鼻を突き刺す様な異臭に顔をしかめながら、アクルは恐る恐るワームを見上げる。
改めて、でかい。やっぱり勝てる気がしない。
「一手遅れてたらアクルたんシチューが一丁上がりだったぜー。危ない危ない。まったく、危険が危ないぜ。」
頭の声の、相変わらず緊張感がクソ程もなく頭痛が痛い発言を聞きながら、ゴクリとアクルは唾を飲む。
「と、溶けたら再生出来ませんか……?」
「出来るけど、液体が付着してる間は再生した箇所から溶けるから、ああいうのはガチで警戒しる。
ちなみに喰われたら、喰われ方にもよるけど腹ん中で溶けながら再生のループコンボだから超警戒な?」
それを聞いて、顔を真っ青にしながらワームを見上げると、ワームは二撃目の酸の液を吐こうとしている。
「……──ッ!」
慌ててアクルはそれを避ける。草木が邪魔だし地面は若干ぬかるんでいるしで動きにくい。
「ふむ……さして効かないとはいえ、突撃避けて反撃して来る奴に近付くのは賢い者のする事では無いってとこかな」
流石ドラゴンやでー、と頭の声は感心したような声を出す。まるで他人事のようである。
「そ、そんな事よりどうしたらいいですか……!?」
アドバイスが欲しいアクルは、頭の声に必死になって問い掛けた。
この状況でこれだけ余裕なのだ。もしかすると、なにか良い手があるかもしれない。
「勝て! 勝つしかない!」
しかし、帰って来たアドバイスは、まるでアドバイスになっていなかった。騒ぐだけでほとんど役に立たないのがこのヘッドボイス・クオリティーらしい。
「そ、そんな……ひっ!」
再びの突進。こけてよろけながらも、アクルはそれを避けて地面を転がった。
……結局、服を汚してばかりで、申し訳なく思う。
「え……ぅ……?」
そうこうしている内に、四発目くらいの『酸の吐液(アシッド・ブレス)』を吐いた辺りでワームの動きが止まった。
今度は何をしてくるのだろうかと、アクルは戦々恐々である。ドラゴンだし、火とか吐くつもりだろうか?
が、予想に反してワームは何もして来ない。ふい、と興味を無くしたようにアクルから顔を背け、ゆっくりと移動を開始した。
「帰って……くれるのかな?」
ホッと一息つくアクルだが
「いや、違うっぽいな」
という頭の声の言葉と同時にその顔は青ざめた。
ワームが向かう先は、町の方だ。
「わ……ぁ……」
……アクルの頭に浮かぶアルケス老人の姿。あんな風に優しくされたのは初めてだったと思う。
娘に似てると言って、衣服やら食事やらお金やらを提供してくれた、あの老人の笑顔が浮かんで───。
「わあぁぁ――――ッ!!!」
銀の大剣を握り締め、アクルは駆け出した。
元々死のうとした身だ。痛いのはいやだが、死ぬのはこの際いい。捨てた命なのだから。
───あたしのいのちなんて、どうでもいいんだ。
でも、あのおじいさんが死んでしまうのは嫌だ。アクルは大剣を振りかぶる。
致命傷をおっても再生する。記憶には無いが、コロコッタみたいな獣を八つ裂きに出来るだけの『力』が、あたしにはあるはずなんだ。
だから、だから……!
そんな決意と共に繰り出した一撃は────思い虚しく、あっかなく弾かれた。しかも、尻尾で軽くあしらうような一撃をくらいアクルの小さな身体は吹き飛んでしまった。
「あッ……! ガッ……! ギッ……!」
一撃で内臓が破裂しながら吹き飛び、頭を木に打ち付け、木を薙ぎ倒しながら頭蓋が割れ、また首も折れる。
ワームは一瞬アクルの方に目の無い顔を向けるが、みるみる内に再生してくる様子を伺って、面倒臭そうに町に向かっていく。
「よーし、アクルたんもう充分だ……沢山だって! 頑張ったから! もう無理みたいだから!」
頭の声は、立ち上がろうとするアクルに対してそう告げる。若干、焦った口調だ。
圧倒的な実力差は痛感したはずだ。なのに、まだ少女は立ち上がる。
「い、いや……だ……。」
アクルは大きな瞳から涙を溢しながら。
「あの人が……死んじゃうかもしれないじゃないですか……」
「あの人って……アルケスのじいさんか?」
頭の声の問いかけに、アクルは無言で頷いて銀の大剣をまた握る。
何がそこまでそうさせるのやら……助けて貰い、親切にしてもらったからその恩に報いたいという義心なのか?
それもあるのかもしれないが、何か、違う気がする。
ああ、と頭の声は思う。こいつ、自分自身に価値を見出だして無いんだ。
自分が生きてる事に価値を見出だしていないから、何かの為に生きようとするのだろう。
アルケスのじいさんに優しくしてもらったから。我が、必要だって言ったから。
ああ、かつての我に似てるんだな。ま、んなもんか。
「うっし、解ったぜアクルたん。なら、ちょいと落ち着け。呼吸を整えろ」
話しは、それからだ。
我等の本来の『力』なら……あんなドラゴン、たんなるミミズに過ぎないんだぜ。