「さて、夜もふけて来たが……」
牛若は軽く腕を組みつつ、窓から視線をそらして音兎を見る。
「泊まるのか、ここに?」
変わらず豪華な宿の中、牛若は問い掛ける。
個人的には、十二聖護士がいるこの街からは早く出たいところだ。
「つったって、もうこんな時間だぜェ? 外に出て街から出てったら不審がられるだろ。」
「まぁ、お主はどう見ても不審者だしな。」
音兎に対し呆れた様子で軽口を叩きつつ、それとじゃ、と牛若は咳払いをひとつ。
「部屋はもうひとつとっとらんのか?」
「なんでだ?」
「……………儂は男ぞ?」
「……………で?」
「お主、女人じゃろ……。」
若干げんなりした調子の牛若に対し、音兎はくつくつと笑いタバコを口にくわえた。
「なぁに、牛若君は紳士だからなァ……やましい事ァしねェってふんでるのさ。」
「……まぁ、お主はそれでいいかもしれんがの。」
少し困った顔で牛若はアクルをチラリと見ると、アクルはキョトンと首を傾げた。
考えてみれば、ここに来るまで野宿しながら近くで寝てたので、アクル的には今更なのだろうか。
室内だから変に意識しとるのは儂だけかの、と牛若はぼんやり天井を見上げて────。
「─────……………。」
顔色が変わる。アクルは、牛若と音兎から、パリッ、としたような何かを感じた。
不穏な何かだ。「どうかしましたか?」 思わずアクルはそう二人に尋ねる。
「……兵士共が、囲んでやがるなァ。」
静かに音兎が呟き、牛若はややうんざり気味に溜め息をつく。
「お主の客人じゃろうよ。」
だろうな、と音兎はニヒルに笑い立ち上がる。
「まっ、自分のケツぐれェ自分で拭けらァな。牛若、アクルちゃん連れて撤退準備だ。
大物さんは、この私が受け持つぜェ……」
そんな音兎に対し、アクルは不安そうに見上げて牛若の方を見る。
「いいや、音兎よ。お主がアクル殿をお連れしろ。相手は、儂がする。」
牛若はそう言って、彼も腰をあげた。
そんな二人をオロオロと交互に眺めていたアクルだったが、キュッと口を閉じて、立ち上がった。
「あ、あのっ。あたしもその……戦えますよっ。」
そう言って肩を震わせながらも立ち上がるアクルを見て………音兎は、へぇ、と一言呟きくつくつ笑う。
「うむ。だが、心配は無用じゃよ。ここに十二支が二人もおるのじゃからな。」
そんなアクルを安心させるように牛若は言って、朗らかな笑みを向けて……音兎は軽く肩を竦めた。
「音兎。さっき言った通り主がアクル殿を安全な場所までお連れしろ。
儂がこの場は受け持つ、加勢は状況次第で頼むとするぞ。」
「……………へいへい。」
そう言って、音兎が軽く肩を竦めると、コンコン、とノックの音が部屋に転がった。
「…………ん。来たな。」
牛若は、ふむ、と呟く。乗り込んで来ないという事は、あっちもまだ不信感を抱いているだけという事かな。
「どーせ私に対する職質だろうよ。
私が出るぜ、もしかしたら戦う事なく済むかもなァ。」
音兎はそんな事を言いながら、ズンズンとオラついた足取りで扉へと向かう。
ドンドンと少し強くなるノックの音を聞きながら、音兎は開いていないテキーラの瓶を一本掴み、残っていた半分程をいっき飲み干して歩き出す。
「効くぜェ~……。」
呟きながら、音兎は扉を勢いよく開けた。
「オウ!なんだゴルァッ!!?」
そして、目の前にいるガンマン風の男……今日の午前だか午後に会った男、アエアリスにいきなり怒鳴った。
「…………────ッ!」
いきなり怒鳴られ、イラつきもあったが、それよりも驚いた。
コイツ、酒臭ェ……!
あの時に会った際もかなり飲んでたろうに、まだ飲んでいたのかと驚愕する。
ついでに嫌な感じだ。もし、コイツが魔族じゃなかったら……。
十二聖護士としては、その方がいいに決まっている。
争いが無いに越した事は無いし、住民も安心するだろう。
……だが、アエアリス・ガニュメディアル個人としては、魔族であって欲しいと少し思う。
なんというか、ぶったおせばいいだけだから、その方が気が楽だ。
「オウ!オウ!オウ!オウ!オーウッ!
テメェ、ついさっき見た面じゃあねェか!なんの様だよ、オォン!?」
という物凄い怒声を聞きながら、アクルはアエアリスから見えない位置に行きガクガクと震えている。
「ヘィ!うるせぇ!シャーラップ!黙れこのクワガタ女!殴るぞテメェ!」
思わず怒声で返すアエアリスに対し、音兎はタバコをくわえて火を着ける。
そして、煙りをアエアリスの顔に吹き掛けた!
「こっ……コイツ……!!」
当然キレるアエアリス。当たり前である。
が、アエアリスはそこで軽く息を吐いて、素早く一歩下がりながら腰のホルスターに手を伸ばし、リボルバー式の銃を取り出して音兎に突きつけた。
「ヘィ!よーく聞けよクワガタ! クワガタだから人間の言葉は解らないかもしれねぇが、聞きやがれ!
オレは『十二聖護士』アエアリスだ……! テメェに聞きてぇ事がいくつかある!」
本当に殺意を向けるアエアリスに対し、ほぉ?と音兎は威風堂々とした態度だ。
「言ってみなァ……。」
一応は大人しくなった様子にホッとしつつも、この状況下で少しも動揺した素振りを見せないクソ度胸に、本当にやましい事は無いかもしれないとアエアリスは少し思う。 不安になる。
「ヘィ!……とりあえず、名前は確か『オト』っつーらしいな?」
「それがどうした?」
まったく物怖じしない態度を見ながら、アエアリスは質問を続けていく。
「出身はどこの区だ?」
「四区。」
それを聞いてアエアリスの頬が引き吊った。四区。四区、かぁ……………。
奇抜な格好をした珍妙な連中ばかりいて、年がら年中お祭り騒ぎの様にアホな事やってる奴らばかりの区だ。
そのクセ無駄に高性能であり、いろいろ発明したりする。
その中には、訳の解らない物もかなり多いが役に立つ物も多いのが腹がたつ。
例えば、バナナだと思って剥いたら刃物が姿を現す『バナナイフ』だとか、用途が実に微妙だ。暗殺とかには使えそうではあるが……。
他、ハゲだけど、これカツラだから! と言い訳するための『ハゲカツラ』だとか、買う奴いるのかそれ的なのも多い。
が、例えば列車。アレの原型を作り出したのも四区人である。
四区人なら、こういう手合いもいるかもなとアエアリスは諦めに似た感情で音兎を見る。
「ヘィ。……中にもう一人……いや、二人いやがんな。悪いんだが、そいつらもちっと面出しな。」
一応身元を確認しておこうとアエアリスが尋ねると、それよりもよォ、と音兎は口を開く。
「この音兎様のよォ~。なぁ~にが不審だったんだァ~?メーン?」
何もかもがだよと思いながら、そうだな、とアエアリスは軽く頭に着けたテンガロンハットを軽く被り直した。
「アンタ、随分と強いそうじゃあねぇか。
素手でドラゴンに勝つくらいにはよ。」
「ドラゴンだァ~? ……ああ、馬鹿にデケェ蜥蜴ならいたなァ……。
この私の道に立ちやがったからよォ~。ぶッッ潰してやったが、それがなんだってんだァ?」
「…………ヘィ。素手で一対一で、それも無傷でドラゴンに勝てる奴なんてそうはいねぇんだよ。」
オレは出来るけどなとか思いつつ、アエアリスは言葉を続ける。
「アンタの名は聞いた事が無かったもんでな。……そんだけ強いなら、有名になりそうなもんだぜ。」
「四区じゃそこそこ有名だぜェ……一度遊びに来いよ。ふっ……」
「ヘィ。丁重にお断りさせてもらうぜ。」
訳解らん祭りばかりやっているせいか、魔族さえも気味悪がって関わろとしないという逸話があるくらいだ。遠いし、いちいち行きたくない。
「ヘィ、話し戻すぞ?部屋ん中にあと二人いるはずだ、出てきな。」
一応どんな奴か、見とかねぇとなとアエアリスは思う。このクワガタ女の一味なら、ロクな奴じゃあなさそうなのでちょっと憂鬱だ。
「……………?」
が、出て来た一人を見てアエアリスは訝しげな顔をした。
黒髪で、やや長めの髪を後ろで編んだ、凛々しい顔立ちの少年。
紺色の着物に灰色の袴といった服装を見ながら、七区人っぽいなとアエアリスは思う。
基本的に真面目で堅物が多い七区人と、訳わかめな四区人が一緒にいるというのはなんとも違和感があるが、それはいい。さして重要では無いのだ。
アエアリスは、心底恨みを込めた隻眼をその少年……牛若に向けた。
「ヘィ。テメェあん時に酒場にいたよな?連れだったのかよ?
……なんでさっさと連れてかなかったんだよゴルァ!エスケープしやがって、こっちは相当に迷惑だったぞ!ヘィ!」
そう言って怒るアエアリスに対し、すまぬ、と牛若は苦笑混じりに謝罪する。
「あの状況下で、こやつの知り合いだと名乗り出たくなかったのじゃよ。察してくれぬか?」
「……ヘィ!まぁ、オレだって同じ立場ならそう思うけどなァ!」
言いたい事がまだまだあるが、はぁ、とアエアリスは盛大に溜め息。まぁいいやとアエアリスは軽く眉間に皺を寄せた。 なんか、もう、疲れた。
「あと一人いるはずだぜ。そいつも出て来て貰うぜ、ヘィ。」
アエアリスの言葉に対し、ふむ、と牛若は一言。
「疲れて今は寝ておるよ。すまぬが、後日伺うというのはダメかな?」
「ヘィ。悪いが駄目だ。
ま、起こせとは言わねぇよ。ちっと部屋入るぜ?」
「……仕方あるまい。」
肩を竦める牛若を見ながら、アエアリスは一歩部屋に入る。
「そういや、お前らなんの目的で十一区に─────」
アエアリスが言い終わる前に、牛若は突如彼にタックルをくらわせた。突進攻撃である。
うおっ、と驚きの声をあげつつ両腕を前に出しアエアリスはガード。
……したのだが、予想外のパワーに押されてアエアリスは吹き飛んだ。
向かいの部屋の扉を突き破り、窓を突き破って外まで。
「音兎、アクル殿を頼むぞ!」
「へいへい。」
音兎はのらりくらりと返事をして、部屋の奥に向かう。
大きな音がなり、ビクリと肩とみつあみを揺らすアクルの所に音兎がやって来た。
「お、音兎さん……!あ、あのっ……!」
戦いが始まったであろう事を察して、自分も戦える事を伝えようとするアクル。
そんなアクルの唇に、音兎は人差し指を当てて制した。
「『今回は』任せなァ。
……なぁに、牛若の奴はそう簡単に敗けやしねェよ。」
そう言ってニヒルに笑ったかと思えば、音兎はアクルの身体をひっつかみ、抱えた。
「わひゃ!」
驚きの声をあげるアクルの頭の中、魔王は 「またもやお姫様だっこ!」 とか騒いでいた。
そのまま音兎は窓に向かい、そのまま窓から飛び降りた。
五階の高さなのだが、音兎は難なく着地して、周囲を見る。
「ストップだ! 動くんじゃあねぇぞ!」
周囲には無数の兵士がいた。それぞれが拳銃を構えている。
西部劇の保安官みたいな連中に囲まれて怯えるアクルとは対照的に、音兎は牙を剥き出しに笑みを浮かべる。
「おいおい……この音兎様を止めるにはよォ~。
役者不足だぜェ――! テメェらじゃよォ――!」
兵士らを見ながら、音兎は野獣の如く月下に吠えた。