薄幸の堕天使   作:怒雲

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二章 『ハッピーエンドに憧れて』
プロローグ


 

 まだ日が射さぬ時間。娘の部屋に樋山 マナコはいた。

 

 畳まれた布団と、伏せられた写真立て。

 

 

 

綺麗に畳まれたしまわれた布団と、少ない衣類。

 

娘が確かにここに居た痕跡と……同時に、もういない静寂ばかりがその空間に満ちている。

 

「やっぱり帰って来ない、か……」

 

 

 狭い部屋の大気を、独り言が僅かに揺らす。アクルとよく似た大きな目を細めながら、マナコは長い黒髪を少し撫でた。

 

 

 

 

 ……別に、帰って来て欲しい訳では無かった。娘を見ていると、嫌な事ばかりを思い出すからだ。

 

 思い当たる節は沢山ある。あの子さえ身籠らなければ、とか……自分によく似た姿をしたあの子が、幸せになると考えるのも釈然としない。自分は、不幸なのに。

 

 

 

………アイツラの血を引いている癖に、自分に似ている事も、嫌、で。

 

 

 

でも。だけど。だから。私は───。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……自分が、産んだくせにね……」

 

 

 また、独り言。当然の事ながら、誰も聞いてはいないし誰も答えてくれない。

 

 

 きっと、聴きたいと思う者なんていないだろう。

 

 

ふっ、と……自虐的にマナコは笑った。

 

本当に、本当に、馬鹿馬鹿しくて。

 

 

不様で惨めで……情けない。

 

 

 

 

 

 

 ふと、写真立てをその手で拾い上げ、その顔に苦い笑みが浮ぶ。

 

 

「……懐かしい、な」

 

 

 一応、母親らしくあろうとしたっけか。マナコは思う。

 

 

確かこの日……小学校を卒業したあの子を、ほんの気まぐれであの場所へ連れて行ったのだ。

 

ちょっとした、思い出の場所。大事な場所。

 

 

あの子は──アクルはとてもとてもはしゃいで。がらにもなく、撮った写真。

 

 

運転なんてまったくしていなかったが、久しぶりの運転は我ながら上手く出来たものだ。

 

 

ふと、口元に手を触れて……微笑んでいた自分に気付き、マナコは少し驚く。

 

 

ああ、そうか。楽しかったのか。

 

 

私もあの日は、久しぶりに楽しかったんだ。

 

…………心機一転して。ちゃんと母親として、やっていけるかな、なんて思って───。

 

そして。結局、ダメだった。

 

 

 あの子が自分に似てくるにつれて……あの子の年齢が、私の不幸の日に近付くにつれて……。

 

 

 

 

 

 

 

 …………妬み、なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 重い溜め息を吐き出して、マナコは独り窓の外を見上げる。

 

 

 白んで行く空。燐光を放ちながらも消えて行く星達をその目に映す。

 

あの星のように、醜いこの身も心も消えてしまえばいいのに。なんて、思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 別に、帰って来て欲しい訳では無い。あの子だって、きっとその方がいいに決まっている。

 

 

 もう、こんな私には愛想が尽きただろうと、浮かべる自嘲の笑み。

 

そうだ。だから、何処へなりとも行けばいい。

 

 

 

 

 

 

 

 そう、帰って来て欲しい訳では無いのだ。だが、でも、だけど。

 

 

 

 マナコは独り、祈ってみた。少女の幸せを。娘の幸福を。

 

 

 

 会わないなら、そう思っていられる。

 

 

「……どこで、何をしてるのかな……?」

 

 

 一応、捜索願いは出してある。家出ではなく、事件に巻き込まれた可能性もあるので。

 

 

 ……帰って来て欲しい訳では無い。でも、別に死んで欲しい訳でもないのだ。

 

 

 だから、マナコは祈った。娘の幸せを。消えて行く最後の星に……。

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