「はいはーい、こっちだよー。」
黒髪サイドテールのゴスロリ女装少年、リュエンに言われてラビィとアメリオンは寂れた街中を歩いていた。
アメリオンは灰色のローブのポケットに片手を突っ込みながら、オレンジの長髪をかきあげて切れ長の目を周囲に向ける。
瓦礫の街。そんな印象だ。
そう言えば、治安の良いあの街から出る事はあまり無かったなとアメリオンは思う。
「……………っ」
長い銀髪ウェーブヘアーを靡かせて歩いていたラビィは、つり目を交差点の左側になんとなく游がせて、息を呑み軽く後悔した。
路上でヤってた。ラビィが前までいたあの街でもあったが、その比じゃない大乱交だ。
なんというか、おぞましい光景である。五区に住んでるが故に、多少は慣れたつもりでいたラビィからしても嫌な光景だ。
人間の交わりには見えない。ソレは、獣ですら無い。
それは肉のうねりだった。浅ましく、歪で、欲望を孕んだ肉のうねり。
人間とはあそこまで成れ果てる者なのかと、ラビィは思う。ただただ気分が悪い。心底気持ち悪い。
あそこまで行けば、もう嫌悪感以外には出て来ないものである。嗚呼、おぞましい。
アメリオンもラビィが見たモノに気が付いて、苦虫を噛み潰した様な顔になる。
「お~。やってるやってる。」
リュエンはヘラヘラ笑いながらナチュラルに言う。彼にとっては、慣れ親しんだ光景でしかないのだ。
「あれって結構楽しいんだよー。」
「やめてっ、流石に聞きたくないわよっ!」
わりとマジな空気を感じて、やれやれとリュエンは肩を竦めながら話題を変える事とにした。
「三区って、どんなとこ? 可愛い子とかいる?」
「…………綺麗所なら、一区じゃあないか?」
アメリオンは、そう言って黒いローブを纏う銀髪の少女を見る。
見た目は、華奢で絵に描いた様な美少女。見た目は。
一区人の特徴である。つまり、一区には彼女のような女性が沢山いるという事だ。
「ふぅん。」
リュエンもラビィの方に振り向いて、舐め回すようにラビィの顔や身体に視線を這わせる。
「な、なによぅ~っ。」
嫌そうにするラビィの顔を見ながら、「セクハラされて嫌そうにする女の子っていいよね!」と最低過ぎる発言をするリュエン。死ねばいいのに。
「一区かぁ、ちょっと行ってみたくはあるけど、ラビィは嫌なんじゃない?
戸籍の上では、ラビィは死んだ事になってるはずだし、大丈夫とは思うけどさ。」
「あぁ、うんっ……」
リュエンの問い掛けに対し、ラビィは遠くを見る様な目で生返事をして思いを馳せる。
一区、自分が生まれた地。
そして、母が眠る地。
「……でも、何時かはまた行きたいとは思うわよっ!」
ラビィは、そう言って笑った。くよくよしてても仕方がないし。
「すごくっ、綺麗な所なのよっ!」
身を切る様な寒さ。肺すら凍てつく冷気。滅多に日の射さぬ地。
だがそこには美しさがあった。あの遠き寒空に輝く星達も、煌めくオーロラのカーテンも、そして……あの地にのみ降る青き雪も。
「……しかし、嫌な所だな……。俺程じゃあないかもしれないが……」
アメリオンは異臭を感じ顔をしかめる。
ラビィは、早速始まった自虐に顔をしかめた。
あと、せっかく綺麗な故郷に思いを馳せていたのに、この汚い五区の現実に引き戻されてしまった。
「はいはい、我慢してよね? もうちょっとでこの街ともオサラバなんだからさ。」
と、リュエンはヘラヘラ笑いながら片手をヒラヒラさせて、再び踵を返し歩き出す。
「…………」
周囲から視線を感じ、ラビィは落ち着かない様子を見せる。
廃墟の様な家々や、路地裏等から明らかにこちらを伺っている者達がいるのだ。
「余裕見せた方がいいよー。その方が逆に、あっちは警戒してくれるし。
見た目が弱そうな僕らだからこそ、逆にあっちも凄く警戒してる訳だしね。」
実際に襲われても、切り抜けられる自信あるわけだしね。
やがて、リュエンは路地裏の方に歩いて行く。
道中、人の死体が沢山あった。
内臓を綺麗にくり貫かれたものや、わりと綺麗に死んでる人や、バラバラになってたりミンチになってたり、壁のシミになってる者までいる。
その他、腸が無数に壁に貼り付けてあったり、実際に貼り付けている最中の奴にもあった。
襲っては来なかったが、そいつ曰く、最近の流行りらしい。
より綺麗な腸を貼り付けるのがトレンドだとかなんとか、日常の会話をたしなむ様にリュエンと話しをしたりしていた。
流石にイカれてんなと、アメリオンは思うしラビィも思う。もっとも、二人とも結構な修羅場をくぐっている為か、取り乱すまではいかない。
まぁ、いい気分では流石にない。リュエンとしては、特別なにも感じていないようだ。
彼にとっては、知らない人間の死体はたんなる物質でしかない。知り合いならば、思うところもあるだろうが、知らない人間など存在すらしないも同義なのかもしれない。
「クスクス……待ってたわよ。」
やがて、路地の途中に一人の少女がいた。
白い、品の良さそうなブラウスの様な衣服に、黒い膝までのスカート。
黒い髪は、後ろは短く揃えてあるが、前髪は長くて目が隠れてしまっている。
身に纏う雰囲気は、こんな場所には不釣り合いな程に上品な感じだが、娼婦のような空気も醸し出している。
リュエンによると……実際に娼婦であり、殺し屋だそうだ。
この五区の主、『コロナ=ボレリアス=アポロソルン』という男の直下の部下だそうだ。
それからリュエン達は、先程出会った黒髪目隠れの少女の後ろを着いて歩いていた。
そこは暗い、光り刺さぬ通路。明かりは、少女の手に持つランタンの灯りだけである。
アクルが以前、この世界に来たばかりの頃に……八区でワームと戦い、聖護士に襲われた際に、アルケス老人に促され通った通路と似た様な造りである。
彼女によると、いくつかある一部の人しか知らない秘密の通路のひとつらしい。
実際に、入口は巧妙に隠してあったし。魔法で結界も取り付けてあったので、『証文』がなければ入れないのだろう。
「しかし、オルゥ一人で大丈夫だったの?」
いくつか分かれ道があるこの通路を使ってこの街まで来たのだろうが、この目隠れ少女、オルゥは直接的な戦闘はあまり得意な方では無い。
一般人よりは強いが、それでも危ないものは危ないだろう。
「あらリュエン、心配してくれるてるの?」
振り返り、クスクスと微笑むオルゥに対し、そりゃあね、とリュエンは笑みを返す。
「大丈夫よ。それよりも、リュエンの方が心配だわ。外でやっていけるのかしら?
それに、結構危ない事するんでしょう?」
「まあねー。ま、なんとかなるよ。ならないなら死ぬだけだしねー。」
親しげに会話する二人を見ながら、知り合いなのねとラビィは思う。
まぁ、元々この街に来たのはこの通路を通るためだった。
リュエンが、あてがあるからと言っていたのだ。フルールドとメリーに交渉した際に、連絡をとっていたようなのだ。
「そういえば、コロナ様はこの通路を使うの知ってるのかい?」
「言ってはないけど、知ってると思うわよ。あの人に隠し事なんて出来ないし、ダメだったらもっと何かリアクションがあると思うしね。」
「成る程、確かにねー。」
そうやって会話をしていると、行き止まりが見えて来た。
正確には、出口が見えて来たのだ。
オルゥが壁を細く白い指先でなぞると、壁は一瞬淡い光りを発する。
やがて真ん中を縦一列光りが走り、そのまま左右に開いた。
「それじゃあ、行ってらっしゃいリュエン。
……また逢えるかしら?」
「生きてたらねー。」
手をヒラヒラさせながら歩いて行くリュエンにクスリと微笑み、オルゥはラビィとアメリオンの方に顔を向けた。
「彼の事、よろしくね?」
「ん……まぁ、私が付き合わせた様なもんだしねっ!」
元気に返事をするラビィに笑みを浮かべて、オルゥは三人を見送り『扉』を閉めた。
「……さて、ここからなら近いかな?」
リュエンは地図を開いて森を歩く。少し歩いたら、街道が見えたのでそっちに向かった。
左右を見て、こっちだねと歩き出す三人。少し歩くと、後ろから馬車の走る音が聞こえたので道の脇による。
馬車を引く馬を見て、竜馬だなとアメリオンは呟く。
馬の様な爬虫類、二頭の竜馬が引く馬車は、大層豪華な造りだった。
三人の近くまで来ると、大きな馬車は速度を緩めて行く。
「御機嫌よう、旅の方。……どちらまで?」
やがて、馬車に着いた窓から一人の少女が顔を出した。
美しい紅く長い髪と、とても勝ち気そうなつり目の美しい顔立ちの少女。
彼女の名は『プリキュオン・ハドリアース』
…………アクルがこの世界に来たばかりの頃に、少しだけ世話になった人物である。