自分さえ良ければそれで良い。
悪い事があるなら、自分ではなく他人か誰かの責任だ。
そうやって生きるのは、楽で愉快。
青い午後の空の下……そこそこ大きな道を、青い馬車が走っていた。
この世界においてよくある道。むき出しの地面に左右は青々と生い茂る森。
青い装飾の馬車を、森の中、遠目に見る者が二人いた。
一人は、犬の耳と黒く長い髪を持つほっそりとした長身の青年、右の前髪がやけに長く、右顔をほとんど隠してしまっている。
黒く、裾が長いコートの様な衣服に身を包み、スカーフを口に巻いていているために、右の前髪のせいもあって顔は左目の部分しか見えない。
だが、それでも中々に端正な顔立ちをしている。様に見える。
彼の名は群戌(ムライヌ)。魔族の犯罪者、『凶(マガツ)』の一人である。
その隣には、一人の少女が佇んでいた。
ボサボサの長い金の髪と、額の辺りから伸びる美しい純白の折れた一本角。
黒い袴着物を身に纏い、袖には赤い彼岸花の刺繍が施されている。
黒い目はどことなく虚ろで、何処を見てるかよく解らないその目は、焦点が合っていない。
「くふふ……見てごらんよ、燐麟(リンリン)。馬車だよ。」
少女に向けた、群戌の妙にねっとりした声が周囲に響いた。
その少女────燐麟は、目を……と、いうより顔を群戌に向ける。
口元に、微笑みのようなものを貼り付けながら。
「きっと、貴族とか乗ってるに違いないよ。うふふ、いいねぇ。ボク達で襲おうよ、手柄になるしさ?」
「うん。イイヨー。あたし、群戌の言う通りにするよ。」
そう言って、へにゃ~っとした笑みで燐麟は群戌を見上げると、群戌は、うんうんと笑う。
「手柄は、全部ボクので良いよね? 友達だろ?」
「うん、いいよいいよ。好きなだけイイヨー。」
燐麟の返事を聞き、群戌はニタァ~と左目を満足そうに歪ませた。
生い茂る草木の中から、黒い陽炎の如く揺らめく野犬が飛び出し、御者は驚いた顔をした。
が、それだけだ。馬を操る御者は知っている。自分の身は守られているという事を。
「……!?」
陽炎の野犬達は馬車には届かなかった。
突如馬車の周囲に出現した『水』に遮られたのだ。
馬車を包み逆巻く水のドーム……それが、馬車を野犬達から守ったのである。
「ふふふ……流石ですね、ピスケラ?」
馬車の中、向かい合う様な青いソファーに座り、美しき大人の女性がおっとりと微笑む。
青い波の様な長いウェーブヘアーをした、正装の女性……十二区の領主、『マリキュリア・ネプテュルン』である。
そして、両隣に兵士が二人、向かいの席に二人。
その一人、名前呼ばれた人物は、以前アクルと会った事がある人物だ。
十二区の十二聖護士、ピスケラ・アルレーシャの名を覚えている読者もいるだろう。
ややクセの強そうな、サラサラでは無い金の髪。
それを額に茶色のヘアバンドを巻いて、前髪を後ろに流している。
青い勝ち気な目付きと、白い肌。衣服は、胸に黒い布、下はスリットつきの長い茶色のスカートといった出で立ちである。
アクルと会った時と、代わり映えしない格好だ。
「……諦めちゃいないみたいだねぇ。」
迫り来る気配に、ピスケラは軽く舌を打つ。
「あらあら……よっぽど、自分の実力に自信があるみたいですわねぇ。」
クスクスと、マリキュリアは口元に右手を添えて上品に笑う。
「……ピスケラ。馬車を止めるから、討って出なさい。」
「……? 止める必要が何処にあるんだい? アタイが片付けて来る間に離れた方がいいだろ。」
「この方々は囮で、十二聖護士(あなた)と領主(わたくし)を引き離す作戦かもしれないでしょう?」
マリキュリアに言われて、成る程? とピスケラは小首を傾げる。
「いざというときに、貴女が近くにいる方が安全ですしねぇ。
さ、指示を出すわ。 準備なさい。」
そう言ってマリキュリアは、御者に合図をする。
「やれやれ……んじゃ、行ってくるさね!」
真ん中にあるドアを開き、ピスケラは走行中の馬車から外に飛び出した。
走る馬車に合わせて、水のドームはいまだに消えていない。
「!」
ピスケラが馬車から外に出て、まだ地面に足が着くまでの僅かな時間。
目前の水のドームを突き破り、小さな影がピスケラに跳びかかる。
「チッ……!」
やるじゃないかと思いつつ、ピスケラは相手を見る。
見た目はまだ少女だ。ボサボサの長い金髪の少女。
その少女……燐麟は、片手に握る短い刀を横に薙ぎ、ピスケラの首を狙う。
対するピスケラは……片腕の甲で刃を止めた。
ちなみに、完全に素手である。防具は無い。手甲の類いはおろか、布すら巻いてない完全な素手で迫る刃を止めたのだ。
互いにまだ空中にいる僅かな時間。ピスケラは刃を止めている方とは逆の手を伸ばして、少女の額から伸びている白い折れている角を掴んで、斜め下に投げる。
人が軽くジャンプして、地に着くまでの僅かな時間の攻防であった。
突破され、破れた箇所から水のドームは霧と化して行く。
そして霧散して、消えた。
燐麟は地面に叩き付けられて、少し遅れてピスケラは着地。
と、同時にピスケラの周囲にサッカーボールくらいの大きさの水球が現れる。
ピスケラは、すぐに体を横に、腰の力を使って向く。
水球は、無数の水刃となり襲いかかる。少し離れた位置にいる燐麟と、襲いかかってくる陽炎の野犬達に。
燐麟はそれを後方に転がり回避。野犬達は、一匹残らず水刃に斬り裂かれる。
斬られた野犬達は、爆発していた。
「ん……? ずいぶんとやるね。」
そして爆発した野犬達の背後より、黒髪の男……群戌が姿を現した。
「燐麟の刃をああも容易く捌くなんて……もしかし、十二聖護士の人なのかな?」
左目を細めて、ニタァ、と笑う群戌を瞳に映し、ピスケラは軽く首を鳴らす。
背後で、馬車が止まった音がした。