「……はふぅ。」
枝の隙間から射す陽の光りを浴びながら、魔王少女 樋山 アクルはまったりとした溜め息を吐き出していた。
間隔の広い木々に囲まれた穏やかな森の中。
足下には青々とした緑が生い茂り、風は優しい。
遥か遠い空は静かに澄んでいて、雲は無く、雨の心配はないだろう。
耳に聴こえるのは、遠くで流れているのであろう川の音と、小鳥達の囀ずり。
それはそれは、穏やかな午後である。アクルは、狩りに行くと言って、何処かに行った牛若と音兎の帰りを待っていた。
「……平和だのぅ。」
あまりにものんびりとした空気に、魔王が思わず呟いた。
確かに、今までの喧騒を考えるとこういう時間は本当にありがたいものだとアクルは思う。
もっとも……本来は、こんなにのんびりしてられる状況でも無いのだが。
やがて音兎は、いくつかの山菜やら木の実やらを持って木漏れ日と戯れる少女のもとまで戻って来た。
アクルは黒い艶やかな一本のみつあみを垂らしながら、岩に腰掛けぼんやりと空を見ている。
黒いフード付きの外套は畳んで膝の上にある。その為、いつもはあまり見れない膝までの黒いズボンと、白いポロシャツの様な衣服が姿を表せている。
「あ、音兎さん。」
お帰りなさいと、嬉しそうに はにかむ少女の姿に、オウ、と音兎は短く返事をする。
音兎と出会ってまだそれほど時間はたっていないものの、アクルは既に音兎を良い人だと認識していた。
最初は怖い人かと思っていたが、意外と気を使ってくれるし、なんなら優しい人である。
ニコニコ笑顔のアクルたん。そんな彼女を眺めながら、なんというか、ぽやーっとしてるなコイツと音兎は思う。少女の姿は、実に無防備である。警戒心がまるで無い。
野盗とかいなくて良かったぜと、音兎はなんとなく思う。
「いろいろ採って来たぜェ、アクルちゃん。
魔王様とお呼びした方がいいか?ククク……」
「あ……いえ、えとっ、アクルでいいです。魔王って自覚、あんまし無いですし。」
そう言って困った様に笑ってから、あっ。とアクルは小さく呟く。
「あのっ、音兎さんっ。」
「……ンだよ?」
アクルに話し掛けられ、音兎はぶっきらぼうに返事をする。
ただ、アクルの方から話し掛けて来た事はあまりなかったので、感心はあるらしい。
「えとっ、その……あたし、さっきも言った通り……っていうか、いつも言ってる通り魔王としての自覚は無いんですよ。」
「オウ、そうみてェだなァ……」
それでですね、とアクルは少し恥ずかしそうに頬を染めながら、腰掛けた岩の上で小さく細い膝を抱いた。
「その、音兎さんが、『アクルちゃん』って呼んでくれるの、好きなんですよ。えへへ……。」
「……………そりゃ、良かった。」
音兎は少し顔を背けて返事をした。なんというか、こう、真っ直ぐ好意を向けられるといくらかこそばゆく感じてしまうものである。
それから何時もの顔に戻り、そしてぶっきらぼうにアクルを眺めた。
その際にアクルに近付き、軽く頭をポンポンと撫でた。なんというか、可愛い奴だなコイツと思う。
多少は人となりを非羊から聞いてはいたのだが、実際会うとなんというか……本当に人畜無害な奴というか。こりゃ、牛若の奴が過保護になるのも頷けるな。守護らねばってなるわ。
「あのっ……その、それでなんですけど………」
少女は頬を赤く染めて、モジモジした様子で視線をあちこちにさまよわせる。
まるで、愛の告白でもしようというかのような雰囲気だ。
そんな様子にくつくつと音兎は肩を揺らした。
「オイオイ……なんだ、アクルちゃん?この音兎様に惚れちまったかァ?
まっ、この音兎様はキマってるからよォ。気持ちは解るけどよォ〜」
「……?惚れ………?えっ、いやっ、ちがっ、違いますっ!あ、いや、音兎さんに魅力がないとかじゃなくてっ、そのっ、そういうのじゃなくてっ!」
顔を真っ赤にしたアクルを見ながら、音兎は笑う。期待通りの反応である。
…………それはそれとして、肯定されたら音兎は全力で困っただろうが。こちとらノンケだぜェ。
「そのっ、えっと………あたし、音兎さんとその、お友達になりたいんです。その、ダメ、ですか……?」
アクルなりに一緒にいて、真剣に悩んで勇気を出してみたところである。
牛若は友達になってくれた。だから、この人ともと思ったのだ。
友達なんて、いなかったし。もし、なってくれるなら………。
とか考えて、やっぱり高望みではないかとか、自分は変な事を言ったのではないかとか、頭がぐるぐるする。
「……………」
音兎は、少しだけ黙ってアクルを眺める。恋する乙女の様な表情で、お友達になってと来たか。
音兎的には、友達なんてものはいつの間にかなっているものなので、こんな告白めいた事を言われたのは初めてであった。
「ククク………そう言われて、断る理由もねェなァ……。いいぜェ。」
そしてアクルに向き直り、音兎は右手を差し出す。
まぁ、しかし。表情を見るに、この少女はこの発言に相当な勇気が必要であっただろう事は解る。音兎は、そういうのはリスペクトするタイプだ。
「今日から、この音兎様とアクルちゃんはダチ公だ。夜露死苦ゥ~。」
それを聞いたアクルの表情は、パアッと明るくなった。
「は、はい! そ、その……ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」
「なんかちがくね?」
魔王は突っ込みをいれるが、いれたそばから、まぁいいやと呟く。
とりあえず、アクルたんが幸せそうでなによりだ。
「えへへ~。」
アクルはすっかり上機嫌になり足をぶらぶらさせて、そんな様子に音兎はやれやれと少しばかり頭をかく。
なんっつーか、調子狂うな。
「待たせたかの?」
そこに牛若が戻って来た。彼も音兎同様に人化の法を使っているので、頭に牛の角は無い。
「あ、牛若さん!」
またもや、パッと顔を輝かせ、アクルは戻って来た端正な顔立ちの少年の手を見る。
そこには、一羽の鴨の様な鳥が握られていた。
「オウオウ、おせぇぞウッシー。」
「変な渾名で呼ぶで無いわクワガタ女。」
「オォン!!?」
クワガタと言われぶちキレる音兎を見ながら、あわわ、とビビるアクル。
が、牛若本人はまるで気にした様子もなくアクルの方に歩み寄る。
「いい鳥が手に入った、後は任せて良いな?」
「あ、はい。大丈夫ですよ。」
少しおどけながらも頷いて、アクルはフルールドから貰った袋から一本のナイフを取り出す。
切れ味が良い武器だが、アクルはそれを包丁代わりに使っているのだ。