薄幸の堕天使   作:怒雲

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 遥かな暗い空の上……青白く輝く月の光りが、まるで舞台のライトの様に橋の上を照らす。

 

 

 サザンクロスは、橋の手すり等をまるで気にした様子もなく長剣を振り回していた。

 

 間合いの調節は完璧である。見誤る事等あり得ない。

 そう確信し、実際にそれを成す程に彼女の剣術は洗練され、磨き上げられていた。

 

 

「チッ……!」

 

 

 互いに攻めあぐねっている。スネルフとしては、予想以上の剣術に攻めきれない。

 

 リーチとは強さなのだ。

 

 

 対するサザンクロスとしても、なんだかやり辛かった。

 

 

 スネルフの構えは、どうにも低い。

 

 速く、まるで地を這う蛇の様な軌道で襲って来るのだ。

 

 

 ……やり方を変えるかな。と、サザンクロスは思う。

 

 

 サザンクロスは、両手で得物を握り、横に振り回す……というか、投げた。スネルフに向かって。

 

 

 

「……………ッ!」

 

 スネルフは垂直に跳んで横回転しながら飛んで来るツヴァイハンダーを避ける。

 

 

「跳ねるかよ、そこで。」

 

 サザンクロスは、剣を投合したのと同時に駆け出していた。そしてそう呟く。

 

 右手を真横に突き出すと、彼女の右手の肘から先が消えた。

 

 消えた箇所は、波紋のようなものが広がる。

 

 

 それもほんの一瞬、右手がいつのまにやら元通りになり、その手には片刃の大剣が握られていた。

 

 長さこそ先程の剣、ツヴァイハンダーにこそ劣る、身幅の広い曲刀。

 

 

 短く重く作られた断ち切るための大剣。ファルシオンかと、スネルフは空中で呟く。

 

 

 サザンクロスは、空中にいるスネルフに向けて容赦なく片刃の大剣をぶん回した。

 

 

 

 

 

「……なっ!?」

 

 奇妙な感触がサザンクロスの手に伝わる。

 

 乾き、干からびた肉の塊の様な、紙の束の様な、妙な手応え。

 

 

 そして、視覚がその姿を捉える。

 

 

 スネルフの背後、何も無い空間より波紋をたてながら現れ、守る巨大な腕。

 

 大量の札が貼られ、鎖を巻いた、ミイラのような巨大な左手。

 

 

 それが、スネルフの肩から手を回すようにして、サザンクロスの刃を止めていた。

 

 『鬼の御手』と呼ばれる鬼遣いの使う術具である。

 

 

 それが空間より現れて、スネルフを守ったのだ。

 

 

「ぐっ……!」

 

 

 そのまま、鬼の御手により弾かれサザンクロスは吹き飛ぶが、軽やかに着地して直ぐ様ファルシオンを構え直す。

 

 

 

 サザンクロスの立ち位置は、橋の上から広い街中に。

 

 

 スネルフとしては、これでやりやすくなった。狭い橋の上で振り回される長剣はやりにくくて仕方なかったが、広くなったのならばいくらか攻めやすい。

 

 

 

 

 スネルフが目前に既に迫っていたが、サザンクロスはこれを難なく迎撃。

 

 

 斬撃が肩をかすめたが、スネルフは眉一つ動かす事が無い。

 

 

 さっきのはなんだ? サザンクロスは思う。まぁ、まず間違いなく召喚術の類いだろうが。

 

 

 それならば、世界の揺らぎで何処から来るかは見当がつく。

 

 

「…………─────ッ!」

 

 

 真横から感知し、サザンクロスは表情を変える。思ったよりも、遥かに早い。

 

 

 大きく後ろに下がるサザンクロスの鼻先を、巨大な手が通過した。と、直後間合いに入るスネルフ。

 

 

 擬似的な二対一。なかなかにやりにくいなちくしょーとか思いながら、サザンクロスは左手を空間に突っ込んだ。

 

 

 取り出したのは野太刀……ようするに、ばかでかい日本刀である。

 

 

「…………大剣二刀流かよ。」

 

 

 流石に初めて見る型だなと、スネルフは思った。

 

 二刀流自体が、そうは見掛けない戦い方である。少なくとも、五区では。

 

 

 見た目や、イメージ程の強さは無いのだ。扱い難い上に、威力も乗りにくい。

 

 

 それに、やるとしても片方は主にマインゴーシュ等の短剣だ。

 普通の剣ですら見た事が無いというのに、まさか両手剣を両手で握るのではなく、両手に握る奴がいるとは思わなかった。

 

 

 聖護士候補がやるというのだ、余程自信があるか、はたまたブラフか奇策か。

 

 

 ……こっちもそろそろ、本気で行くか。

 

 

「………………」

 

 

 サザンクロスは、とりあえずあの空間から現れる巨大な腕に注意をして、出方をうかがっていた。

 

 

 すると何やらスネルフは、片手に大きな木の杭を。片手に少し小さめの木槌を握っていた。

 

 

 何かの術の準備か? ミイラみたいな腕といい、なんだかよく解らん術の使い手だなとサザンクロスは思う。

 

 

 

 

 

 

 ……いや、あの手は人形遣いの技か? イメージとずいぶん違うけど……。

 

 

 まぁ、いいかとサザンクロスは腰を落とした。様子を見るつもりだったが、妙な事をされるのは御免だ。

 

 

 ──────斬り込むか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいはい、そこまでよ。」

 

 

 サザンクロスが踏み込み、スネルフが迎撃しようとしたその瞬間、その声は暗い街中に響いた。

 

 

「……エリス聖護士。」

 

 

 サザンクロスが振り返ると、そこには白髪の小さな少女の姿。

 

 最も、その少女という年齢でもないのが。

 

 

 サザンクロスも小柄だが、そんな彼女が大きく見えるくらい小さな身体。白いふわふわの短めな髪と、モコモコの白い防寒着にニット帽的な帽子。

 

 

 人形の様に整った顔立ちは、温かみをあまり感じさせない。青い眼は、まるでガラス玉のようである。

 

 

「……………」

 

 

 こいつが、エリス・メサルティムかとスネルフはその姿を赤い眼に映す。

 

 メリーの奴が自分で言ってた通り、そっくりだなとスネルフは思う。

 明確に違うと解るのは、声くらいなものである。

 

 

「ご苦労様。」

 

 

 サザンクロスを見上げながら、ニヤリと笑うエリスに対し、サザンクロスは微妙な返事をしながら軽く頭をかいた。それから、緊張を抜く様に大きく深呼吸。

 

 

 エリスはそのままゆるりと歩きながら、スネルフの方に向かった。

 

 

「察しはついてそうね? 試して悪かったわ。」

 

 

 そう言って腕を組むエリスの後ろ姿を眺めながら、サザンクロスはやれやれと軽く首を回した。

 

 聖護士養成学科の三年、四年生等の者には、何かしらお偉いさんから依頼が来る事が多いものだ。

 

 

 サザンクロスがここに来て、スネルフと戦ったのも依頼によるものである。

 

 

 強いと噂になってる相手だが、実際強いか解らないので相手しろとの事だ。

 

 

 自分でやれよと思いつつも、こういう仕事をこなすと評価が高くなるのでサザンクロスはやる事にしたわけである。

 

 

 

 

 

 しっかし、何者なんかねとサザンクロスは遠目にスネルフを見る。

 

 

 自分で言うのもなんだが、サザンクロスはかなり腕には自信がある。

 

 そりゃあ聖護士にはまだ劣るかもしれないが、近い実力は持ってるつもりだ。

 

「見てもいねぇ奴を信用しろっても、無理な話しだろうからな。」

 

 

 スネルフは、相変わらずぶっきらぼうに返事をした。

 

 そんな様子にクスクスと笑いながら、エリスは、着いてきてと踵を返す。

 

「サザンクロス、貴女もどうかしら? お酒くらい出すわよ?」

 

「あー……」

 

 

 少し考えてから、サザンクロスは苦笑を浮かべた。

 

 

「いや、いいや。私は他にも仕事あるんで。」

 

「あらそう、残念。人気者は辛いわねっ?」

 

 

 まったくだと苦笑しながらサザンクロスは武器を空間に収納し、紫のポニーテールを揺らしながら去って行った。

 

 

「しかし、期待以上ねスネルフ?

 サザンクロスとあそこまでやれるなんて……本当に、聖護士(あたしら)と同等なんじゃあないかしら?」

 

 

 愉快そうにそう告げるエリスに対し、スネルフはあくびをしながら「さぁな。」と、ぶっきらぼうに返すのであった。

 

 

「やぁ、スネルフ。悪いね。」

 

 遠くから、エリスとまったく同じ様な背格好のメリーがやって来たのを見て、スネルフは白い息を吐く。

 

 

「……で、仕事の内容はなんだよ?」

 

 

 図書館に向けて歩きながらスネルフが尋ねると、そうだねぇ、とメリーは笑う。

 

 

「調べて欲しいことがあるのさ、いろいろとね。

 私達は忙しくて、あまり手が回らないんだ。」

 

 

 そう言った後、それと、とメリーは少し真剣な目を向けた。

 

「この依頼を受けるなら、私達の目的が達成出来るか、失敗して死ぬまでは私達の仲間でいて欲しい。」

 

 

「……別にいいが、てめぇらの目的ってのはなんなんだ?」

 

 

 そうね、とこれにはエリスが口を開けた。

 

 

「まぁ、部屋に着いたら詳しく教えるわ。」

 

 

 

 

 目の前には大きな門と、時計台を持つ建物がそびえ立つ。

 

 

 門が開き、三人はその中へと消えて行くのであった……。

 

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