「ハァ……疲れたぜ、ったく。聞いてくれよマスター。」
酒場のカウンター席に座りながら、十二聖護士『アエアリス・ガニュメディアル』はグラスに注がれたテキーラを飲んでいた。
「そもそもオレはよぉ。街の近くにドラゴンの類いが現れたって聞いたからやって来たんだぜ。」
頬杖を着きながらダルそうに愚痴るアエアリスに、マスターは苦笑混じりにチキンを差し出す。
「ヘィ、そんで遥々来てみりゃあよー。ドラゴンは既に討伐済みだそうだ。
ま、それだけならいいんだ。それだけなら良かったんだよ。
ドラゴンに襲われる奴はいなくなるわけだからな。良い事だぜ、なぁ?だからそれは良かったんだがよぉ……」
そこでアエアリスは苦笑を浮かべた。
グラスの中の氷を揺らし、小気味良い音を聴きながら溜め息。
「ヘィ。なぁ、マスター………あのクワガタ女はなんなんだい?」
「ドラゴンの代わりにいたのが、あのクワガタみてーな髪型した女って訳だぜ。
治安が悪いのは知ってたがよ……ヘィ、悪すぎだぜまったくよ。」
そこまで言いながらアエアリスは口にチキンを運んだ。
「ああ、それともあれかい? ドラゴンの類いって、あのクワガタ女の事かい?」
それを聞いたマスターは、思わず先程の出来事を思い出し軽く吹き出す。
「ヘィ! 確かにありゃあドラゴン並みに狂暴で厄介だがよ……悪いんだが、オレの手にもおえそうにねぇぜ!他をあたってくれ!」
そう言ってアエアリスとマスターは、HAHAHA!と笑うのであった。
妙な出来事ではあったが、終わってみれば笑い話である。
少なくとも、取り返しのつかないような話ではないのだから。
アエアリスとしては、任務でやってきたというのに無駄足になってしまった上に、なんか変な女に絡まれるという不運に見舞われたのだが、平和に終わったのだ。これで良いのである。
「まぁですが、実際にドラゴンより強いみたいですよ。」
ひとしきり笑った後、酒場のマスターが世間話しをする口調で語る。
「……ん? ヘィ。そりゃあどういう意味だい?」
キョトンとするアエアリスに、実はですねと前置きして。
「ここらに現れたドラゴン……アンフィスバエナを討伐したのは、彼女なんですよ。」
「……なに?」
それを聞いたアエアリスは当然、顔をしかめた。
「ヘィ。一人で仕留めたってぇ訳じゃあねぇよな?」
「それが、一人で。しかも素手で。」
「なん……だと……?」
ドラゴンを一人で……しかも、武器も無しに討伐したという話にアエアリスは目を見開いた。
おいおい……そりゃあおかしいぜ。いくらなんでも、キツいだろ。
アンフィスバエナはドラゴンだぜ? そこらの獣相手すんのとは訳が違うぞ。
ある程度話をして、アエアリスは外に出ていた。
「…………」
話しによると、あの女の名前は『オト』というらしい。
オト……少なくとも、自分は聞いた事が無い名前である。
この国の、人間の強者の名はそれなりに知ってるつもりだ。少なくとも、ドラゴンを素手で倒せる様なレベルならば有名にもなるだろう。
隠者として生きてる訳でもないだろうし、嫌でも目立つ様な容姿だ。
というか、あの酒臭さとウザ絡みで隠者は無理がありすぎるし、いろんな意味で有名になるにきまっている。
「…………………」
魔族には『人化の法』と呼ばれる魔法があると聞いた事がある。
基本的には一目で魔族と解る様な不完全なものだが、最近は完全に人間の姿になる奴も現れたという噂もあった。
「……オト、か。」
溜め息混じりにアエアリスはテンガロンハットを深く被る。
取り越し苦労なら、構わない。
「……まずは、住人の避難通告からか。」
アエアリスは呟き、歩き出すのであった……。