この十一区の十二聖護士、アエアリス・ガニュメディアルは、やれやれとそこそこ賑わった酒場に入り、カウンター席を目指してそのまま座った。
ドカッと簡素な木の椅子に座り、顔馴染みのマスターにテキーラを頼む。
「ん? ヘイ、マスター。レコードがあるじゃあねぇか、何か気の効いた曲流してくれよ。」
その言葉に、笑顔で了承するマスターを見てから、ふぅ、と一息ついたアエアリス。
その際に、彼の隻眼が一人の姿を捉えた。
「……?」
店の中で黒い外套のフードをすっぽり被り、ぷるぷる震える人物だ。
「……店ん中で、なんでフードかぶってんだ?」
軽く首を傾げるアエアリス。まぁ、彼は彼で店の中でもこのテンガロンハットを外さないが。
ハットを外さないのはご法度ではないだろうか。
さておき、なんとなく不審に思った彼は席を立った。
わざわざ顔を隠すって事は、やましい事でもあるかもしれないと思ってである。
アエアリスが立ち上がったその瞬間……。
「うっ……!?」
レコードが、突如大音量で鳴り響き出した。
「わきゃあっ!?」
「むっ……。」
「うるせぇぇぇ!」
アクルに牛若に魔王も、その喧しさに眉を潜める。アクルとしては、突如のレコード大音響と、魔王の煩さで倍率ドン! である。
周囲の客達も、思わず耳を押さえていた。
「……ッ! ヘイッ! マスター! 気を利かせ過ぎだぜっ、こいつぁーよー!
うるせぇよ、どうにかしてくれ!」
マスターも困惑してレコードをいじっているが、大音量は止まらない。
そこに、カランカランと店に誰かが入って来た音がして、アエアリスはしかめっ面でそっちを見た。
そして、更にしかめっ面になった。
現れたのは女だ。
真っ白な髪と肌をした、それなりに背が高いアエアリスよりも背の高い女性。
アクルと牛若もそちらに目をやる。
立っているのは、一人の女性。真っ白な髪と肌。
口にはタバコをくわえ、ゆらゆらと揺れた紫煙が店の天井に向かっている。
黒いロングスカートを着けていて、上には何やら白衣の様な物を身に纏っていた。
目は、よく見えない。黒いサングラスの様な物を着けていて、アクル達からは彼女の目は解らない。
長い真っ白な前髪を、左右にわけている。
そして、何より特徴的なのは……。
「……ヘッドフォン?」
ヘッドフォンの様な物を着けている。この世界にあるのだろうかとアクルは思案し、魔法で上手くやってるのかなと思い至る。
それよりも特徴的なのは、髪型だ。
「……なんだアレ。何を目指してんだ?」
魔王が呟く。長い後ろ髪を、かき上げたヘアスタイル。
ふたつの房を後ろの髪留めで止めているのか……なんというか、彼女の髪は、真っ正面から見ると二本の角がはえているかのようである。
「……………」
なんだコイツはと思案しているアエアリスに、女は白衣の両ポケットに手を突っ込みながら、ツカツカと歩み寄って行く。
そして、サングラスを外した。
切れ長の、研ぎ澄まされた刃の様に鋭い眼と赤い瞳がアエアリスを見る。
「……ヘィ、なんだよ?」
いきなり現れた自分より背の高い女に絡まれ、アエアリスは眉をひそめながら尋ねる。
「……よ。」
「……ああん? なんだって?」
「……せぇよ。」
そこでいきなり、その女はアエアリスの両肩を掴んだかと思えば、激しく前後に揺さぶりだしたのだ!
「うるせぇぇよぉぉお!! マスタァァ! うるせぇぇんだよぉ!
止めてくれよォ! このノイズを止めてくれよォ! こんなのロックじゃあねェんだよォ! ノイズがァ! ノイズが! ノイズが! ノイズがうるせぇぇンだよォォォッ!!」
そう言って、アエアリスを激しく前後する女を見ながら、アクルは、あわわ、とガタガタ震える。
「……行くぞ、アクル殿。」
関わりたくないとばかりに、牛若はアクルの手を引き、お金を置いて店から出る。
客のうち何人かも、料金を置いてそそくさと店から出て行ってしまった。
「うぉっ……ヘィ! 何しやがる!?」
ノイズがうるさいと、女は頭痛が痛くなる様な発言を繰り返している。
繰り返しながら、アエアリスの肩をガッチリ掴んで揺さぶっている。この女、なんてパワーだ……!しかも───
「く、くせぇ! この女、臭ェ! 酒臭せぇ!
嘘だろ、どんだけ酒飲んでここまで来たんだ!? 酒の臭いしかしねぇ!」
まだ午前中。軽く酒を飲む者もいるが、べろんべろんに酔っぱらう者は流石にいない。
しかも、コイツは相当飲んだ後だ。どんだけ呑んだんだよ。
「ノイズがァァ! ロックじゃあねェンだよォ! 私はロックじゃなけりゃあ生きて行けねェンだよぉぉ!!」
「ヘイッ!テメェが一番のノイズなんだよ!黙りやがれこのマヌケが、クワガタみてぇな髪型しやがって!」
取っ組み合いになりながら怒鳴るアエアリス。
そして、そんな罵声を聞いた女の耳がピクリと動いた。
「……テメェ、今この髪の事なんっつった?」
「ああッ!? ヘイッ、クワガタみてぇって言ったんだよ!」
「テメェェェッッッ!!!!私のこの髪型が便所のハサミ虫って言ったのかゴルァァッッッ!!!!!
誰がどう見たって、『ウサギちゃんヘアー』だろうがよォォッ!!!!!!!オオン!!!!!!?」
女は、今度はアエアリスの首を絞めながらゆっさゆっさと激しく前後した。
どうやら、ウサギの耳を模して二房の髪型をかき上げて、逆立てているらしい。ふたつの怒髪が天を着いた様な髪型をしている。
「ぐぇっ! こっ……クソがッ!!」
そこでアエアリスは、首を絞める手を強引にほどいた。
「ヘイッ!そいつは悪かったなァ!謝るよ!だがな!!!」
アエアリスは、女と取っ組み合いをしながら続ける。
「テメェが『ウサギちゃん』なんて可愛いらしいタマかよゴルァ!
もしマジでそう思ってんなら、鏡見てこいやヘェイッ! 一度だって見た事ねぇんだろ、鏡ってもんをよォ!
そうじゃなきゃ、自分をウサギちゃんだなんて思わねぇよなァッ!?」
つーか、本当になんてパワーしてやがるこの女!どこがウサギなんだよマジでよ!
アエアリスは上手く力を誘導し…………そしてついに見事な一本背負いが決まった!
「グェェッッ!!」
ウサギちゃんヘアーを名乗る女から漏れる、年頃の女性なら決して出さない様な間抜けな声。
「マスタァァ! 早くノイズを止めろよォォッ! そして私のウサギちゃんヘアーをディスった事を謝れよォォッ!!」
「ヘイッ!どこに謝る要素があるんだよテメェ――――ッ!
被害を受けてんのはオレなんだよ、まずテメェが謝れやゴルァ!」
「──────ごめん。」
「お、おぅ……」
急に謝られて、思わずアエアリスのテンションも若干下がる。
スクッと起き上がり、自称ウサギちゃんヘアーの女はレコードを見る。
「ノイズが……止んだじゃあねぇか。」
アエアリスも思わずレコードを見た。確かに、あの騒音はもうしない。
というか、このウサギちゃんヘアーかっこわらいの女がやかましくて、それどころじゃなかった。
「…………ヘイ、そうだな。もう満足だろ?帰れよ。」
というか帰ってくれとか思いつつ、少し疲れた表情でアエアリスがそう言うと、自称ウサギちゃんヘアーの女は、ふっ……。とクールに笑ってカウンターの席に向けて歩き出す。
まさか居座る気じゃあねぇだろうなとアエアリスが思っていると、自称ウサギちゃんヘアーの女はアエアリスの頼んでおいたテキーラのグラスを手に取り、一気に飲み干してしまった!
「あ……? へ、ヘイッ! なにやってんだテメェ!」
「フッ……いい酒だぜ……。」
そう言って、踵を返し出口に向かう。
「な、なんなんだあの女……!?」
言いたい事はいろいろあったが…………ぶっちゃけ、もう関わりたくないアエアリスは、黙って去って行く自称ウサギちゃんヘアーの女を見送るのだった……。