薄幸の堕天使   作:怒雲

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魔王がやりたかった事。

 

 

 

 

 

 結局、音兎が目覚めたのは夕刻くらいであった。

 

「さて……真面目な話しをする前に───景気良くいかねェとなァ……?」

 

 

 ニヒルに口角を吊り上げる音兎。

 

 テーブルの上に、豪勢な食事が置かれて行く。

 

「わぁ……」

 

 

 目の前に置かれたご馳走を前に、アクルは大きな目を見開きキラキラさせていた。

 

 

「ククク……どうだ、いい感じだろ?」

 

 湯気を立てるステーキを自分の前に置くアクルを見ながら笑い、音兎はローストチキンを口に運ぶ。

 

 

 

 

「……まぁ、良いがな。」

 

 

 牛若は、やや呆れ気味にカルボナーラのパスタを引き寄せる。

 

 

「さて……と。アクルちゃんよォ。重要な話しをするぜェ……」

 

 

 そう言いながら、テキーラの瓶を開けて、音兎はグラスに移す事なくグビグビと飲み始める。

 

 重要な話だというのに、お酒飲み過ぎでは?とアクルは思う。

 

 というか、かなり呑んでてさっきまで寝てたのに、起きてそんなたたずにこれだけ食べて酒を呑む音兎はとんでもねぇ奴であった。

 

 

 

 

「単刀直入に言うぜ。私達に協力して欲しい。」

 

 

 テキーラの瓶をテーブルに起きながら、音兎は言う。

 

 ちなみに瓶は、もう空っぽになっていた。

 

「協力、ですか……」

 

「おう。協力だ。」

 

 当然、なんの協力だろうかとアクルは不安気に小首を傾げる。

 

 

 

「ちなみに、してくれねぇならアクルちゃんとの付き合いは今日までだ。」

 

「え……」

 

 

 音兎の発言に、アクルは不安げに牛若の方に視線をやると、牛若は軽く微笑み浮かべてアクルを見る。

 

「心配せずとも、この牛若はアクル殿の味方じゃよ。」

 

 そう言った後、牛若は音兎を軽く、じとーっとした目で眺めた。

 

 

「さて、さっさと本題に入ったらどうなのじゃ?」

 

「ふっ……」

 

 

 軽く笑いながら、そうだな、と音兎はアクルの目を見る。

 

 

「安心しなァ……私達の目的は、アクルちゃんの中にいる魔王と同じだろうからよ……多分だが、なァ。」

 

 

「……………?」

 

 再び小首を傾げるアクルに対し、ん?と音兎は軽く眉を寄せる。

 

 それから、ソファーに背を預けながらタバコを口に咥えて、訝しげにアクルを眺めて。

 

「んだよ?アクルちゃんの頭ン中によォ……いんだろ?魔王サマがよォ?時折独り言呟いてるもんなァ……」

 

「あ……えと、はい。そのっ、いますけど……。」

 

 

「んじゃあよォ。聞いてねェのか? 魔王サマの目的とかよォ?」

 

「いえ……その、魔王さん、何か目的はあるみたいなんですけど、教えてくれなくて……」

 

 

 

 

 

 

 

「……成る程な。」

 

 

 呟き音兎は煙を吐き出して、吸い終えたタバコを捨てつつ自身の前にある肉をガツガツと食い尽くし、酒をまた呑み干して、そしてまたタバコを口にくわえた。

 

 それから少し何かを考える様に目を細めて、閉じて……ゆっくりと開く。

 

「……………面倒な言い回しは苦手なんでなァ、簡単に言うぜ?

 私らの目的は、魔族と人間の共存だ。」

 

 

 そう言って、音兎は口に咥えたタバコに火をつける。

 

「魔族と人間の共存………」

 

 

 アクルは復唱してその言葉の意味を考える。要は、戦争をやめて仲良くしましょうという事か。

 

 良い目的だと思う反面、なんというか、そんな簡単に口に出来るものではないのではないか、とも思った。

 

 

「……私らのリーダーは、同じく魔星十二支が一人、走馬(ソウマ)の兄貴だ。」

 

 

 そんなアクルの考えを知ってか知らずか、音兎はタバコの紫煙を揺らしながら語り始める。

 

 

「走馬の兄貴はよォ、激熱な漢(オトコ)でよォ……こう考えたのさ……。

 魔族と人間。敵だから争い続けるなんて、もう古いってな。 互いに消耗するだけ。奪い合うだけじゃあ、何時までも変わらない。これからもずーっと、大事な誰かが死に続けるだけだってな。」

 

 

 煙を大きく吸い込んで、ソファーにふんぞりかえりながら音兎は、スパーッ! と煙りを吐き出した。

 

 

「殺し合いなんざよォ………やらないに越した事ァねぇだろ?

 痛いし怖いし苦しいんだよ。普通は誰もやりたがらねェし、これから産まれて来る子供にそんな重荷を背負わせたくない。」

 

 

 それが私達の考え方さと、音兎はニヒルに笑った。

 

 

「……魔王さんも、それが目的なんですか?」

 

「多分な。聞いてみてくれよ。」

 

 

 タバコをスパスパする音兎を見ながら、アクルは軽く頭を押さえる。

 

 今のは音兎や牛若ではなく、魔王に言ったのだ。

 

 

「あ? あー……あ。 あ……。あ……。」

 

 まるでカオナシみたいな返事をする魔王に、アクルはめっちゃしかめっ面になった。

 

 

「…………」

 

 

 そんな様子を察してか、音兎は再び語り出す。

 

 

「魔王サマの考え方っつーか、戦略はアレだ……。人間の体で魔王なら、人間も手出ししにくいし魔王だから魔族が味方してくれるとか、そーいう考えだったんだろうなァってのが……この私と、非羊の野郎と走馬の兄貴の見解なんだが……どうだ?」

 

「ドキッ!? ち、ちちち、ちげーし! そんなんじゃねーし! ななななんっ、なんとなーくだしっ!」

 

「焦ってどもってます。」

 

 

 魔王の様子を素直に完結に述べるアクルに、やっぱりなと音兎は軽く眉間に皺を寄せた。

 

 

「……ものの見事に真逆になったわけじゃな。」

 

 

 呆れた様子で牛若は軽く溜め息をひとつ、腕を組みソファーの背もたれに体重を乗せる。

 

 豪華な室内を、少しばかりの静寂が包み込む。

 

 

「……いくら人の体使っても、魔王は魔王なんだから、人里に現れりゃ討伐しようとするに決まってンだろうがヨ。なんで都合良く仲良しになれると思ってんだ?」

 

 

 呆れた調子で音兎がぼやき、魔王はアクルの頭の中で、うぐっ、と言っている。

 

 ちなみにアクルは気にせずにステーキを食べている。

 

 

「……ついでに、魔王でも人間の器でやって来たら、場合いによっちゃどうなるかってのも解っちゃいなかった訳だなァ……。

 良い方向に転がる可能性だってそりゃ有り得っけどよォ~。ぜってー最悪なケース考えて無かったろ。魔王サマよォ。」

 

 

「やめておけ音兎……その口撃(こうげき)は我に効く……。」

 

「しかもその上に………全力で失敗したから恥ずかしいしバツが悪いから、アクルちゃんにはどういう理由があってこんな事になったのか教えねぇってとこか?………そいつァよォ〜。筋通らねェんじゃあねぇか〜?魔王サマよォ〜〜〜〜?」

 

「はぅっ!」

 

 

 会心の一撃であった。痛い所を全力攻撃である。ザマァ。

 

 

 露骨に魔王はへこむが、アクルは気にした様子なくパンを頬張っていた。

 

 とりあえず事情は分かった。改めて、魔王は善性で行動している事が分かったので、アクルとしては安心してはいるのである。

 

 

 なんにせよ、呑気なアクルの様子を赤い瞳に宿しながら、このチビ娘、結構いい根性してやがるなと音兎は思った。

 

 

 

 

 

「……悪い結果になんねーように、根回しぐらいしとけってんだ。ぜってー思い付きで行動してやがるだろ、この音兎サマも人の事ァ言えねェけどよォ。」

 

 

 そこまで言って、音兎は溜め息と共にタバコの煙りを吐き出して、灰皿にタバコをねじりこむ。

 

「……ま、とりあえずだ。私達の目的は魔族と人間の共存……最悪、互いの完全不干渉だ。

 血みどろおぞましい殺し合いなんざ、後世に残したかねェンでなァ……」

 

 

 音兎はフライドチキン的な料理を手で掴み、口に運んでかぶり付く。

 

 

「出来るなら、私らの代で最後にしたい。

 だから魔王サマ。アンタにも協力をお願いしたい。」

 

 

 力強い眼差しがアクルの視線と重なった。

 

「……………ッ。」

 

 

 その眼にアクルは気圧される。研ぎ澄まされた、刃の切っ先にも似た鋭い眼光。

 

 だが、どこか不思議な温かさがある目。覚悟を完了させた瞳。

 

 

 幾重もの修羅場を潜り抜けたであろうその眼光を、容易く受け止められる程に少女は強く無い。

 

 

 

 

「あのっ……。」

 

 

 少し考えながら、恐る恐るアクルは口を開く。

 

 

「…………」

 

 

 音兎がアクルから感じとるモノは、まずは動揺と恐怖。畏怖。不安。

 

 

「あたし、魔王……ではありますけど、強く無い……強くなんか無い、です……。」

 

 

 ゴクリと喉を鳴らす少女を、音兎は黙って見据える。

 

 口を挟むつもりは無い。少女の話しはまだ終わっていないからだ。

 

 

 怖いのも無理は無いだろう。今の世界の流れを知っていれば、解る。

 

 戦争を止める。手段は和解。

 

 

 ……今、この世界の流れに逆らう行為だ。簡単には決断を下せないだろう。

 

 

 馬鹿か、余程の大物か……何も解っていない愚か者でも無い限りは。

 

 

 緊張した様子のまま、アクルは小さく深呼吸をする。

 

 

「そのっ……ひとつ聞きたいんですけど……あたし弱いし、頭も悪いですし、魔王としての自覚だってないんです。

 そんな、あたしが協力出来る事ってあるんですか……?」

 

 

 おずおずと上目遣いで遠慮がちに尋ねるアクルに対して、音兎は、ふっ、と軽く笑ってみせる。

 

 

「ああ、あるぜ。最悪、居るだけでも問題ねェ。」

 

「……居るだけで、ですか?」

 

 

 小首を傾げるアクルを見据えながら、ああ、と音兎はテキーラの瓶をもう一本開けて、ゴキュゴキュと飲み、テーブルに置く。

 

 

 瓶はすでに、半分以下になっていた。

 

 

「いいか?『魔王が私達の仲間にいる』という事だ。その事実が重要なんだぜェ……。

 少なくともそれだけで、魔族の中でこっち側に着く奴もいるんだからよォ。」

 

 なァ? と音兎は腕を組み静観する牛若を見て、意味ありげに口角を曲げてみせた。

 

 対する牛若は、ふむ。と呟くのみ。

 

「つまりだ、アクルちゃん……アンタは私達が担ぐ『御輿』になって欲しいって訳さ……。

 勿論、危険はある。だが、このまま味方なく旅をするよっか安全な筈だぜェ……」

 

 

 そこまで言って、音兎は真面目な顔をしながら頭を下げた。

 

 

「そういう訳だ、頼む。

 私達に協力してくれ。」

 

「あっ……えっ!? あ、お、音兎さん! そのっ、顔を上げて下さい!」

 

 

 思いもよらない音兎の行動に、アクルは驚きたじろぎながらも身を乗り出した。

 

「……………」

 

 

 困った顔で、アクルは片手を小さな胸に当てながら、牛若の方に向け視線をやる。

 

 すると彼は、軽く微笑み目を閉じ軽く会釈をした。

 

「貴女が決めよ、アクル殿。 一応は。不本意であるやもしれぬが、貴女は魔王なのじゃからな。」

 

 

 そこまで言ってから、牛若は目を開けて、優しく力強い眼差しをアクルの大きな瞳に向ける。

 

 

「どの様な道であろうとも、儂は御供つかまつるまで。

 安心して選んでくれ。」

 

 

「……牛若さん。」

 

 

 アクルはこれからの事を、目を閉じて考える。

 

 そして…………考えるまでも無かった。このまま二人で闇雲に旅をしても、結果は明白なのだから。

 

 

「わかり、ました……」

 

 

 呟きアクルは目を開いた。

 迷いはある。怖い、不安でいっぱいだ。

 

 

 今までの一人旅とは、また違った不安。迷いがないはずも怖くないわけもなかった。

 

「で、でも音兎さん……あたしは……」

 

 

 そこで一度一区切りしてから、アクルは真っ直ぐに音兎の目を見た。

 

 

「あたしは、そのっ……えと、頑張ります! 一生懸命頑張りますから……出来る事があるなら、いっ、言って下さい……!

 一応、『魔王』らしい訳ですから……。」

 

 

 そんなアクルの様子を見て、音兎は軽く笑った。

 

 

「ああ、解ったぜ……。ありがとな、魔王様。アンタの勇気に、本当に感謝するぜ。」

 

 

 そんなやりとりを見て、うむ、と牛若は頷く。とりあえず、ひとつは決まった。

 

 

「…………して、音兎よ。これからどうするのじゃね?

 まさか、無計画という訳ではあるまい?」

 

 

「おうよ。」

 

 

 音兎は頷き、牛若に目線を向けた。

 

 

「とりあえず、走馬の兄貴ん所に向かう。

 私達のリーダーは兄貴なんでなァ……だから、そうだな……まずは、目指すは十区……だぜ。」

 

 

 そう言って、音兎はすっかり日の落ちた空を、窓から眺めるのだった。

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