりしているわけでもなく、硬めだ。肉もあまり味がなく、パサパサしている。
なんというか、保存食という感じの味だとアクルは思った。
「あまり、美味しいものでもありませぬが………」
少し申し訳なさそうに牛若が言うが、アクルは首を横に振った。なんというかまぁ、かなりお腹がすいていたので非常に美味しく感じる。
「まだありますぞ?」
いくつか差し出されて、アクルはお礼を言いつつ受け取り、口に運んだ。
ある程度食べて、お腹が膨れてくると倦怠感が消えていく。
アクルは、再びお茶を飲んでから、はふぅ、と息を吐いた。
その頃には、もう全回復であった。魔王パワーは、ご飯を食べるだけで回復出来るらしい。
「さて、魔王様。これからどうするか決めておりますか?」
「あ……いえ、何も考えてないです……。」
牛若に問われて、アクルは申し訳なさそうにしょんぼりと答える。
正直、生きる事だけに必死だった為に、プランなんてなにもない。
「左様でございますか。ならば、共に十一区を目指しましょう。」
「十一区……?」
「はい、十一区です。そこに、仲間がいると非羊(ひつじ)という者が申しておりました。」
聞き慣れぬ名前に首を傾げるアクルに対し、牛若はやんわりと微笑んだまま続ける。
「この牛若と同じ、魔星十二支の一人にございます。」
「えっ……?」
意外そうに目を見開くアクルに対し、牛若は力強く頷いた。
「魔王様。貴女が人間であると知りつつ、されど魔王と慕う者はこの牛若だけではないのです。
貴女はもう、お一人ではありませんぞ。」
「そう……なんだ……。」
なんだか、目頭が熱くなるのを感じた。思っているほど、状況は最悪ではないということらしい。
牛若が、大きめの袋の中に、食器等をいれている。もう発つのだろう。
アクルも立ち上がり、とりあえず毛布を丸める。
「…………」
丸めながら、少しばかり考え事をする。そうやって悶々しているアクルに対し、牛若は爽やかに声をかける。
「では、行きましょうか魔王様。ああ、毛布も私が。」
そう言って、毛布を受け取る牛若に対し、アクルは少しモジモジしながら、意を決した。
「あ、あの……その、えと…牛若さん。」
「……ん?」
柔らかな笑みで振り返る牛若に、アクルはキョドキョドとしながら告げる。
「あ、えと……あたし、アクルって言うんですっ……その、名前、です……。
出来ればその、名前で……呼んで欲しいんです……あたし、魔王っていう自覚がないですから……」
顔は朱を帯び、耳まで真っ赤に染め上げるアクル。端から見たら、まるで愛の告白でもしているかのようだった。
「そ、それでその……だから、魔王と部下……みたいな関係はその、ちょっと……でして……。
えと、もし迷惑じゃなければその……お、お、お……お友達に、なって欲しいんです……。」
目をぎゅーっと閉じながら言うアクル。周囲の木々が、風にそよぐ音と、小鳥の囀ずりがよく聞こえる。
「…………」
しばし流れる沈黙の後、牛若は静かに朗らかに笑った。
「ふむ。魔族というのはどうにも上下関係を気にせぬもの。
そう言ってくれるなら、儂もそうさせてもらうとするかな、アクル殿?」
それを聞いて、アクルはパッと顔を上げて牛若を見た。
「さて、この場に最早長居は無用じゃ。行くとしよう。」
そう言って、歩く背中を見ながら……アクルの顔は更に赤くなる。
「あ……は、はい!」
そして、笑顔でパタパタとアクルは牛若の背を折った。
「……えへへ。」
今まで、見せた事のない笑顔。もしかしたら、初めてこんな笑い方をしたのかもしれない。
「良かったなぁ、アクルたん。」
しみじみと魔王は呟く。思えば、ここに来てからは辛い事の連続だった。
だから、こんなふうに笑える様な出来事に巡り会えて、魔王もなんだかホッとした。
……今まで嫌な事だらけだったぶん、これからは良いことずくしならいいなと、魔王は思った。
「おっと、いかんいかん忘れるところであったわ。」
ふと牛若が立ち止まり、振り返る。
「すまぬなアクル殿。少し、待っててくれぬか?」
「え? あ、はい。」
キョトンとしながら、アクルはとりあえず近くに腰掛ける。
牛若は、何やら地面に円を描き、模様を描きつつ大きめの布袋から小瓶を取り出して、中に入っている綺麗な砂をまいた。
そして円の真ん中に立ち、何やら呟いたかと思えば、みるみるうちに頭の牛の角が消えていった。
灰色の髪が黒くなり、その姿は人間にしか見えない。
「わっ……な、なんですかそれ?」
アクルは驚き尋ねつつ、ふと思い出す。そう言えば喰鼠は、ネズミの耳や尻尾がはえている以外ほとんど人間みたいな姿だった事を。そして、何やら巨大なネズミの姿になった事を。
「うむ。これは『人化の法』といってな。
まぁ、見ての通りじゃよ。」
わりとじじくさい喋り方で爽やかに牛若は言う。
「魔族に伝わる魔法だぜー。出来る奴は出来るけど、出来ない奴は全然だな。不完全だったりそもそも出来なかったり。
牛若の奴は、完璧みてーだ。我の知ってる奴とやり方が違うが、誰かアレンジしたのかな?」
アクルの頭の中、魔王が説明を開始した。
「中には、溢れ出す力を抑えると、自然と人化の法が発動する奴もいるらしいな。喰鼠の奴もまぁ、その類いだろうよーぃ。
ちなみに、魔族は人間に化けれる奴が見ての通りいるけど、人間で魔族に化けれる奴はいないみたいだぜー。」
「そう……なんですか? どうして?」
なんだか不公平だとアクルは思う。
「さぁて、そこまでは我も知らんぜ。
一説によれば、魔族も人間も元々同じだったんだとか。
ある日、一部の人間が魔族に変貌したんだと。魔族が人間に変身出来るのは、先祖返りみたいなもんだとかなんとか。」
まぁ、眉唾物の話しだがなと魔王は笑った。