魔族達の集落のひとつから離れた所に、凶(マガツ)の一人である鰐傷(ガクショウ)はいた。
二足歩行の鰐といった風貌の男だ。黒いスーツだかタキシードだかの衣服の上から黒い外套を羽織り、黒いハット帽子に赤っぽいマフラーの様な物を着けているのが特徴的である。
その口には葉巻をくわえて、紫煙を吐き散らしながら堂々と歩く。
彼は、何人かの魔族を従え夜の森を歩き、そして、その中には羚操(レイソウ)の姿があった。
黒いローブを身に纏う、カモシカの角をはやした少女である。
青い外に跳ねた長い髪と、眠そうというか、ジトーっとした感じの目付きが印象的だ。
以前、彼女はこの世界に来たばかりの頃にアクルを襲った魔族達の一人である。
「……………」
後ろの方を歩きながら鰐傷の背を見て、羚操は軽く溜め息をつく。
この男は、何日か前にいきなり集落に現れた。
なんでも、何処で聞いたのかは知らないが、羚操の持つ異能力を利用したいとの事でだ。
それだけならば、まぁ別に構わない。魔族の中では身体的な能力が低く、守られてばかりの自分が役に立てるのならそれは良い事だと思う。
羚操は、獣の類いの本能を刺激し操る異能力、『獣操口笛(ヘルシャフト)』を持っている。
これを用いて、魔王であるアクルがいる八区の街にワームの群れを送り込んだ事もあるのだ。
人里に現れた人間の気配を持つ魔王が、街が襲われどういった反応を見せるかの確認と、ついでに街ひとつ……もし可能ならば壊滅させようといった意図による作戦である。魔星十二支の一人、擬猿(ギエン)の指示だ。
もっとも、ワームの様に強い生き物は流石に完全なコントロールは出来なかったが、街まで誘導出来ればそれで良いのだ。後は勝手に暴れてくれるので。
今回は、鰐傷とかいう魔族によれば拠点をひとつ落とす作戦だそうだ。
元々は魔王を狙えと言われているらしいが、どこいるのか解らないので、とりあえず手っ取り早く功績を上げたいのだとか。
それで、獣探し。……というか、ドラゴン探し。
しかも狙いは、下級のドラゴンではなく上位のドラゴンだ。故に羚操は乗り気がしない。
操れるかどうか不安過ぎるというのも勿論あるが、上級のドラゴンというのは簡単に手を出していい生き物では無い。
この世界は基本的に、人間と魔族により二分されているのだが、人間と魔族。どちらも行かない地があるのだ。
不可侵領域。そこにはあらゆる生き物がおり、上位のドラゴン達は基本的にそこに生息している。
彼らは、特に群れる訳でもなく生きているのだが……不可侵領域を越えて、好き勝手やりすぎると途端に群れて牙を剥くのだという。
人間と魔族。どちらに属するでも無く、平等に襲い来るのだ。自分達の領域を侵す者を。
触らぬ神に祟り無し。故に不可侵領域には、魔族は勿論の事で人間さえほぼほぼ近付かない。
上位のドラゴンに大量に攻め込まれたら、一気に国が衰退するだろう。
……まぁ、不可侵領域に行かなくても、十年に一度くらいに有るか無いかの割合で、上級のドラゴンが魔族の領土か人間の領土にやって来て荒らし回る事もあるが。
これは不可侵領域での縄張り争いだか何かに負けて、仕方無しにやって来てると推測されている。………らしい。
そんな上位のドラゴンは、それこそ魔星十二支や、牙や壁等の総隊長が動かなくてはならないレベルの強さだ。
普通の魔族じゃ相手にもならないし、十二支とかでも一対一では下手をすれば負けるという存在。それが上位のドラゴンなのだ。
そして……今まさに不可侵領域へと向かっている。
だからこそ憂鬱だ。反対したのだが、あろう事か鰐傷は、集落の魔族に対し暴力を振るい始めたのだ。
「ヒャヒャヒャ! 楽しみだぜェ~。
オレ様の伝説幕開けよ!」
「ウッス! その通りッス! 鰐傷さん、マジパネッス!」
「やっぱり鰐傷様は天に選ばれた逸材なんだなぁ……僕にはとても真似出来ない。」
鰐傷の後ろを歩く、和装の鴨顔の魔族とかが囃し立てるのを見ながら、羚操はまた溜め息をつく。集落に、象牙(ゾウガ)がいてくれたらなぁ、と思う。
象牙とは、壁の一員にして一部隊の隊長である男である。
ちなみに、魔王であるアクル襲撃後に、天鵬(テンホウ)と会話をしたりもした。
「まっ、成功した暁にゃあテメェらにも甘い汁を吸わせてやんぜ!ギャハハハ!」
「ウッス! 流石ッス! マジパネッス!一生着いて行くッス!」
「鰐傷様は力だけでなく器まで兼ね備えてるんだなぁ……僕にはとても真似出来ない。」
相変わらずな調子に羚操は少し頭が痛くなる。
自分次第、か……。羚操は少しだけ足を止めて、空の蒼月を見上げた。