コイツ、強ぇな!とアエアリスは思う。
速いしパワーもあるし頑丈だ。
魔星十二支か、コイツ……!
アエアリスと牛若の戦いで、室内は見るも無惨な有り様と化していた。
壁という壁がほとんど無くなり、天井も穴だらけである。
「……ふむ。」
壁が無くなり広くなった為か、アエアリスに近付くのが難しくなって来た。
接近戦を主体とする相手に、わざわざ接近戦を挑む必要は無いので、当然と言えば当然だろう。
戦いとは、いかに相手の持ち味を殺せるかなのだ。
……そろそろ良いかと牛若は思う。
「……?」
おもむろに屈んだ牛若を見て、アエアリスは顔をしかめた。
直ぐに攻撃をしようとするが、その前に牛若は左手の人差し指を床に当てて、一回りする。
「……すまぬが、さらばじゃ。」
からかう様な顔でそう言ったかと思えば─────アエアリスの視線から牛若が消えた。
「……ッ! 野郎!」
アエアリスは慌ててそこに向けて走る。何が起きたのかは、なんとなく解っている。
牛若がいた箇所の床は、すっぽりと抜け落ちていた。
さっき左手でなぞった通りにである。
「…………────ヘィッ!」
アエアリスはすっぽりと抜けた床に飛び込みながら周囲を警戒する。
待ち構えているかもしれないと思ったが、別にそんな事は無かった。
上階の部屋と同じ造りの部屋に着地して、周囲を見ると四方の壁に穴があき、床にはひとつ、同じ様にすっぽり抜けた穴がひとつ。
「……………」
アエアリスは穴の方に向かい、覗き込む。
のと同時に、彼はほとんど無意識に横に飛ぶ。
天井に穴があき、牛若が現れ先程アエアリスがいた場所をぶん殴る。
床一面が陥没し、部屋ひとつ丸々崩れて更に下の階へと墜ちる最中、牛若は壊れた壁に向かって跳んで走り、アエアリスもそれを追う。
「ヘィ! チョロチョロ逃げまわってんじゃあねぇぜテメェ! ビビったのか!?」
怒鳴るアエアリスの銃口から、野球ボールサイズの緑の弾が飛び出す。
以前、ワームという巨大なミミズの様なドラゴンの頭蓋を一撃で砕いた、『ヘヴィー・ブレット』だ。ちなみにアクルもくらった事がある。
背を向ける形になっていた牛若は、自身に迫る緑の弾を、振り返りながら右手を振りはじいた。
その際にアエアリスと目があい、妙に穏やかというか、ほんわかというかな顔をしてまた逃げた。
命のやり取りをしているというのに、とっても緊張感の無い顔をて、生温かい目でアエアリスを見たのだ。
まるで、背伸びして悪口を言って見る幼子を見るかの様な────
「ヘィ! ナメてんだな!? ナメてんだなテメェ―――!!」
先に煽ったアエアリスだったが、牛若の言葉使わぬ挑発により逆に煽られてしまうのであった。
「しつこい男じゃな……」
まぁ、それはそうだろう。完全に人間の姿に化けれる魔族がいて、しかもそれが自分の区に現れたのだから。
「さて、どうしたものか……」
呟きつつ、牛若は床を左手でなぞり、切り裂き降りる。
「うぉっ!」
「きゃあっ!?」
すると悲鳴がふたつ。なんと、人はほとんど避難していると思っていたが、どうやら客がまだいたらしいなと牛若は思う。
二人とも裸で、ベッドでお楽しみ中だったらしい。上の階の騒動は聞こえなかったのだろうかと思ったが、そう言えば防音の魔術が施されているらしいなと牛若は思い出す。
「おっとこれは失礼した。まぁ、儂に気にせず楽しんでくれ。」
お盛んじゃなとか思いつつ、無視して去ろうとして、いや、と思う。申し訳ないが利用させてもらうとするかのぅ。
そう思った辺りで、牛若を追って上からアエアリスが降りて来る。
「……―――ヘィッ! なんで逃げてねぇんだ! 避難告知出てただろ、なにしてんだ!」
一般市民であろうガタガタと震えている男女の姿を見て、アエアリスは開口一番に怒鳴る。
牛若は、壁を破壊し外に出ようとした辺りで振り返りアエアリスを見た。
「……儂の技は、ただ斬るだけではないぞ?」
「……なに?」
急に声をかけられると同時に、室内が。宿が大きな音を立てた。
崩れて来ているのだという事が理解出来る。
「テメッ……!」
牛若が壁を殴り壊して外に出て行くのを見ながら、アエアリスは奥歯を噛む。
このままだと崩れる宿の下敷きになってしまうだろう。
自分は大丈夫だが、近くの男女はそうはいかない。
舌打ち混じりにアエアリスは男女のもとまで行きながら、大きなシリンダーに金色の弾をセットする。
そして、崩れて来た天井に向けて銃を向け、撃った。
放たれたのは金色に輝く極太のレーザーだ。それが天井を、周囲を吹き飛ばしながら空へと飛んで行く。
避難しているアクルには、遠くから見て金色の柱の様なそれに目を見開き、魔王は、かめはめ波や! とか叫んで騒いでいる。
金色の光線は、大気圏をも突破して飛んで行き、周囲に漂う小さな衛星をいくつか消し飛ばして……やがて収束し消える。
男女は無事だ。アエアリスは確認するまでもなく確信し、素早く銃のシリンダーに新しく銀色の弾を装填した。
「────ヘィ!」
来ると思ったぜ! と、アエアリスは迫り来る牛若をその隻眼に捉えて引き金を引く。
銀色の弾により出現するバリア。攻撃したかったが、市民がいる以上は市民の守護を優先した。
が、この瞬間に牛若の勝利が確定する。出現したバリアを、牛若は左手の異能力を用いて両断した。
絶たれて消えるバリアを見ながら、舌打ち混じりにアエアリスは構えるが……近距離においては、牛若に軍配が上がる。
素早く間合いを詰めたまま、左手を構える。当然、アエアリスは一撃必殺となるであろうそちらを警戒した。
しかし、牛若はそっちは使わなかった。放ったのは廻し蹴りである。
それが見事、アエアリスの顎を綺麗に捉え────更に放った右手の裏拳により、アエアリスの意識は途絶えた。
牛若の異能力、『一閃(サムライ・ブレイド)』は、至って単純だ。
左手の人差し指でなぞった箇所に、『切断した』という『結果』もしくは『予定』を与える事が出来るのだ。
牛若は、逃げながらこの建物の柱にいくつか『予定』をくわえていたわけである。
「……うむ、上手くいったな。」
気絶しているアエアリスを見て、善きかな善きかなと牛若は身を翻した。
「終わったみてぇだなァ……来る必要は無かったか?」
すると、音兎が現れて軽く笑う。
「遅かったのぅ。」
「……殺してねぇよな?」
「人間と盟を結ぶのが目的じゃろ? なのに、聖護士を殺したりはせんよ。印象悪くなるしな。」
まぁ、正直際どかったが。運良く上手く事が運んだ。
「……なら、いい。行くぜェ、アクルちゃんが心配してっからよォ。」
そう言って踵を返す音兎の後を、牛若は歩き出す。