おっぱい揉ませてね。そう言って去って行く少女の後ろ姿を、サザンクロスはポカーンと眺めていた。
リュエンの影が消えて、サザンクロスは口を閉じて、数回瞬きをする。
夕風が頬とポニーテールにした紫髪を撫でて、それから呟く。
「……えっ。なんだ、アイツは?」
キョトンとしながらサザンクロスは呟く。今、なんて言った?おっ……………胸を揉ませろっていったのか?
それからゴクリと喉を鳴らして……恐る恐るアメリオンに視線を向けて……一応、尋ねてみる事にする。
「えっと……その、親しいみたいだな。あー、えと、もしかしてなんだけどさ。………そのっ、彼女とかだったりする感じ?」
軽く両手を胸の前で遊ばせながら、なるべく自然な笑みを浮かべようとする。
そして、軽く頭を押さえているアメリオンに視線を向けて、サザンクロスはそう勇気を出して尋ねたのだった。
年の差は結構ありそうだが、まぁ、無くはないか? とか思ったり。
「─────え? ああ、いや。違うな、全然違う」
アメリオンは首を大きく横に振った。というか、彼女以前にあいつは男である。
ノンケのアメリオンには、そっちの嗜好はないだ。
「……………───そっか。」
違うという言葉を聞いた際に、サザンクロスは少し嬉しそうに………そして、安心したようにそのまだ幼さ残る顔を綻ばせた。
先程までの引き攣り笑いと違い、自然と笑みが浮かべる。
…………幼い頃に、別れた姿。
子供心に、初めて『かっこいい』なんて思ったりした歳上の男性。
自分の我儘のせいで戦地に行って、そのままそれっきり。生きてるか、死んでるかも分からなかった。
それが───まさか。今日逢えるなんて。これも、父さんの導きだったりするのかな? なんて、ロマンチックな事を思ってみたり。
「それより、すまないな………その、忘れていた訳では無いんだ……」
彼の言葉に、うん?とサザンクロスは小首を傾げて……それから、いや、いいよ。
そう、サザンクロスは言葉にしようとした。
「確かに俺は、ゴミ溜めに捨てられた腐ったヘドロの様な男だが………恩人の娘を忘れたりはしない」
「お、おぅ……? いや、いいよ、その……うん」
フォローの言葉の前に繰り出された自分を乏しめ始めた彼を見て、さっきのは少し言いすぎたのかな?と少女は思う。
いや、でもそんなキツイ事は言ってないよな? 顔か? 表情が悪かったのか?
「……ほら、ガキの頃に比べれば私も変わったしな?」
そう言ってはにかみながら、サザンクロスはくるりと回って両手を広げて見せた。
あの頃はだいぶ子供だった。でも、今は多少は女性………まぁ、女の子って感じにはなったはず。
そんな彼女に、ふと、アメリオンは笑う。
「……ああ、そうだな。大きくなった。」
「……うん、大きくなったよ。」
優しげな眼差しでそう言ったアメリオンに、サザンクロスは苦笑いをしながら呟く。
「いや、まぁいまでも小さいんだけどな! あはは!」
そう言ってから、ふーっ、と息を吐き出す……まぁ、まだまだ子供だし、仕方ないな。
それから再び青年を見上げる。
「それで………アメリオンの兄さんは、なんでまたここに?」
「……連れの私用に付き合ってな……。
泥に落ちた癖にしぶとく醜く生きてる蛆虫の様な俺とは違って、いい奴らなんだが……」
「お、おぅ……その、何もそんなに自分を乏しめなくていいんじゃあないか?」
連れを紹介するにあたって、まさか自分を蛆虫だと紹介するとは思わなかった。
少なくとも、サザンクロスの記憶の彼はこんなんじゃあなかったはずだが……。
……………………。
「まぁ、俺としても丁度良かったんだ。
こうして墓参りにもこれたし。───また君にも会えたしな。」
「あ?ああ、あ────。」
少し、鼓動が脈を打つのを感じた。
いや、そういう意味は無いって、解ってんだけどさ。
少し、顔をそむける。顔がちょっとニヤける。夕焼けが赤くて、良かった。なんて、思う。
「……生きているのなら、ずっと謝りたかったんだ。
俺みたいな、栄養の無い苦くてマズイだけの青汁の様な男には、二度と会いたくなかったと思うが……」
「いや、いいって………つーか自虐のレパートリー豊富だなアンタ……」
感心するよと呟きつつ、サザンクロスは軽く息を吐く。
「……別に、恨んで無いって。むしろ、アンタは私の我が儘で酷い目に会ったんだろ?
私が、父さんが死ぬのは嫌だって喚かなければ、そんな十字架を背負わなくて良かったんだから。
謝るのは、むしろ私の方だよ」
「それは、違う。俺みたいな、床に溢した牛乳を拭いた雑き……」
そこまで言いかけたが、不意にその唇にサザンクロスの人差し指が当てられて、思わず止まった。
「だから、良いって。気にしないでくれ。
……この話しはきっと、平行線になっちゃって終わらないよ。
だから、この話しはオシマイにしよう?」
まったく、ままならないなと、サザンクロスは墓を見て寂しげに笑う。
「だが……」
「父さんが、こんな情けない面を見たら何を言うか解らないぜ?」
悪戯に笑うサザンクロスを見ながら、アメリオンは何も言えずに、少し笑った。
「……そういえば、君は今、なにをしているんだ?」
「ん? 聖護士養成学科の学生。四年生だよ、聖護士目前だ」
そう言って、誇らしそうに笑う姿に、アメリオンは目を開く。
「凄いな……俺みたいな……」
「あっ……ストップ、ストップ。」
また自虐に走ろうとしているのを察してサザンクロスは止める。
アメリオンは少しキョトンとした顔をして、止めた少女は苦笑い。
……やっぱり、私のせいなんだろうな。
「ま、お陰様で忙しくて、あんまりここに来れなかったけどな。」
まったく、親不孝な娘だとサザンクロスは思う。
「……ん。」
サザンクロスは夕日に傾く影を見ながら、話しこんじまったなと呟く。
「そろそろ時間だな、もう行かなきゃ。」
名残惜しそうに頭をかいて、サザンクロスは笑顔を向ける。
暮れ行く逆光を背にしている為に、アメリオンからはよく見えない。
「一応、知ってるだろ? 戦の準備でさ。私はこの街が良かったんだが、別の街の防衛をする事になったんだ。
だから、もう行かなくっちゃな。
今日、会えて良かったよアメリオン兄さん。バイバイ。」
そう言って手を振る少女に何かを言いかけて、口を閉じ、変わりの言葉を探して喉の奥から掬い上げる。
「そう、か……残念……だな。
武運、を祈っているよ。元気で。」
「ああ、ありがと。アンタも気を付けて、ここも戦場になるかもしれないしな。
……しばらくここにいるのか? 終わったらまた、会いに来るよ。」
そう言って、サザンクロスは身を翻して歩き出す。
アメリオンは、そんな彼女の背中に手を振って────歩き去る少女夕日に傾く影は、赤く染まって───。
そんな影が溶けるように消えてから、アメリオンもまた、歩き出すのだった。赤い風の中を。