アクルはぼんやりとまた外を眺めていた。
向かいの席に牛若の姿は無い。
しばらくは良かったのだが、牛若はどうにも乗り物には弱かったらしく……具合いを悪くして席を立ってしまったのだ。
「……………あや?」
ふとアクルは小首を傾げた。列車が明らかに遅くなっているのである。
変だなぁ、とか思っていると、通路から二人分の足音と話し声が聞こえてきた。
「まったく、エリーはだらしないなぁ。
ていうか、魔力大して減ってなさそうに見えるんですけどー?」
「あのなっ……魔力に余裕あっても体力となにより精神的に余裕無いんだぞっ! あれ、かなりキツいんだぞっ! だぞっ!」
女性の声が二人分である。片方には、聞き覚えがあった。
椅子からひょっこりと顔を出して、通路の方に目をやると……奥からこちら側に向かって歩く少女が二人。
一人はオレンジ色の髪をした眼鏡を着けた背の高い少女である。
後ろが短めの髪と、青っぽいつばつき帽子を頭に被り、青っぽい長袖の上着と長いスカートを身に付けている。
背中には何やら巨大な斧を背負っていた。
見た目は、以前ベアルが持っていた長柄の斧、クレセントアックスよりゴツい。(ただし、どうやらベアルのクレセントアックスの方が、何故だか重いらしい。)
背こそ高いが、その斧はどう見ても少女には不釣り合いに見えた。
この少女は完全に初見である。が、もう一人の方には見覚えがあった。
長く、腰まで届く金色のふわふわウェーブヘアーに、雪国から来たかの様な白いモコモコの衣服。
お人形さんの様な可愛らしく、どこか儚げなまさに美少女というべきその顔が、アクルの方に向く。
紫の瞳が一度アクルを映し、視線を逸らして───
「あっ!」
目を見開き、アクルの事を思い出したようで、背の高い相方の脇をパタパタ忙しなく抜いてから、アクルにその顔を近付け嬉しそうな顔をする。
「おーっ! 久しぶりだなっ! お前、あの時の奴じゃあないかっ! ほら、あれあれ! あの時のっ、えーとっ………」
少し眉をよせて、困った仕草で目を泳がせつつ、少女は人差し指を口許にもっていき考えてから……思い付いたらしく、パッと顔を輝かせた。
まるで電球がついたかのように明るくなったのだ。そして……
「毒キノコの女っ! 毒キノコの女じゃないかっ! 久しぶりだなっ、毒キノコの女っ!」
これである。アクルの顔がひきつり、頬がヒクヒクした。
「ど……毒キノコの女……?」
「ぶっふぉっ! ど、毒キノコの女……! クッソワロタぜ、アクルたんは毒キノコの女……!
コッポォ!!!ボッフォフォフォフォフォ!!!」
そして大爆笑する魔王様。というか、だいたいコイツのせいであるのだが。
魔王が言ったのだ。腹ペコ少女アクルに対し、間違ったキノコ論をぶちまけたのだ。
野生に群生しているキノコは、素人判断では『絶対に』食べてはいけないというのに……プロですら、安全とは言い切れないのだ。
笑い話しで済んで良かったといったところであるのだが……。
アクルとしても、その事を魔王に抗議したいのだが、生憎今の状況でそれをするわけにはいかない。
「なになに?エリーの知り合い?
あらやだ、私より可愛い娘じゃないですかー。コンパスだよ。コンパス・クリクニース、私の名前ね?
よろしくお願いしますね。えーと、ポイズン・マッシュルームちゃん?」
「あ……アクルです……。あたしの名前はアクルなんです……」
力なく自己紹介をするアクルに対し、そうだったか、と少女は笑う。
「改めてだなっ! 私はエリダヌスだぞっ! いやー、生きてて良かったなっ!
カエンタケかドクツルタケか、ドクアジロガサでも食って死んだんじゃあないかと思ってたぞっ!」
「なにその絶対殺す系ラインナップ怖い」
そう言って笑うエリダヌスに対し、魔王は恐ろしき毒キノコに戦慄し、アクルはひきつった笑いを浮かべるしか出来ないのであった。
アクルは、エリダヌスの中ですっかり毒キノコ大好き少女にされてしまっているらしかった。
「うう……なんとか挽回しなきゃ……」
呟くアクルの頭の中で、魔王は「卍解!『紅天狗竹!』」 とか叫んでいる。とりあえず解る事は、自分のせいだと思っていないらしい。
単純に覚えていないだけか、俺は悪くねぇ! なのかは知らないし、あんまり知りたくもないが。
「あ……えと、その、エリダヌスさんはなんでこの列車に?」
話題を変えようとアクルは尋ねると、エリダヌスはすんなりと答えてくれた。
「あれだっ。この列車を動かす為に雇われたんだぞっ! めちゃくちゃしんどいぞっ!」
「………………え?」
なんというか……予想の斜め上の返答であった。この列車、なんか魔法パワーで動いてるんだろうなと思っていたが……まさか人力なんだろうか?
首を傾げるアクルに対し、隣にいるやたら背が高い眼鏡少女、コンパスが笑いながら説明をする。
「この列車は、誰かが動力源になる必要があるんですよー。 直接魔力を送り込んで、そのエネルギーを利用して動くってわけ。
で、いろいろあってそれを専門とする魔術師達が、集団食中毒にあってしまってねぇ。臨時で駆り出されたんだよ。」
はぁ、とアクルは呟く。よく解らないが、一人でこんな、ばかでかい物を動かせるものなんだろうか?
「エリーの魔力は化け物みたいだからねぇ。」
アクルの疑問に答えるようにコンパスが言う。魔王も、確かにアホみてーな魔力を持ってやがるなと同意しているが、アクルにはよく解らない話しだ。
「ん? でもアイツ、世界は狭そうだな。射程短そうだ。」
魔王がまたもやよく解らない話しをして、アクルはますます小首を傾げる。
そういえば、以前魔王は魔法に対する説明で、なんか自分の世界を広げてその中で魔力を消費し、奇跡を起こすのが魔法だとか言ってた事を思い出すが、それでも今一よく解らない。
結局アクルは思考を辞めた。魔法なんてものが存在しない世界に生まれた自分に、完全に理解する事など出来ないだろう。
「集団食中毒のせいでっ、私は大変だぞっ! きっと奴等め、毒キノコを食ったにちがいないんだぞっ!」
そしてエリダヌスはまだ毒キノコの話題を引っ張る心づもりらしい。
魔王のせいで散々である。