魔王少女 樋山 アクルは、ハッと目を覚ました。気付いたら眠ってしまっていたらしい。
寝袋から這い出て辺りを見ると、すっかり朝になっていた。
「おお、起きたか。」
焚き火の跡の近くにいた牛若が朗らかに声をかけ、アクルはホッと安心した顔で微笑む。
「音兎の奴も、起こすとするかの。」
少し離れた位置で、毛布すら着けずに大の字で寝ている音兎の元に牛若は歩み寄る。
周囲にはなにやら酒瓶がいくつか転がっている。見廻りのついでで何処からか仕入れ、飲み明かした様だ。
そんな音兎を、牛若が蹴って起こして、アクルは、あわわ、と動揺する。
「おいおい……そりゃあ、あの後に街まで走って酒パクってよォ。好き放題、ここで呑みまくったが……こんな起こし方される謂れはねぇだろ。」
「いや、あるじゃろ…………。」
「自業自得だろ。」
音兎の言い分に、牛若と魔王は同時にツッコミをいれた。
なんと音兎は、アエアリスと戦ったあの街にまた行って酒を調達して来たらしいのだ。なにやってんだコイツ。
「して、此れからどうするのじゃね?」
牛若が尋ねると、そうだな、と音兎はぼやく。
少し考え事をするようにタバコをくわえて、火を着けた。
「とりあえず、まずは四区に行くぜェ……そっから、十区だなァ。」
四区と聞いた牛若は、少し苦い顔をした。なんというか、ろくな噂を聞かない人外魔境の地みたいな場所と聞いている。
「…………何故に四区へ行く。」
「私の趣味半分と、あそこから十区のが近い。
そっから街を抜けて、山抜けて走馬の兄貴ン所まで行く。」
そこから後は知らねぇと、音兎は紫煙を吐き出した。
四区に難色を示す牛若の隣で、ここは十一区だから、十区は近いんじゃあないかとアクルは思ったが、そう言えば順番に並んでいるわけでは無いというのを魔王から聞いた事を思い出して、一人納得する。
「四区に行く前に、三区に寄ってくれないか?」
「…………何奴!?」
ふと三人と魔王とは違う声が響き渡り、魔王がまるで時代劇の様な口調で反応した。
突然の、なかなかの声量であったために、アクルの肩とみつあみがビクリと跳ねた。
「やぁ、私だよ。」
姿を現せたのは、喋る一頭の羊。
「オウ、非羊(ヒツジ)じゃあねェか。」
音兎は軽く眉間に皺を寄せつつ、突如として現れた非羊の分体に切れ長つり目の赤い瞳を向ける。
「うん。ちょっと三区に魔族が攻め込むつもりなんだよねー。」
非羊は何時もと変わらぬ、ソプラノボイスで明るげに語り出す。
「ただの魔族なら、まぁ、今の状況的に無視するのもいいんだけどさ。
凶の連中が、勝手やっててさー。」
軽いノリで話しを続ける非羊を眺めながら、アクルは少しキョロキョロしてから適度な岩を見付けて、チョコンとそこに腰掛ける。
非羊が重要な話しをしているであろう事は解るが、よく解らない上に口調が軽いのでどうにもそんな感じがしないのだ。
「ふむ……つまり、儂らは人間に加担し魔族と戦えと?」
流石に少し難色を示しながら牛若は問う。魔王であるアクルに危害をくわえるならまだしも、そうでないなら乗り気がしない。
アクルの生存戦略上は仕方ないのだが、だからと言って、「人間の為に戦うぜ!」 という気分にはなれないだろう。しかも、相手は本来なら同胞なのだから尚の事。
「あはは、複雑そうだね牛若。まぁ、気持ちは解るよー。」
軽く目を伏せる牛若に対し、非羊は変わらぬ調子で声をかける。
本物では無い羊の体をした分身体であるために、表情は解らないのだが、なんとなく彼は苦笑しているような気がした。
「アクル殿の為に必要ならば、儂はそれを成すだけの事よ。」
そっか、と一言前置きし。そうだねぇ、と非羊は間をおいてからまた語りだした。
「魔族は魔族でもさ、凶の連中を潰してくれないかい? アレはちょっと、無いんだよなぁ。」
ふむ、と牛若は手を口元にやる。話しには聞いているし、凶となった者とは会った事もあるが、まぁろくな連中では無いだろう。それならばと思う牛若に、非羊は続けて言った。
「ああ、でも魔王様にはちょっと頑張って貰いたいかな?」
「あや?」
岩に腰掛け、不安そうな表情で足をパタパタさせていたアクルだったが、急に話しを振られてキョトンとした。
「アクルたん、しっかりー。」
そんなアクルに、思わず魔王はそうもらす。
「……牛若や音兎には裏で頑張って貰うけど、魔王には表に出て欲しいと思ってね。」
ちょっと言いにくそうに、非羊は語り出す。
「えと……。」
困惑するアクルに対し、非羊は、そうだねぇ、と言葉を選んで会話を続ける。
「魔王は、とりあえず自分の安全性を人間達にアピールしたいって思ってるんだよね?」
「あ、ええと……はい、まぁ……。」
「ならきっと、都合がいいよ今回はさ。
お手伝いしたら、好印象になると思うんだよ。」
はぁ、とアクルは相槌を打ちながらも、そんな簡単だろうかと思う。
「腑に落ちないって顔だね。……まぁ、すぐに結果は着いて来ないさ。
大事なのは過程だよ。しっかり積み重ねていないのに、良い結果が出る訳が無いんだ。世の中そんなに甘くないさ。
そりゃまぁ、どんなに頑張っても報われない事もあるけどさ。だからってやらないと、始まりすらしないだろ?」
非羊の言葉に、確かにそうだとアクルは思う。
……だけど、出来るだろうか? あたしに……。
「……儂もお供するぞ。」
牛若が一歩前に出て提案すると、言うと思ったぜ、と音兎がぼやく。
「経験は積ませた方がいいだろ。今回はお前の意を汲んだけどよォ~。
ちーっとばかし、過保護じゃあねぇか? アクルちゃんだって、戦えるはずだろ?」
なぁ?と音兎に問われて、少しどぎまぎするアクル。
それから胸に手を当て考える。あたしに出来る事、やるべき事……。
「……あの、非羊さん。
その、御期待に応えられるかは解らないですけど……頑張って、みます。一人で。」
足枷には、なりたくない。今の状況を失いたく無い。その為に、出来る事があるなら……。
「アクル殿……!」
牛若が心配そうな顔をしたので、アクルは少しの笑顔で返す。怖い……けど、頑張ってみたいと。
「……ま、仮にも魔王サマだ。簡単にゃあ死なねェだろ。」
クククと笑いながら、音兎はタバコの紫煙をゆらゆら揺らした。
「心配すんな。本当にヤバそうなら、すぐに加勢に行くぜ、牛若も、この音兎様もな。
アンタは必要な存在だ、死なせねェ。もし死んだら、私も一緒に死んでやるぜ。責任をとってな。」
そう言って音兎は口角を吊り上げ、ニヤリと笑うのだった。
ふむ、と牛若は軽く一息ついて、また非羊を見る。
「まぁ、まだ予定なんだけどね。状況によって、臨機応変に動いてくれよ。」
そう言って笑いつつ、さて、と非羊の羊は踵を返す。
「それじゃあ私はこれで。出来たらまた、連絡するよ。」
そう言って羊は霞みの如く消えて、さて、と音兎は笑いながらタバコを消す。
「んじゃ、往くとしますか……三区の方によ。」
そう言ってズカズカ歩く音兎の背を見ながら、牛若はやれやれと呟く。
「アクル殿……此度は恐らく、戦(いくさ)となろう。
……大丈夫か?」
「……解らないけど……頑張ってみます。その、やってみなくちゃなんとも言えませんし……。」
五区でのネズミ襲撃によるあの赤い夜を思い出して、アクルは少し苦い顔をする。
「……場合によっては、儂も必ず御供する故。」
安心させるようなその笑みにアクルはぎこちなく返し、歩き出すのだった。
三区までの道のりを……。