少し立ち止まって……こうしてるわけにもいかないと、ぼんやりとした頭でアクルは身を翻す。
シンと、静まり返った通路。真っ暗な光無き道を、アクルは壁を頼りに歩く。
「よし、アクルたん。暗いから、『クラウ・ソラス』出そうずぇ!!」
不意に魔王がそう言って、アクルはゆっくり暗闇に手を伸ばして。
「えっと……どうすればいいですかね?」
「なんかこう……イメージして念じたり、名前とか呼ぶといいよ!」
「………えっと、じゃあ……クラウ・ソラス」
呟くと掌は銀色に輝き、現れる大剣。
大剣の放つ淡い光りが、通路を照らしていく。これだけ大きな剣なら、鏡にも使えそうだなぁ、とかアクルは思った。剣の幅は、アクルの横幅と同等か。
ゆっくり観察するのは初めてかもしれない。そんな事を考えてなんとなしに大剣を眺めていると、気付く。
「………あれ?」
自分が、涙を流していた事に。
………よく、解らない。悲しい、寂しい、不安、切ない。それと、あの人に敵意を向けられなくて良かったという安堵。
………でも、もう逢う事はないのだろうという、喪失感。
グスッと、鼻を鳴らしながらアクルは歩いた。
「あー……うん、まぁ、なんだ? その……」
少し、しゃくり続けるアクルに対し魔王がおずおずと声をかける。
「まぁ、あれだあれ! よーし、アクルたん、ハッキリ言うぞぃ!
ごべーん!なんか、こんなごどになっでー!!」
本当に謝るつもりがあるのかよく解らない口調である。
何やら、一応気を使っているらしい魔王の言葉と、そのやかましさにアクルは肩をビクリとさせた後、少しキョトンとする。
「まぁあれだ、元気出すんだ! ほら、幸せは歩いて来ないって言うじゃんね?
だーから歩いて行くんだよーん! って歌がアンタの世界にあったしほら……なぁ?」
そこまで言ってから、えーと、と魔王は聞きにくそうにアクルに聞いた。
「うん、まぁ……怒ってるか? 恨んでるか? その、我の事……」
なんというか、その悪い事をした子供の様な口調が可笑しくて……。
……魔王、なんて、凄い方なのに。こんな………。
「……ぷっ、あははっ」
アクルは、笑った。淡い銀の光りが包む通路に響く少女のささやく様な笑い声が響く。
まるで、鈴の音を転がしたようだった。ああ、こんな風に笑えたんだとアクルは思う。
あたしは、こんなに真っ直ぐに笑えたんだ。
ならば、歩きだせるだろう。何度でも。
どこまでも行けるだろうか……。行ける様な、気がした。今のこの気持ちならば。
「あは、あははははははははっ」
「お、おう……? よーし、なら我も笑ってやるぜっ。うひょ~っひょひょひょひょひょい!」
そしてこの這いずるゴキブリの足音にも劣る、くっそ汚ねー笑い声である。
歩きながら、ひとしきり笑って。涙を拭って。呟くように、少女は言った。
「……恨んでなんか、ないですよ」
微笑んで、アクルは止まって、また歩く。
「恨んでなんて、ないです」
「…………」
「……そっか」
「恨んで、無いか」
良かった良かったと呟く魔王に対し、ところで、とアクルは呟く。
「あたしは、どうすれば良いですか?
魔王って言うなら、人間の、その……勇者とか、そういうのと戦えばいいですかね?」
なかなか、長い通路だ。少し暇が出来たというのもあって、アクルは尋ねた。
だって、この方にはなにか目的があるはずだ。
あたしを、『必要』だって言ったから。
なら……『魔王』の目的って────
「おう? いやいや、そういうのはいいよ別に。
アクルたんが人間嫌いだー!人間が憎いー! とかでどうしても人間を滅ぼしたいとかなら話しは別だけど、別に人間と戦って欲しい訳じゃあなかとよー」
「はぁ……」
軽い調子で飛んで来た返答に、アクルは少し気が抜けた。
しかし、少し拍子抜けはしたものの、アクルはホッと一息つく。
まぁでも確かに……考えてみれば、魔王は人間と戦えとかそういうのは一言も口にしなかった。むしろ、人間を助ける際にはアドバイスしてくれたくらいだ。
じゃあ、なにが目的なんだろう?
考えるアクルをよそに、魔王は魔王で考える。
しっかし、なんであんなに聖護士がいたんだろうなぁ、と魔王は思う。自分が現れたのがバレた?なんで??
そこまで考えて、あ、と魔王は思う。『不浄の左手(ディアブロ)』だ。
アクルは、コロコッタとの戦いの際に……無意識にだが『ディアブロ』と呼ばれる力を使った。多分、あれのせいだな。もしくは、異世界渡った時。
その魔王エネルギー的なのを感知されたのだろう 多分、恐らく、きっと。
なら……もしかしたら聖護士がまだ来てるかもしれない。
……この通路を抜けたら、『ドキッ!八区だヨ、聖護士集合☆』な展開になってねーだろうな……。
「あの、えーと、魔王さん」
「んふぇ? なんだねアクルたん」
「あ、いえ。急に黙ったから……」
ああ、と魔王は呟く。考え事をしてたんだと答えた。
「考え事、ですか……。」
「んむ。この小説のタイトルを、『薄幸の堕天使』から『魔王少女 アクル☆ヒヤマ』に変えるべきなんじゃあないかなとな。」
おう、メタな話しやめーや。
「…………?」
当たり前だが、アクルは小首を傾げている。
「あ、そうだ。魔王さん、あたしにしてほしい事があるんですよね?」
あたしが必要って言ってましたし。
「おう、それはだなっと。行き止まりだぜぃ。」
「え? わぷっ!」
壁にぶつかるアクルに、止まれよと魔王が笑う。
「……行き止まり、ですね。」
目の前のレンガ造りっぽい感じの壁を見ながら、一方通行でしたよねとアクルは呟く。
「んー……あのじいさんがはめた訳じゃあねぇと思うが、崩れて行き止まりになった感じでもねぇなぁ……あ、あれかな?
おーい、アクルたん右手伸ばして壁に触れてー。あ、そこじゃない、もそっと右に。上上下下左右左右BA……あ、すまんすまん、うんそこそこ。」
アクルが触れた箇所から、壁に光りが走る。やがて、壁は後方に倒れて光りが射した。
「わぁ……?」
通路から這い出ると、見える景色は草原と丘と森。
まだ明るい時間だろうが、どんよりとした空からは小雨が降り、辺りはちょっと薄暗い。
「ん? ……おおっ!あれは! 魔族!」
急に魔王が歓喜の声をあげて、アクルは辺りをキョロキョロすると、離れた場所からいくつかの人影が近付いてるのが見えた。
「もう来たのか! 早い!」
歓声をあげる魔王。人影の中には、羽根がはえてるのか羽ばたき空を飛んでいる者もいた。
「え……」
獣かと、アクルは思った。人のように二足歩行の獣達。
人間に近く、獣の特徴があるものから本当に顔が獣の者まで、バリエーション豊かである。
獣の種類も、犬っぽかったり猪っぽかったりと、バラバラである。これが、『魔族』と呼ばれる者達らしい
その中でも一際目立つ男が、アクルの前に立ち、方膝を地面に着けた。他の魔族達も同じ様に倣う。
背が高く、その顔はとても美しい顔立ちをしている。
長い茶色の髪は、よくよく見ると毛ではなく羽毛である。
背中には大きな茶の鳥の翼がはえており、人間で無いという事は一目で解る。天使のようだとも思ったが、手は人間のようだが長いズボンから見える足の甲は、鳥の足のようであり天使のイメージからは少しはなれる。
「御初にお目にかかります、今代魔王様……。
私は天鵬(てんほう)。魔星十二支(ませいじゅうにし)が一人、天鵬。以後、お見知り置きを」
歌う様に告げる魔族の青年の言葉に、魔王はより一層歓喜した。
「キタ!十二支キタ! メイン十二支キタ!!
これで勝つるッ!!!」
と、大歓迎状態だった。