音兎(オト)に案内されて着いた場所。そこは、大層豪華な部屋だった。
アクルが元いた世界の自身の部屋……それの三倍か四倍くらいの広さに金の縁が見事な赤い絨毯。
真ん中には似た配色のソファーが三つ程、綺麗な四角の白いテーブルを囲んでいる。
奥にはベッドが二つ。綺麗な白いシーツを見て、わぁ……とアクルは感嘆の声を漏らす。
「凄いふかふかですっ。」
ここまで見事な部屋に入ったのは初めてのアクルは、とりあえずベッドにダイブする。
「気持ちいいですー。雲の上にいる気分です、えへへ。」
「雲の辺りまでは吹き飛ばされた事あるじゃまいか、アクルたん。」
「……………?そんな事ありましたっけ??」
喰鼠に吹き飛ばされた際に、旅客機が飛ぶ様な雲の辺りまで行ったのだが………アクル自身は覚えていない。
意識が朦朧としていたので仕方が無いだろう。
「ははは、良かったなアクル殿。」
大喜びのアクルを微笑ましげに眺めたると、ハッと我に返ったアクル。
思いの外、子供の様にはしゃいでしまったと、赤面。
そんな様子を尻目に………牛若は音兎を軽く見据えた。
「……随分と、良い部屋をとったものじゃな?」
資金とかどうした、という含みを持つ牛若の言葉に対し、だろ? と音兎はニヒルに笑う。
「この辺によォ……アンフィスバエナがいたんだよ。」
「……ほう。」
二人の話しをベッドの上で聞きながら、アクルは魔王に聞く。
「えと、アンスハイエナ?ってなんですか?」
「アンフィスバエナな? 頭が二つある珍妙な蜥蜴だ。中級くらいのドラゴンだな。」
へぇ、とアクルは呟く。自分では手におえないだろうなぁ、と思う。
「頭と尻尾が顔になってるんだよ。足は二本だな。なんか、前にも後ろにも進むよー解らん奴。毒を吐くよー。」
ドラゴンだから大きいんだろうなぁ、とアクルはぼんやり考えた。
「この街ん近くに現れたんで、この音兎様が片付けたってぇ訳よ……クククッ、おかげでこの私は救世主って訳さ。」
牛若は、成る程なと部屋の真ん中にある白と金のティーポットを開けながら呟く。
中には既に熱い紅茶が淹れてあった。何かしらの魔法により、上手く保温やらなんやらが成されているのだろうなと牛若は思う。
「……目立ち過ぎでは無いか?」
「ふっ……目立っちまう女なのさ……この音兎様はなァ……」
「自重せいよお主……」
やれやれと呆れながらも、牛若はティーカップに紅茶を淹れて行く。
お堅い奴だと、音兎はベッドに向かう。
「……音兎?」
怪訝そうな顔をする牛若に対し、音兎はニヤリと笑う。
「悪いが、ちと寝るぜぇ……昨日……いや、今日になるか?かなり飲んだんでなぁ……」
そう言うや否や、音兎はベッドに跳んで寝転がり、そのまま眠ってしまった。
「音兎……! これ、音兎!」
牛若が軽く揺するが、音兎が起きる気配が無い。
「……やれやれ、こっちは早くこの街を去りたいというのに。」
軽く頭を押さえて牛若は溜め息をつく。
アクルを知る十二聖護士がここにいるのだ、出来るなら早く離れたい。
「……まぁ、良いか。アクル殿、紅茶でもいかがか?」
紅茶の良い香りに惹かれて、アクルもソファーの方に向かう。
テーブルには、クッキー等も置いてあった。
アクルはちょこんとソファーに座った。
微妙にアクルの小さな身体と噛み合っていない感じがするが、それでも座り心地は最高だ。
白いテーブルの上。皿に盛り付けられているクッキーに手を伸ばして口に運ぶ。
口の中で、サクサクと小気味の良い音が響く。上品に甘い味と、良い香りが広がって行く。
「わぁ、凄く美味しいです。」
ニコニコと食べるアクルの頭の中で、魔王は、これ絶対高い奴やと呟く。
「さて、音兎の奴は眠りよった。すまぬな? もう少し、ちゃんと話しをせねばならぬというのに。」
「あ、いえ……」
クッキーを再び食べて、幸せそうに紅茶が淹れられたティーカップに砂糖を入れるアクルを見ながら、牛若は微笑む。
「じゃが、こうやって腰を据えて、落ち着いて話せる機会はあまりなかったな。」
「あ……えと、そですね。」
やや急いで行動していたというのもあるが、確かに落ち着ける場面は少なかった。
列車に乗った際は、聖護士がいたせいですぐに降りてしまったし。
「そう言えば……アクル殿は、何か旅の目的があったのかな?」
牛若に問われて、アクルは、ええと、と呟く。
「特には……その、えと、生きる事しか考えてませんでしたし。」
まぁ、言う程に生きたいと思っていた訳では無いのだが。
正直、終わるなら何時でも良かった。でも……。
……来るだろうか? 心の底から、生きたいと思える日が。
「佐用か……」
牛若は少し腕を組み、それから目を伏せた。
「すまぬな。あの日、居合わせたのが儂ならば……」
「え……?あ、いえ……そんなっ……」
少ししどろもどろにオタオタしつつも、アクルは首を横に振る。
「牛若さんは、あの日来てくれたじゃないですか……。」
ふと、思う。もしもこの方に会えなかったら、どうなっただろうか。
あの日はかなりギリギリだったと思う。
もしも牛若に会えなければ、本当に死んでいたかもしれない。
それならそれで良かったと思う反面、あそこで死んでたら、こんな風に出来なかったなぁ、とアクルは思う。
「……………」
牛若に抱き着いてしまった事を思い出して、カァ、と頬に朱がさした。
「あたし……そのっ。」
少しだけ考えて……アクルは頬をほんのりと染めたまま、やんわりと微笑んだ。
「牛若さんが来てくれて……居てくれて。本当に、嬉しいですよ。えへへ。」
「……佐用か。」
アクルの笑顔に、牛若は少しだけ高鳴るものを感じる。
樋山 アクルという少女は、特別美少女という訳でもないのだが……笑顔はとても魅力的だった。
「ならば、良かった。」
そう言って、牛若もまた笑った。
「……ふむ。」
牛若は少し考えてから、再び口を開く。
「魔王様が、何故にアクル殿を選んだか、聞いた事があるかの?」
「え? ああ……そう言えば、聞いた事ないですね……。」
アクルは、うーん、と呟く。なにかしら、魔王に目的があったのだろうとは思うのだが、魔王はあまり言いたがらない。
「いや、いいって! マジもういいって! そんな事よりアクルたんのこれからを考えようず!」
……これである。はぐらかせて教えてくれない。
魔王は、なんやかんやで優しい者だとは思うから、変な目的では無いと思うのだが……。
「成る程な……。」
牛若は少し考えてから、口を開く。
「まぁ、儂はなんとなく察しておるが……。」
そこまで言ってから、牛若は寝てる音兎を見てから苦笑を浮かべた。
「あやつが起きてからにするとするかの。」
音兎は、寝そべったまま全く動く気配が無かった。