魔王少女、樋山 アクルは森の中を歩いていた。
その隣を、袴姿の青年、牛若が歩く。
「もうすぐ街に着くな。そこさえ出れば、五区とも御別れじゃ。」
牛若がそう言って、アクルは五区での事を思い出す。
来てすぐに、腕ごとお金を奪われた事。
ヘンタイ殺人鬼に襲われた事。
直後に魔族に遭遇した事や喰鼠達ネズミらとの死闘……。
なんとなく、嫌な思い出が多いが、悪い事だけではなかった。
助けてくれたベアル一派との出会い。仲良くしてくれたラビィやアメリオンに…………一応、リュエン。
「……………」
少しだけ目を閉じて、アクルは小さな胸に両手を当てる。
帰って来てもいい、というラビィの言葉を思い出す。
……彼女は自分の事を魔王だと知らなかったが、魔王だと知っても言ってくれるだろうか?
仮に帰っていたら、おかえりと言ってくれただろうか?
「さ、アクル殿。」
ふと声をかけられて、目を開くと優し気に微笑む牛若の姿。
「……うん。」
アクルも微笑みを返して、また歩き出す。
胸の中が、じんわりと温かくなるのを感じた。
少し冷たい風が、アクルのみつあみを撫でる。
蜘蛛の巣等を避けながら、アクルは少し牛若に近付いた。
「あの、牛若さん。」
「ん? なんじゃね?」
「その、ありがとうございます。えへへ……。」
そう言って、アクルは少し頬を朱に染めながら笑う。お礼を言いたかったのだ。
何度だって思い、噛み締める。一人では無い事の幸せというものを。
ずっと、こうやっていられたのならいいなぁ……と、アクルは思った。
「あ……。」
遠くに鳥が羽ばたくのが見えて、アクルはなんとなくそちらに大きな目を向ける。
だが、鳥にしては大きい気がする。というか、なんか鳥っぽくない。
「ふむ……あれはワイバーンじゃな。」
牛若がそちらに眼をやり、目を細める。
「ワイバーン?」
なんとなく、アクル的にも知ってる響きだ。
ドラゴンの一種だと魔王が言って、今まで初めてドラゴンらしいドラゴンを見たなぁ、とアクルは思った。
今まで見たドラゴンは、ワームとかいう巨大なミミズみたいな奴と、バニップとかいう蛇の体に鳥の顔が着いた様な、こう………なんというか、イメージと逸れたトリッキーな奴等ばかりだった。
「なんて言いますか……トカゲにコウモリの翼がはえた様なのっていないんですか?」
「いるよー。そいつは普通に、『ドラゴン』って呼んでるな。
中級の上位って感じの奴だぜー。ワイバーンは、中級の下らへんか中間辺りだなー。」
そうなんですかー、とアクルは遠くを飛ぶワイバーンを見ながら呟く。こちらに来る様子がないので、アクルも余裕があるのだ。
ワイバーンは、遠くの山へと羽ばたき消えて行くのを見ながら、とりあえずこっちに来なくて良かったなぁ、とアクルは思う。
「強いドラゴンとかって、どのくらい強いんですか?」
「んー。上位のドラゴンとかはヤバいな。普通に聖護士とか十二支が動く案件。
まぁ、流石にそういうレベルのドラゴンは、人里にも魔族の集落にも滅多に来ないけどね。数十年に一回とかそこらだ。」
つまり、アクルたんが戦う事は絶対無いぜと、魔王はやはりフラグを立てるのだった。
そうこうしてると街に着いた。やる気のまるで無い門番の脇を通り、アクルと牛若は門をくぐって街中に入る。
「……………」
ここはまだ五区の一部であり、アクルはオドオドしながら牛若の着物の裾を片手でキュッ、とつまみながら歩き出す。
そんなアクルに対しやんわりと微笑んで、牛若は少女の頭をポンポンと軽くたたきつつ、ゆっくりと歩き出す。
木造の街並みは、見た感じ中々に活気があった。
「安心して良いぞ、アクル殿。ここは治安が良い方らしいそうじゃ。」
なにより、と牛若は力強い笑みを浮かべ。
「儂がおるしな。」
と言った。喰鼠の強さを知るアクルとしては、頼もし過ぎる発言である。
この街の兵士が全員襲い掛かっても勝てるんじゃないだろうかとアクルは思う。実際にどうなのだろう?
「…………えへへ。」
頬思わず頬が緩み、笑みが溢れる。こんな風に安心出来るのは、本当にありがたい事だ。
「…………」
だが、怖いものは恐いので、変わらずアクルは牛若の着物を片手で掴みながら歩くのだった。
さてと、と牛若は近くの店で食料等でも買っていこうかと思案する。
フルールドの店から出た後、三日くらい山道を移動していたのだ。
道中、街とかもあったのだが……治安がかなり悪いので、立ち寄らなかった。
牛若一人ならなんてことないが、あまり修羅場に慣れてないアクルがいるため控えたのだ。
牛若としても、五区の宿で寝るよりかは野宿の方がマシだったし、アクルもそっちでいい……というより、そっちがいいと言ったので、そうした。
まぁ、そもそも五区から早く離れたい以上、街に入る必要も無かった。立ち寄る分まで進む方が早く着くからだ。
「ふむ……」
少し考えて、やめた。治安が良いとはいってもここは五区だ。買った食料におかしなものでも入ってるかもしれない。
それに、まだ余裕はある。次の街に着くまでは全然持つだろう。
「……あや?」
アクルは牛若の後を歩きながら、ふと小首を傾げた。
遠くに見えるもの。それは、駅のホームに見えたのだ。
よくよく見れば、線路も見える。
「新幹線、ですか? …………電車??」
「列車だぜぇ、魔道列車だ!」
魔王が簡単に説明すると、魔法の力を使った列車だそうだ。そのまんまである。
「これに乗れば、十一区まですぐじゃ。」
まったく、人間とは便利なものを造るものよと笑う牛若を眺めながら、魔法の力って凄いなぁ、とかアクルは思う。
「…………」
チケットを買う牛若を見て、アクルは来た道を振り返った。
これで五区ともお別れだ。随分と、長くこの区にいた気がする。
…………もう来る事はないのだろう。そう思うと、安心と共にどこか寂しいものを感じた。
寂しさを感じる事が出来たのは、きっとラビィ達のお陰だろう。ベアル、キーレース、アメリオン、カリブディーと一応リュエンの姿を思い浮かべる。
………だからアクルは、今見える景色を目に焼き付けた。
そして、これまでの日々に思いをよせたのであった。