そこは滅多に日が射さぬ暗き地。
降り積もりしは青き雪。往くは赤き蛇の瞳。
暗い街中を、鬼遣いスネルフは歩いていた。
絵本の中を思わせる様な木造の建物が並ぶ舗装された道を、街灯の淡い光りと青白い月が周囲を幻想的に照らしている。
光りを放つのはそれだけでは無い。
家々には明かりが点いていて、人の気配を感じさせている。
この地にて、特に目をひくのはまず降りしきる青い雪だろう。
ブルースノーは、この一区にのみに降る雪だ。青く淡く発光しながら空から舞い降り、地面に落ちると静かに光りは溶けて消えてただの雪になる。
そしてもうひとつ。街路樹になっているカラフルな木の実だ。
赤、青、桃、白……他、様々な色を着けるリンゴくらいのサイズをした丸い果実。
アルミルナの果実と呼ばれる、この地、原産の果実である。
もしもアクルがこれらの果実を見ていたら、真っ先にクリスマスツリーの飾り的なものを連想しただろう。
アルミルナの果実もまた、淡く発光しており………それがまた、美しく。
それらの光りが夜闇の中に浮かび、さらにこの街を幻想的なものに演出していた。
黒髪と赤目で長身痩身の男性、スネルフはそんな街中を歩く。
流石に寒いらしく、モコモコの灰色防寒着を身に付けていて、顔以外からその白く、男にしては小綺麗な肌を見る事が出来ない。
暗い周囲を眺めながら、まだ朝の十時くらいなんだがなと思う。深夜並の暗さだ。
一応、事前に聞いていたので知ってはいたが、やはり実際に目の当たりにすると思う事もある。
しかし、綺麗だなとスネルフは少しばかり街の景色に見とれた。
あらゆる物が運動を停止する極寒の世界。言わば、本来なら生物の立ち寄らぬ死の世界。
されどそこは、こうも美しい。
ここにやって来る旅行者の中には、この景色に見惚れて眺め続け、そのまま凍死してしまう者までいる……なんていう逸話がある。
そんな話しがあるのも頷けるなと、スネルフは思った。
少しだけ足に力を込めて、スネルフは軽くジャンプして淡く光るアルミルナの果実をひとつもぎ取る。
そこらになっている果実は自由に取っても良いので、一区の子供達がよく取って食べるらしい。
一口かじると、シャクッ、と音が鳴る。
外側はパリッと歯応えが楽しめ、中の果肉はほとんどが果汁といった感じだ。濃厚な、果実独特の甘さと爽やかで甘い酸味が口の中に広がって行く。
このアルミルナの果実は、一区では手頃に食べられるが他ではあまりお目にかかれない。
熱に弱いのか、一区を包む独特な魔力によるものかは知らないが、他の区に輸出されるとすぐに腐ってしまうのだ。
当然、話しは出回ってもその物は五区には出回っていなかった為に、スネルフとしても興味があったらしい。
期待していたより美味しかったらしく、ひとつ食べ終えたスネルフはもうひとつもぎ取り、口に運んだ。
シャクシャクとアルミルナの果実を食べながら歩くスネルフ。
ちなみに、アルミルナというのは神様の名前であるそうな。大昔、この地に降り立ち、この実とこの地での暮らし方を広めたのだという。
ちなみに、この地の領主、『パーダリス・アルミルナ』は、その女神アルミルナの血をひいてるのだそうだ。
スネルフは、遠くに聳え立つ時計台の様な建物を目指していた。
大きな鐘と時計。あの建物は、この一区最大の図書館らしい。
一区は寒く、基本的に誰も外に出たがらない。
その為に、簡単に楽しめる娯楽と言えばやはり本なのだ。読書である。
この一区には、かなりの量の本が集まるのだ。そして、最大の図書館であるあの建物には、それはそれは凄まじい量の本がある事だろう。
もっとも、スネルフは別に読書大好き人間では無いし、嫌いでは無いがそのためにあの図書館を目指している訳では無い。
あそこにいるのだ。依頼人であるメリーと、自分を呼んでいるのだというこの一区の十二聖護士、『エリス・メサルティム』が。
さて、どんな話しが飛び出す事やらと思っているスネルフは、ふと周囲の家々に明かりが無い事に気付いた。
空き家というには綺麗である。皆、仕事にでも行ったのか?
そんな思案をしていると、橋が見えた。
馬車が二台くらい、通れそうな程度の橋。水が流れる音が聞こえる。
こんな寒くても川は流れるもんなのかと思いながら、スネルフは橋の真ん中に立つ一人の少女を赤い瞳に映した。
クセのある紫の髪を、赤いリボンで結んでポニーテールにした小柄な少女。
愛嬌のある顔立ちと、スネルフ同様に防寒着を身に付けている。
「……………」
橋まで着いたスネルフは、そこで足を止めて、口を開く。
「俺に何か用か?」
身なりから察するに、盗人とかそういう類いでは無いだろうな、とか思いながら、明らかに自分を見ている少女にスネルフは尋ねる。
「……悪いんだけどさ、ここから先は行かせないぞ?
通すなって言われてるんでね。」
少女が静かに口を開く。なんとなく、一区人といった感じでは無い。
スネルフは、周囲にある人の気配が無い民家を一瞥し、成る程な、と呟いた。
「……無理矢理にでも通るっつったらどうする?」
スネルフの問い掛けに対し、はん、と少女は背中に下げていた得物を握る。
トゥヴァイハンダーか、とスネルフは呟いた。長さ二百センチ程の、大剣の類いである。ぶっちゃけ、目測で百五十センチあるかどうかな少女よりでかい。
非常に長い刀身と柄。そして一番の特徴は、長い刃根元だろうか。
柄の延長の様な役割をもつ刃根元は、革紐等をくくりつけて担いだりするのに便利だったり、その部分を握って振り回す事で破壊力を増したり出来るのだ。
多少の広さはあるといえ、狭い橋の上で振り回すにはいささか大きな武器である。橋には柵もあるので、尚更振り回し辛いだろうに。
「力ずくで押し通るってんなら、力ずくで塞ぐだけだ。
忠告しとくが、回れ右して帰るんだな。私はかなり強いよ?」
好戦的な笑みを浮かべながら、少女は続ける。
「なにせ、このサザンクロスは聖護士養成学科、四年生なんでね。」
成る程な、とスネルフは呟く。つまり、コイツは聖護士候補って訳だ。それも、四年生ってんならまさに一歩手前だろう。
なら、都合がいいかもなとスネルフは思う。聖護士に匹敵するとかよく言われたが、本当に通用するのか試してみたいとは思っていたからだ。
「そりゃ、面白いな。」
軽く笑みを浮かべながら、スネルフは両手をポケットに突っ込んだまま橋まで歩く。
「……………」
対するサザンクロスと名乗った少女は、トゥヴァイハンダーと呼ばれる両手剣を握ったまま、静かにスネルフを眺めていた。
「……忠告はしたからな?」
サザンクロスは間合いに敵が入った事を確信し、静かに一言漏らす。
同時に、一歩踏み込み長剣を右から左に振った。
「!?」
スネルフは大きく後方に跳んで、しゃがんだ体勢で凍り付いている橋の上を滑る。
サザンクロスとスネルフ、同時にこう思った。こいつ、速い……と。
待ちに徹しようかと思っていたサザンクロスだったが、一気に踏み込み間合いを詰める。
この足場の悪さで、いい動きをしやがるとスネルフは思う。
凍り付いた足場は滑りやすく動きにくいのだ。
……ま、俺も初めてって訳じゃあねぇけどな。
五区にだって雪が降るのだ。流石に、この一区程の寒さは無いが。