雨雫のように溢れる言葉。
止むまで降り続く、零れる愚痴。
───それが、懸命に生きたかった彼女の物語。
激しい雨が身体と地面を叩き付ける。
斬る。血飛沫が、暗闇の中で舞う。
命を奪う感触。気分が、悪い。でも、気にしてる余裕なんてない。
だいたい、今更だ。そんなの。
雨が、痛い。牙が、痛い。身体が痛い。
でもね、頑張るよ。もっと、もっと、もっと───
雨が、弱くなってくる頃。もう、狼達はいなくなっていた。
魔王曰く、あっちのスタミナ切れ。らしい。
肩で、息をする。身体は血と泥と汗と雨で気持ち悪い。
「………………────はぁ」
ポツリポツリと、雨雫を落とす空を見て、タメ息。終わった。
勝った。退けた。生き延びた。───あたし。
「………あたし、頑張りました、よね?」
「………おうよ!アクルたん、本当に頑張った!真実(マジ)偉大(パネ)ェ!」
そんな言葉に、ふわりとアクルは微笑んだ。それから、歩く。
しとしと、暗い森に降る雨が、少しだけ、心地好く感じた。
「ねぇ、魔王さん」
「ん?」
「………お話、していい?」
「………あたしの、お話」
下らない下らない、ダメなあたしの物語。
「あたしね。産まれてきちゃ、いけない子だったの」
────独りの少女の物語。
「だから、お母さんはあたしの事が嫌いなの」
この地面に落ちていく雨粒を見上げて目を閉じて……また開いて、歩き出す。
行く宛てなんてないし、行きたい場所もない。
でも、意味もなく、暗闇の中を歩いた。
「当然なんだよ。お母さんが、今のあたしと同じ年頃の時なんだ。あたしを、身籠ったの」
「彼氏さんもいて、通いたい高校にも受かるだろうって、順風満帆で───そんな時、悪い人達に酷い事されて、その時に、あたしが───」
ぎりっと、奥歯が鳴る。本当は、認めたくない。
あたしが。そんな奴等の血を引いてるなんて。おぞましい。
…………お母さんを、不幸にしたなんて。
「知ったの、去年くらいなんだけどね」
「それまで、ずっとずっと、解らなかった。お母さんはなんで、あたしの事が嫌いなんだろうって、ずっと思ってた」
「良い子になろうと頑張った。お勉強も頑張った。お母さんはお料理出来ないから、代わりに頑張った。……あたしは、頑張ったの……」
「……………頑張ったの。頑張ったんだよ…………」
ふらついて、こけそうになる。
でもだけどそれでも、まだ倒れない。歩きたい。
「……そっか。アクルたんは、頑張り屋さんだな。
なら、休んでいいんじゃないか?」
「……ううん、まだ歩きたいの」
倒れたら、もうきっと、ろくに話せない。
喋りたい。だって、あたしは頑張ったんだ。頑張って生きてたんだって……誰かに、聞いて欲しかったんだもの。
「……お母さん、服とか買ってくれないし。お風呂も毎日いれてもらえないから、みすぼらしくって。それで、学校でもいじめられるようになって」
「……中学の、クラスメートに……親に、お母さんの事を知ってる人がいたみたいで………」
「そいつから、聞いたの。あたしが、なんで産まれたのかって」
「…………信じられなかったし、信じたくなかったよ!だから、お母さんに直接聞いた!!そしたら、そしたら───」
「あはは!バカみたい!あたし、本当にバカみたい!
愛されるわけがなかったんだ!あたしがいなければお母さんは幸せだったんだもん!
全部無駄でした!頑張ったって、意味なんてなかった!愛されるわけがないもんね!あたしなんて、あたしなんて、産まれなければ………!
あたしが、産まれて、来なければ、お母さんは……」
ぐにゃりと、視界が歪む。
気持ち悪い。酸素が、足りない。待って、待って、まだ待って。
もっと、もっと、喋りたい。吐き出したい。
誰にも言えず、この心に溜め込んだ、このすりきれた言葉(おもい)達を。
「あたしは……お母さんが、大好き……愛してる。でも、お母さんは、絶対にあたしを愛してくれない……。
誰も、あたしを愛してくれないから……だから、せめて、あたしだけは、あたしを大事に…………したかったんだけどなぁ」
「でも、惨めで辛くて……そんな自分が嫌でキライで……だから、終わらせようとしたんだよ……」
「…………だから」
「魔王さんが、あたしを『必要』だって言ってくれて、嬉しかった」
どちゃりと、音がした。
倒れてしまったらしい。起き上がろうとするけれど……もう、ろくに力が入らない。
「………なのに、あたし、こんなんで、ごめんなさい」
「…………」
「なぁ、アクルたんよ。我は、アクルたんとは会ったばっかだし、よく知らない。互いにな?
そんな奴が、なに言ってんだーって思うかもだけどさ……アクルたんは、すっごい頑張ってくれたよ。謝るのは我の方。こんなはずじゃ、なかったんだけどなぁ……少なくとも、魔族は味方してくれると思ったんだがねぇ……」
「………魔王さん」
「我は、アクルたんで良かったよ。我と会ってくれて、ありがとな!アクルたん!うぇーい!!!」
「………───ッ」
ポロリと、涙が落ちる。ああ、良かった。
「……ありがとう、魔王さん。その、えっと、なんていうか───報われた、気分です」
微笑みを浮かべて……なけなしの力を振り絞り、アクルは仰向けになる。
気付けば空は、晴れていた。
斑な曇と……………
「………星が見えるね、魔王さん」
キラキラしていて、綺麗な空。
森の草木が、月の光を受け止めて、夜露の雫もまた空の星々の様に煌めいていた。
「………綺麗だなぁ」
世界は、綺麗だと、アクルは思った。
キタナイのは。いらないのは、あたしだけ。
………だと思ったけど、でも、魔王さんはあたしを認めてくれた。頑張ったって、言ってくれた。
だったら、いいや。あたしみたいな望まれない子でも、誰かの為になれたんだ。
優しく風が、頬を。頭を撫でていく。
「………もう、寝ちまっていいんじゃないか?明日から!また頑張ろうぜ!」
「あした…………」
「おう!また、いろいろ話とか聞くぜ!我も、いろいろ面白い話もか聞かせたるよ!」
「……ふふ、いいね、それ……」
………瞼が、重くなる。もう、限界か。
なんとか、最期にこの綺麗な夜の景色を目に焼き付ける。
ああ……なんて、綺麗な最期。
───悪流(アクル)なんて名付けられたお前には、ふさわしくない、過ぎた景色だね。
……………頑張って、良かったね。
瞼が落ちて、目の前が真っ暗になった。
もう、きっと、この目を開く事はないんだろうなぁ、と悪流は思った。
…………時期に、終わるんだ。
だから、最期に祈っていいですか? あたし、またお母さんのところに産まれたいです。
だから、最期に願っていいですか? お母さんは、良い人に巡り会えて、結婚して女の子を産むの。
だから、最期に夢見ていいですか? 産まれた女の子を見て、あたしを思い出してくれて『アクル』と名付けてくれるの。魔王さんも、生まれ変わって、あたしの近くにいて。
それでね!それでね!それでね、それでね、それ、で……ね──それ、で───
力尽きて……微笑みを浮かべて目を閉じた、少女の頭上で。静かな静かな空の上で、美しく輝く星達は……やがて、朝靄に散って行った。