「十二聖護士がわざわざ護衛してるという事は……馬車の中には、すっごく偉い人が乗っているのかな?」
歩み寄りながら、群戌は馬車の方に目をやる。
これは、もしかしたら大きな手柄になるかもしれない。そう考える彼の片目が、ニタリと歪んだ。
「…………」
ピスケラは静かに二人の魔族を見据えたまま、意識を馬車の方に向ける。
心配ではあるが、マリキュリア領主は中々に強い。領主なので強い意味はあまり無いが、とにかく強い。
魔法に関しては、アタイより上かもしれないし……いざって時は逃げられるだろ。
そう考えて、ピスケラは意識を完全に二人の魔族に向けた。
「……アハ。いいねぇ……君らを殺せば、かなりお手柄だよ。」
嬉しそうに笑う群戌に対し、ふん、とピスケラは鼻を鳴らす。
「良かったじゃあないか。アンタら、今日で出世できるよ。」
そこまで言って、ピスケラはケラケラと馬鹿にするように笑う
「ん?でも魔族もちゃんとそうなのかねぇ?
人間(こっち)の文化だと、殉職すると特進出来るんだけどさ。」
まぁ、魔族に階級があるかすらピスケラはよく知らないが。
その言葉を皮切りに、群戌の周囲から陽炎の様な野犬が現れ、燐麟は地面を蹴ってピスケラに飛び掛かる。
対するピスケラの周囲からは水球が現れて、刃と化しそれらは野犬に向かう。
ピスケラ本人は、十メートルくらいの距離を一呼吸で詰めて来た燐麟を迎撃。
燐麟は、右手だけでなく左手にも短刀を握る。
一本がダメなら二本ってか? 短絡的だねぇ。
両手から繰り出されるは嵐の如き連続の斬撃!
ピスケラはそれを、涼しげな顔で避け……てたと思いきや、いきなり一歩踏み込みボディーブロー。
「がっ……ハッ!?」
燐麟は目を見開き、よろよろと唾液や胃液を口から垂らしながら後退。
ちなみに、以前アクルが彼女のボディーブローをくらった際は、シェイクされた内臓まで吐き出していた攻撃だ。
喰鼠の攻撃をくらうまで、アクル的には一撃ダメージの大きかった攻撃である。もっとも、今回は隙だらけなアクルと違い、完璧には決まらなかったが。
「……しっ!」
更にピスケラは一歩踏み込み、アッパーを繰り出す。
それは燐麟の顎を捉えて、小さな彼女の身体が宙を舞う。
ちなみにアクルがくらった際は、頭だけ飛んでいっていたアッパーカットである。
「へぇ……流石にいいパンチだねぇ。」
派手に真上にぶっ飛んだ燐麟を見ながら、群戌は呑気に呟く。
「……───でも、スイッチが入ったよ。」
ピスケラは陽炎の野犬達を捌きつつ、さてとどめを刺すかと思っていると、燐麟は空中で回転し、軽やかに着地した。
そして、ピスケラは燐麟の相貌を見る。
先程までの少女は、なんというか、ふらふらというか、ふわふわしていた。
目の焦点は合っていなかったし、濁って光りが無かった。
だが一転して、その眼はしっかりとピスケラを捉え、獲物を狙うハンターの様な輝きを放っている。
「……………ッ!」
再びピスケラは水刃を放つも、燐麟は最低限の動きでそれらを避けて行く。
それから、身を屈めた。先程同様に向かって来るのだろう。
そして、そんな少女を淡い光りが包む。
輝く霧というか、煙りというべきか……金色のオーラが彼女を包んでいた。
ここに魔王がいたら、戦闘民族! とか、スーパーヤサイ人! とか、ラージャン! とか騒いでいた事だろう。
金色のオーラを纏う燐麟は、先程同様に飛び掛かる。
軌道も先程とほぼ同じ。……ただ、速度は先程のそれより遥かに速い。
「チッ……!」
が、さして問題は無い。ピスケラにとって、いかに速かろうが先程と同じ軌道。合わせられる。
ただ、敵は目前の少女だけではない。後ろにいる、あの男がまた厄介であった。
陽炎の様な野犬達は、さっきまでより数が増えている。
水の刃で凌ぎつつ、ピスケラは燐麟の攻撃に意識を凝らす。
「くっ………! このっ!」
燐麟の速度も刃の鋭さも、さっきよりだいぶ上だ。
この少女が纏う、金色の光りがそうさせるのだろうとピスケラは思う。
その通りだ。燐麟の異能力、『変幻自在の神(シャイニング)』である。
思ったより、ヤバイねとピスケラは思う。目の前の少女と後ろの黒装束の男……どっちも厄介だ。
完璧な前衛と後衛である。やりにくくてしょうがない。
以前、アクルとの戦いで最初にやったように、巨大な水塊を落としてやりたくなるが、流石にここではやりたくない。
街道に巨大クレーターを作ってしまうと、行き来がかなり不便になってしまうからだ。
ここが十二区だったのならばまだ責任も取れるが、生憎ここは十二区では無い。
「グッ……!」
やがて足に、陽炎の野犬が噛み付いて来た。
痛みは無い。彼女の足は、猛獣に噛み付かれたくらいではビクともしないのだ。人間としておかしいが、それが十二聖護士なのである。
だが、その野犬の武器は牙では無かった。
突如として、野犬は爆発する。
「あぐっ……!?」
衝撃にピスケラは奥歯を噛む。
生き物に触れれば敵味方関係なく爆発する分身体を作り出す異能力、『個の為に皆よ弾けよ(バットアップル)』
以前、矢狐という魔族はアレをくらって瀕死になっていたが、ピスケラはさしてダメージをくらっていないようだ。
ただ、よろけてしまった隙を燐麟は見逃さない。
「……ッ」
ピスケラは大きく後方に跳びつつ、前方に水の壁を作る。
が、水の防壁を燐麟は突破した。
迎撃の為にピスケラが構えようとしたその直後、背後から迫る気配を感じる。
だが、そちらには警戒はしない。何故なら、それは仲間だからだ。
「──────ハッ!」
ピスケラの脇を通り抜けて、一人の少年がショートソードという剣を燐麟に振る。
燐麟はそれを片手の短刀で受け止めるが、そこで一瞬動きが止まり、ピスケラはその隙を突いて飛び蹴りをくらわせた。
群戌の方まで派手にぶっ飛ぶ燐麟をよそに、ピスケラは援軍の少年に青い瞳を向ける。
金の癖が強めの髪と、端正な顔立ちに碧眼。
銀色の軽装の鎧を身に纏う十八歳程の青年、アノース・ハドリアースだ。
聖護士養成学科の四年生であり、アクルと面識がある少女、プリキュオン・ハドリアースの夫でもある。
「ん……ナイスだよアノース。ははっ、助けられるたァ情けないねぇ。」
「いえ。ピスケラ聖護士が追撃してくれなかったら危なかったですよ。」
そう言ってアノースは爽やかに笑う。だが、眼前の敵から目を逸らさない。
「……アンタに任せていいかい? あの黒装束の奴。」
「了解です。あの女の子は任せますね。」
アノースでは燐麟に勝てないだろうが、群戌ならば近付きさえすればどうにかなるだろう。
「……?」
そこでピスケラは眉間に皺をよせた。相手方の……というか、燐麟の様子がおかしい。
何やら頭をぐるんぐるんさせている。そしてその眼は既に健常者のものではなくなっていた。
「あ……よんでるー。」
パッと何処かを見て、燐麟は森の方へと走って行く。
「ちょっ……やれやれだよ燐麟、後でおしおきだね。」
そして群戌もそれを追って走り出し、ピスケラとアノースを追おうとする。
……が、やめた。領主様をほっぽりだして敵を追う訳にはいかないだろう。
「……ムカつくねぇ。」
撃退したので一応は勝ちなのだが、なんとなく負けた気分で腑に落ちないピスケラは、不満を口に出しつつ馬車にもどるのだった。