アクルと牛若は、森を走って移動していた。
聖護士が二人もいる列車に残るのはまずいと考えての事である。
「……………はふぅ」
「アクルたん、まだ顔が赤いぜぃ。」
魔王はケラケラ笑う。確かに、アクルは赤い顔をしていた。
理由は、列車から脱出する際の出来事である。
走る列車から飛び降りるとなり、少しだけしり込みしたアクルを抱えて降りたのだ。
……いわゆる、お姫様だっこをしたのである。
「アクルたんったら……こらメスの顔ッスわ。」
ぽやーっとしているアクルに対し、魔王はそうぼやくのだった。
ちなみに、牛若としてはそのままお姫様抱っこのまま走ろうとしたのだが、アクルが恥ずかしがり普通に走る事にしたのである。
幸い、アクルだって遅くはない。ならばとそのまま走ったのである。
ある程度の距離になり、牛若は少し息を吐いた。
「ふむ……ここまで離れれば、大丈夫かな。」
誰かが追って来る気配もなく、牛若は、よしよし、と呟く。
「すまぬな、アクル殿。なんというか、走らせてしまった。
それに、このまま十一区に向かわねばならぬ……。」
「え? あっ、えと……だ、大丈夫ですよ、あたしは平気ですから。」
そう言って、ニコニコと屈託の無い笑顔を向けられて、牛若もまた、そうか、と微笑み歩き出す。
「えと、その……十一区で、待ってくれてる方がいるんですよね?」
「うむ、そうじゃな。音兎(オト)という者じゃ。
ウサギ族の女で、儂と同じ十二支の一人よ。」
「じゅ、十二支の方なんですね………?」
それを聞いて、アクルはどんな方なんだろうと思う。女性の方で十二支かー。
「ウサギ族は基本的に小柄なのが多いぜー。直接戦闘よりも、支援とかを得意とする奴が多いな。」
魔王の捕捉を聞いて、アクルはそうなんですか、と呟く。
魔族にもいろいろいるらしい。
「さて……十一区まで時間がかかりそうじゃな。」
音兎の奴、大人しくしておれば良いがのうと牛若は思う。落ち着きの無い奴じゃからな、あやつは。
まぁ、流石におかしな事はせんじゃろうが……。
何やら思案している牛若の背を追いながら、アクルはトコトコと歩く。
森の中なので足場が悪く歩きにくいが、流石にもう慣れている。こういう場所での戦闘も多かったので。
魔王曰く、アクルたんは順応が早いとの事だが、どうなのだろうか。
ここに来て、だいたい2ヶ月くらいだろうか?そのうち、多分だが半分くらいはこういう道を歩いていたのだ。慣れるものだろう。
むしろ遅いくらいじゃあないかな、とか思いつつ……アクルは透き通る様な空を見上げた。
ぼんやりと眺めていると、ふと視界の隅で鳥の羽根らしきものが舞うのが見えた。
なんだろう、と思うのと同時に、その光景は何処かで視た事があるぞと、頭の中で魔王ではなく……もう一人の自分が警鐘を鳴らした気がした。
「アクル殿!」
直後、強い力で先を歩いていた牛若に片手を引かれて、アクルはよろけながらその方向に。
そして、結果的に牛若の胸に飛び込む形になった。
「…………………牛若。」
聞き覚えのある声が聞こえて、アクルはギクリとする。
背筋が凍るようだ。知っている。この声を。
そう、この世界に来たばかりのあの日に聞いた唄う様な声。
恐る恐るアクルは振り返り、少し見上げるとその男はそこにいた。樹上の枝に腰掛けて、猛禽類の様な眼でこちらを見下ろしている。
長い茶髪と美麗な顔立ち。背中には、鳥の翼。
茶の胴着みたいな衣服を身に纏う魔族の男性……名は、天鵬(テンホウ)。この世界で、アクルが初めて出会った魔星十二支だ。
「ひっ……!」
その猛禽類の様な眼光で睨まれて、アクルはあの日と同じく心臓を鷲掴みされるような恐怖を感じる。
「……大丈夫じゃ。」
耳元で聞こえる優しい声。牛若は、静かにアクルを自身から離して、背後にやった。
「牛若、なぜ……?」
「何故は、こちらの台詞じゃな、天鵬。」
短いやりとりの後、視線を交えて少しの間。
そこから互いに、臨戦体勢に入った。
周囲の空気が震え、風も無いのに木々がざわつき木の葉が舞う。
魔星十二支が二人、殺気を放ちぶつけあっているのだ。
ゴクリとアクルの喉が鳴る。
やがて、天鵬の周囲に羽根が舞い散り……牛若が、姿勢を低くした。
それを見て天鵬は、うっすらと笑いながら、口を開く。
「……牛若、どうしても退いてはくれませんか?」
「愚問を言うな、天鵬よ。魔王様を守るのが十二支として成すべき使命であろう?
たとえ、それが人の身であったとしても。」
それを聞いて、天鵬は、やれやれ、と肩をすくめる。ならば、仕方がありませんね。
「……見逃して、差し上げますよ。」
そう言って、腕を組む天鵬に対し、牛若もまた構えを解いた。
「ですが牛若。私以外の者達は、見逃してはくれませんよ。
……私とて、次に会う時はどうなるか。」
そこで天鵬は、冷笑を浮かべながらアクルを見た。
アクルは、両肩をビクリと跳ねさせて、怯えた顔のまま固まる。
「……天鵬よ。」
「言わないで下さい、牛若。悪いですが、我々の考えは変わりませんよ。」
そう言ってから、天鵬は立ち上がり翼を広げて。
「ごきげんよう。」
そう言い残して、空に羽ばたき消えていった。
「……牛若、さん。」
静けさを取り戻した森の中、いまだ震えたままアクルは牛若の名を呼ぶ。
自分の、せいだろうか? あたしのせいで……。
「うむ? どうなされた?」
振り返った牛若の表情は、何時も通り穏やかなものだった。
「天鵬の奴も困ったものじゃな。怖かったかな? だがもう大丈夫じゃ、行こう。」
そう言って、牛若は少女に手を差し伸べる。
「あ……。」
アクルは、おずおずとその手を握った。
手のひらから伝わる温もりに安心しながらも、このままじゃいけないとアクルは思う。
そして、もっと強くありたいなと……アクルは思うのだった。