「……眠れん。」
七区の十二聖護士、ライブル・アストライヤーは簡素なベッドの上で目を開けた。
眠い。実に眠い。が、腹が減った。
そう言えば、ろくに何も食べていなかったなと彼女は粗末な毛布から抜け出て、狭い物置の様な部屋で軽く首を鳴らす。
欠伸をひとつしてから、乱暴に頭を掻いて立ち上がった。やはり、ヴァルアの奴と行けば良かったなと軽く後悔しつつ、彼女は歩き出す。
部屋を出てから一度深呼吸をしてから、通路を歩き出す。
しばらく歩いた彼女の目に、なにやら騒ぐ三人の少女が映った。
二人は知っている。聖護士養成学科の、コンパス・クリクニースとエリダヌスだ。
一人は知らないが、かなり人畜無害そうな黒髪の女の子である。見た感じ、十二歳くらいだろうか?
ぼんやりとする頭を軽く振るが、頭の霧は晴れてはくれない。
まぁだが、とりあえず見た感じ……学科の者が一般乗客にちょっかいをかけている様にしか見えない。これは注意せねばなるまい。
―――話しによっては、折る。
ライブルはそんな考えのもと、二人に「おい。」と声をかけた。
笑う二人の少女。しかし見てみると、結構な身長差である。
アクル程ではないにせよ、かなり小さいエリダヌスと並ぶとコンパスはとても背が高く見える。
実際に、コンパスが女性にしては高身長なのもあって、並ぶとまさに大人と子供である。
まるでお人形さんのようなエリダヌスの容姿もあり、コンパスの足下でチョロチョロと元気な姿が実に微笑ましい。年齢はさほど変わらないんだけどね。
「しかし見て下さいよアクルちゃん、このエリーの可愛さ!」
「やめろーっ! はなせーっ!」
不意にコンパスはエリダヌスの両わきを掴んだかと思えば、お人形さんのように掲げ始めた。
当然ながら嫌がり、じたばたするエリダヌスを見ながら、アクルは、あわわ、と困惑。
なんとか降ろしてもらうが、エリダヌスはぷんすかと怒ってしまった。
だが、コンパスはまるで気にせずにケラケラしている。
「くそーっ! あと十センチ! いや、二十くらい欲しいぞっ!」
悔しそうに叫びながら、エリダヌスはじたんだを踏んでいて、それを見てコンパスは滅茶苦茶楽しそうに笑っている。
「いやー、エリーは本当にいい和みキャラだよ。頬っぺたもふにふにしてますしねぇー。」
「やめろォッ! 撫でるなーっ! 髪が乱れ……頬っぺた触るなーっ!」
されるがままにされるエリダヌス。そこには圧倒的体格差があった。
「あ、あの、その……や、やめたほうが……」
からかわれているエリダヌスが不憫に思えて来たアクルは、おずおずと助け船を出す事にした。
「毒キノコの女と、不名誉なアダ名を着けた相手でも助けようとするアクルたんマジ天使(エンジェル)。」
そのアダ名は、だいたい魔王さんのせいだもん。とアクルは思う。
「ん〜…………」
両手でエリダヌスの頬っぺたをふにーっ、と弄んでいたコンパスは、止めに入って来たアクルをじーっ、と眺め始めた。
「な、なんですか……?」
ジロリジロジロと眺められて、アクルはなんとなく居心地が悪くなるのを感じる。
コンパスは、無表情でアクルの方に向かって歩を進めて。
「わきゃ――――っ!!?」
「な、なにをするだァ―!?」
なんとアクルの両腋を掴み、エリダヌスにやったように、たかいたかーい! をやりだしたのだ!
「は、はなしてー! 離して下さい!放して下さい!」
驚いてばたつくアクルを見ながら、やはり! とコンパスは笑う。
「小さい!この娘、エリーちゃんより!
うい奴めー、ひゃあ! 我慢できねぇー!」
と、最高にハイって奴になってしまったコンパスは、アクルをそのまま抱き締めて頭をわしゃわしゃしてしまう。
「やめてー! やめてー!」
「ヤメロー! ヤメロー!」
アクルはバタバタともがくが、コンパスの力が何気に強く脱出出来ない。
……あと、何気に頭を撫でられる感覚が意外に嫌いになれず、本気ではもがいていない、というのもあるらしい。
「おいバカッ、やめろっ!」
エリダヌスに止められて、コンパスは仕方なさそうにアクルを解放した。
「あ、あぅぅ……。」
若干息を絶え絶えにしながらアクルは席に戻る。
「大丈夫かっ? どく……えーとっ、アクルッ!」
エリダヌスが、さりげなくまた毒キノコの女と呼ぼうとした事には気付かずに、アクルはコクコクと頭を縦に揺らす。
「……おい。」
そこに、アクルでもエリダヌスでもコンパスでもない、やや低めの女性の声が響いて、エリダヌスとコンパスの肩がビクンと跳ね上がる。
アクルがそちらに大きな目を向けると、小柄な女性が立っていた。
黒髪で、なんというか……平安貴族の様な引き眉をした法衣を身に纏う女性の姿。
眼鏡を着けていて、アクルよりかは短めのみつあみ(というか弁髪……同じようなものかな)をしている。
誰だろう? と思うアクルとは裏腹に、コンパスとエリダヌスは明らかに顔色が変わった。
魔王曰く、電子ジャーを出されたピッコロ大魔王みたいな顔になっているとの事だが……アクルがそんな細かいところまで解るはずもない。
「ら、ライブル聖護士! あ、いえ、これは別に……。」
何をやっているかと、やや怒気をはらんだ声色にコンパスの顔色が更に悪くなりしどろもどろ。
「せ、聖護士……!?」
「ワッザッ!?」
聖護士という単語にアクルと魔王は同時に驚愕した。
「……一般市民に迷惑をかけている様に見えたが?」
「あっ、いやっ、違いますぞっ! 知り合いなんですぞっ!」
突然の聖護士の来訪に、思考が停止し放心状態になっていたアクルではあったが、エリダヌスの声にアクルはハタと正気に戻る。
「あ、あの……! そ、その、あたし迷惑してたわけじゃあないです……!」
とりあえず、ピンチっぽいのでアクルは即座に助け船を出してみた。
「……………」
ライブルの視線がアクルと重なる。
その目は鋭く力強く、しかし威圧するものはない。酷く、安心出来る優しい目をしていた。
「……そうか。どうやら、お節介だったようだな。」
ライブルはそう言って、やんわりと微笑みを浮かべた。
「お前達もすまなかったな。」
「あ、いえいえ。」
とりあえず危機脱却といった感じで、コンパスとエリダヌスはホッと胸を撫で下ろした。
「……まぁだが、今日は乗客がほとんどいないとはいえ公共の場だ。あまり騒がしくはしないように。」
そう言って、三人が頷くのを見てからライブルはまたアクルに視線を向けた。
「では、私は失礼するよ。良き旅路を満喫してくれ。」
微笑みながらそう言って、そしてそのまま二人の脇を通ってライブルは歩き出す。
「……………」
しかし、足がふらつくなとライブルは思った。最近はどうにも忙しく、ほとんど眠れていないので仕方がないと言えば仕方がないのだが。
食事を済ませたら、さっさと寝るかなとライブルは欠伸を噛み殺すのだった。
「あ、焦った〜………」
「お前のせいだぞっ!ばかっ!」
「い、いやぁ〜……悪気はなかったし、モーマンタイって事でここはひとつ!」
あははと照れ臭そうに頭を掻いて、コンパスはアクルを見る。
アクルは、ライブルの去った方を見ながらゴクリと喉を鳴らしていた。
「えーと、アクルちゃん?大丈夫ですよー。ライブル聖護士怖い人………だけど、優しいから!」
朗らかに笑いながら、コンパスはアクルの頭をペシペシと叩く。
「お前、馴れ馴れしいぞっ………。まぁ、ありがとなっ、アクル」
「え?あ、いえ、その、別に………」
「あ、お昼お昼!時間なくなっちゃう!」
懐から出した懐中時計を眺めて声をあげるコンパスに、ああ、とエリダヌスは頷く。
「もう少しいいんじゃないかっ?」
「………エリー、サボろうとしてるでしょ?」
ちょっとジト目で見られて、バレたかとエリダヌスは舌を打つ。
「じゃあなっ、アクル!また今度会う事があったら、美味しい毒キノコを教えてくれだぞっ!」
そう、笑いながら去って行くエリダヌスを……アクルは苦笑交じりに手を振って見送った。
ちなみに魔王は爆笑していた。