「おや、ライブル。」
食事を終えて、部屋に戻ろうと席を立ち上がり、リザドとアノースに別れを告げ歩き出したヴァルアは、食堂から出た。
そこに、ばったりとライブルと再会。思わず、ヴァルアの顔は喜色に染まる。
「やぁ、ヴァルア。結局、腹がへって眠る事すら出来んよ。」
そう言って、肩を竦めて苦笑するライブルに対し、まぁ、と一言……ヴァルアは口元に手を当て上品に笑った。
少し、ホッとしていた。食欲があるのは元気な証拠だから。
大丈夫だとは思っていて、でも、安心したのだ。
「ゆっくりしていて下さい、ライブル。せめてこの列車に乗っている間は。」
ヴァルアの言葉を聞いて、そうだな、とライブルは少し目を閉じ笑った。
「なら、何か起きたら君に任せるとしよう。」
「ふふ……もちろんですとも。私だけでなく、学生の方々もいますよ?」
「そうだな………だが、あの子らはまだまだ未熟だからね。そういう意味でも、君に頼もう」
「ふふふ……では、任されました」
そう言い残して、それではと二人は別れて歩き出す。
少し、鼻歌交じりに通路を歩いていたヴァルア。……しかし、その顔から笑みが消えた。
「……!」
ヴァルアが通路を歩く際に、その眼が一人の少年を捉えた。
……正確には、彼女の感覚が。
黒髪で、長めの髪を後ろで一本に編んだ袴姿の少年。
だが……彼女は見抜いたのだ。彼が人間では無いという事を。
「……貴方は、魔族……ですね?」
「……なんの事かな?」
アクルの所に戻ろうとしていた牛若は、ふと一人の美しき女性にそう問われた。
人化の法は完璧なはずじゃがな。何故、バレたか。
牛若は考える。少なくとも、相手は確信を持っているだろう。
………そして、この感じ。この者は、恐らく───
「……………何故、ここに?」
緊張した様子でヴァルアが問い掛ける。
問い掛けながら……ヴァルアは両手をダラリと垂らした。
それは、彼女の構えのひとつ。………つまり、何時でも攻撃可能。迎撃も、可能。
それを見た牛若もまた、静かに臨戦体勢に入る。
「……一応、言っておこうかな。儂は人間に危害を加えるつもりはない。」
「………………」
緊迫した空気が、辺りを包み込む。
ヴァルアは心優しい性格だ。………だからといって、敵の言う事を素直に聞く程に甘くもない。
ここで選択を間違えれば、困るのは自分だけじゃない。命を落とす者も現れるかもしれないのだから。
「……………何が、目的ですか?」
ヘマをやらかしたのう、とか思いながらも牛若はヴァルアの問い掛けに対し、そうじゃな、と呟く。
考えてみると、目的は結構不透明だ。
「まぁ、この列車とやらには移動の目的で乗っただけじゃ。目的地は言えんがな。
とりあえず、先程も言った通り人間に危害を加えるつもりは一切無い。」
ヴァルアは、やや困惑した様子で牛若を見る。
嘘を言ってる様には見えない。たが、意図が解らない。目的が掴めない。………それは、なんというか、気味が悪い。
「……まぁ、信じれないのは無理もないがな。
だが、どうする? 儂とやるか?一応言っておくが、儂は強いぞ。争えば、被害が大きくなると思うが?」
「……そう、ですね。」
ヴァルアは歯切れ悪く返答する。彼女は、基本的に争い事は嫌いだ。だが、この列車に魔族が乗っているという事態はまずい。
しかも……この感覚はただの魔族ではない。十二支か、それレベルの魔族だとヴァルアは見抜いていた。
「…………」
一触即発の空気の中、ヴァルアは自身の『感覚の世界』を広げた。
周囲にあるありとあらゆる『命』を、彼女は直に感知する事が出来るのだ。
ほぼ一瞬にして、半径数百キロもの距離を広げて周囲を探るヴァルア。目の前にいる魔族の少年の以外、他に魔族は……。
「────────え?」
そして、この列車の中に奇妙な感覚を発見した。思わず目を見開く。
人間と魔族の命を、奇妙な何かが包んでいるのだ。
「え……? これ、は……?」
そこでヴァルアが思い出すのは、以前尋ねて来た十二区の十二聖護士、ピスケラ・アルレーシャの言葉だ。
人間と魔族が入り交じった魔王に出会ったと。
「これが……」
─────魔王?
だが、ふたつの命を包み、同化させていく……これは?
どこかで、感じたような……。
「……どうなされた?」
目の前にいる魔族の少年に問われて、ヴァルアはハッと我に帰る。
少年、牛若は怪訝そうな表情をしていて、そして少し咳払いをした。
「……………あー。敵であるじゃろう儂がこう言ってはなんじゃが……今、殺ろうと思えば殺れたぞ?」
「……そう、みたいですね……。」
予想外な物を感知してしまったとはいえ、我ながら間抜けだとヴァルアは思う。思わず、苦笑い。
この少年が、警戒こそしているが一切殺意が無いとはいえ、だ。
……本当に、危害を加えるつもりはないようですね。
ピスケラによれば、魔王はどうにも人畜無害な少女らしい。
……確か、魔王でありながら魔族にも狙われていたと聞いている。
「……貴方は、この列車にいる魔王の守衛ですか?」
その言葉に少年は目をカッと開き、素早くまた身構えた。
「……何故に、魔王様がいる事を知っている?」
警戒と、敵意をその目に宿した少年の姿に、成る程とヴァルアは思う。
魔王の立場がおかしくとも、遣えようとする魔族もいるものだろう。
ピスケラの見た魔王の姿が、偽りを演じていないのならば……確かに、この魔族が人間に危害を加えるつもりは無いというのは、本当なのかもしれない。少なくとも、信じられる……かもしれない。
「……あなた方は────。」
ヴァルアが質問をしようとしたその瞬間、彼女の数百キロの感知世界の中に、五人分の魔族の気配を感じとった。
線路の先だ。今は、故あってこの列車はかなり速度を落としているが……。
魔族達はどうやら、レールを壊しているらしい。
再び、ヴァルアは目を見開く。
いったい、どこから……?
線路がある辺りは厳重であり、魔族が近付こうものならもっと早く解るはずだ。なのに……。
「くっ……!」
ヴァルアはエメラルド・ブルーの瞳を牛若に向けて。
「……ひとまずは、貴方の言い分を信じましょう。
一応警告しておきます。この列車には……私以外にもう一人、十二聖護士がいると。」
「なに……!?」
これには牛若も驚いた。一人ならまだしも、二人いるとは。
ヴァルアは、牛若に対して釘を刺す意味でそう告げた後、彼から背を向けて列車の壁に手を当てる。
壁は、桃色の花弁となり舞い散ってなくなり、ヴァルアはそこから列車の外へと躍り出る。
そして、彼女が地面に着地し列車の進行方向に駆け出す頃に、花弁が集まりまた壁は元通りになっていた。
それを見送って、牛若は足早にアクルの下へと急ぐのだった。